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第9話 長谷川優希という人間(3)
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遊泳禁止エリアに飛び込んで、子どもを助けに行った時のことはよく覚えていない。
とにかく必死だった。
波が高くて、泳いでも泳いでも子どもが沈んでいった場所に辿り着けない。
泳ぐより潜った方が早いと判断して、息を思いっきり吸い込んで海に潜った。
浮き輪を持って泳いでたけど、持ったままだと潜れないから手を離した。
子ども二人は浅瀬で泳いでたと思ったのに、夢中で遊んでいる内に深い場所まで来てしまって溺れたんだろう。
潜ったおれもこんなに深いとは思わなかった。
海の中ではゴーグルもしてなかったからぼんやりとしか見えなかった。
だけど、青や薄暗い中で沈んでいく肌色の物体が見えて、それが溺れた子どもだと分かった。
目的が見付かれば、こっちのものだ。
これほどクロールよりもしつこく潜水を教えてくれた爺ちゃんに感謝したことはない。
『ぶはっ』
子どもを抱えて、海の中から顔を出す。
酸素を思いっきり吸って、二酸化炭素を吐き出すのを控える。
『げほっげほっ!』
沈んだ時間が少なかったのか、子どもは咳き込んだ。
心肺停止になってなくてほっとした。
波が激しかったけど、運良く潜るのに手放した浮き輪を見付けることが出来て、子どもを抱えながらそこまで泳ぐ。
『ぎゃーっ!』
『っ』
パニックを起こした子どもがおれの腕の中で暴れた。
落ち着かせるために声を掛けたかったけど、声を出したらせっかく肺に溜めた酸素がなくなって身体が沈んでしまうから耐えた。
声を出したことで沈む子どもの身体をまた浮かせるのは大変だった。
浮かんだ浮き輪がこっちに流れて来たのを掴んで何とか子どもを浮き輪の中に入れて、まず一安心。
目の前にしがみつけるものがあるのとないのとでは全然状況が違った。
子どもは浮き輪の中にいると分かったのか、徐々に落ち着きを取り戻していった。
あとは浮き輪についている紐を掴みながら、救助を待つだけだった。
(……ちょっとやばいな)
この時、安心してどっと疲れが出たのか思ったよりもおれは体力を消費していることに気付いた。
おれは子どもを見ながら波に逆らわずに、浮き続けることしか出来なかった。
『ハセユウーっ!』
『優希っ、大丈夫かー!』
『今、助けがっ、来る、ぞー!』
『もう、ひとり、は、ぶじ、だー!』
浮き続けて落ち着いてきたら、徐々に友だち数人の声が聞こえて来た。
ずっと大声を出してくれてたんだろう。
声が時々、掠れていた。
手を挙げて大丈夫だと合図を送りたかったけど、そんな些細な動作さえも体力を奪われそうで出来なかった。
何分経っただろうか。
たった数分かもしれなかったけど、体感的には数十分経ってる気がした。
小さい頃、爺ちゃんに船から海へ放り込まれて浮く訓練を受けさせられてて良かった。
その時は救命胴衣を着用してたけど、きつかったな。
爺ちゃん、爺ちゃんのスパルタ教育が活かされたよ。
遠くでエンジン音が聞こえた。
少しずつその音は大きくなっているから、こっちに近付いて来るのが分かった。
海の救助に使われる水上バイクの類いだろう。
疲れが出ているのか、視界がぼんやりしていて確認は出来なかった。
『助けて! 助けてーっ!!』
子どもが叫ぶ。
浮き輪の中にいるから、いくら声を出しても身体は沈まない。
『大丈夫か!? さぁっ、早くこっちに!』
水上バイクには二人いて、ドライバーとレスキュアだろう。
レスキュアが最初に子どもを浮き輪のままスレッドに乗せる。
泣く子どもに声を掛けるレスキュア。
『次は君だ』
レスキュアがおれに手を伸ばす。
その時だった。
『まずい! 高波だ!』
波は元から高かったけど、その日一番の高波だったと思う。
高波にのまれるのは時間の問題だった。
『早くしろ!』
『手を伸ばせ!』
焦ったような声。
おれは最後の力だと言わんばかりに、手を伸ばす。
レスキュアはおれの手を……。
『つかん……あっ!』
『撤退!』
『待てっ! まだ……っ』
―――掴めなかった。
