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青く光る ※
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シャワーを浴びている間、先生が朝食を作ってくれた。トーストに菜の花入りのオムレツとヨーグルトにシリアル、オレンジもむいてくれた。
ダイニングテーブルにつくと、朝の光が入る窓辺はきらきら陽が差していて、そこだけもうすっかり初夏が訪れているみたいだった。
窓の奥に広がる庭の景色から、ニコは目が離せないでいた。若葉が茂る庭園の端に、ひときわ目立つ花木があったから。
「