水上バイクが猛スピードで発進する。
まさに危機一髪だったんだと思う。
その直後、救助されずに取り残されたおれは高波にのまれた。
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遊泳禁止エリアに飛び込んで、子どもを助けに行った時のことはよく覚えていない。
とにかく必死だった。
波が高くて、泳いでも泳いでも子どもが沈んでいった場所に辿り着けない。
泳ぐより潜った方が早いと判断して、息を思いっきり吸い込んで海に潜った。
浮き輪を持って泳いでたけど、持ったままだと潜れないから手を離した。
子ども二人は浅瀬で泳いでたと思ったのに、夢中で遊んでいる内に深い場所まで来てしまって溺れたんだろう。
潜ったおれもこんなに深いとは思わなかった。
海の中ではゴーグルもしてなかったからぼんやりとしか見えなかった。
だけど、青や薄暗い中で沈んでいく肌色の物体が見えて、それが溺れた子どもだと分かった。
目的が見付かれば、こっちのものだ。
これほどクロールよりもしつこく潜水を教えてくれた爺ちゃんに感謝したことはない。
『ぶはっ』
子どもを抱えて、海の中から顔を出す。
酸素を思いっきり吸って、二酸化炭素を吐き出すのを控える。
『げほっげほっ!』
沈んだ時間が少なかったのか、子どもは咳き込んだ。
心肺停止になってなくてほっとした。
波が激しかったけど、運良く潜るのに手放した浮き輪を見付けることが出来て、子どもを抱えながらそこまで泳ぐ。
『ぎゃーっ!』
『っ』
パニックを起こした子どもがおれの腕の中で暴れた。
落ち着かせるために声を掛けたかったけど、声を出したらせっかく肺に溜めた酸素がなくなって身体が沈んでしまうから耐えた。
声を出したことで沈む子どもの身体をまた浮かせるのは大変だった。
浮かんだ浮き輪がこっちに流れて来たのを掴んで何とか子どもを浮き輪の中に入れて、まず一安心。
目の前にしがみつけるものがあるのとないのとでは全然状況が違った。
子どもは浮き輪の中にいると分かったのか、徐々に落ち着きを取り戻していった。
あとは浮き輪についている紐を掴みながら、救助を待つだけだった。
(……ちょっとやばいな)
この時、安心してどっと疲れが出たのか思ったよりもおれは体力を消費していることに気付いた。
おれは子どもを見ながら波に逆らわずに、浮き続けることしか出来なかった。
『ハセユウーっ!』
『優希っ、大丈夫かー!』
『今、助けがっ、来る、ぞー!』
『もう、ひとり、は、ぶじ、だー!』
浮き続けて落ち着いてきたら、徐々に友だち数人の声が聞こえて来た。
ずっと大声を出してくれてたんだろう。
声が時々、掠れていた。
手を挙げて大丈夫だと合図を送りたかったけど、そんな些細な動作さえも体力を奪われそうで出来なかった。
何分経っただろうか。
たった数分かもしれなかったけど、体感的には数十分経ってる気がした。
小さい頃、爺ちゃんに船から海へ放り込まれて浮く訓練を受けさせられてて良かった。
その時は救命胴衣を着用してたけど、きつかったな。
爺ちゃん、爺ちゃんのスパルタ教育が活かされたよ。
遠くでエンジン音が聞こえた。
少しずつその音は大きくなっているから、こっちに近付いて来るのが分かった。
海の救助に使われる水上バイクの類いだろう。
疲れが出ているのか、視界がぼんやりしていて確認は出来なかった。
『助けて! 助けてーっ!!』
子どもが叫ぶ。
浮き輪の中にいるから、いくら声を出しても身体は沈まない。
『大丈夫か!? さぁっ、早くこっちに!』
水上バイクには二人いて、ドライバーとレスキュアだろう。
レスキュアが最初に子どもを浮き輪のままスレッドに乗せる。
泣く子どもに声を掛けるレスキュア。
『次は君だ』
レスキュアがおれに手を伸ばす。
その時だった。
『まずい! 高波だ!』
波は元から高かったけど、その日一番の高波だったと思う。
高波にのまれるのは時間の問題だった。
『早くしろ!』
『手を伸ばせ!』
焦ったような声。
おれは最後の力だと言わんばかりに、手を伸ばす。
レスキュアはおれの手を……。
『つかん……あっ!』
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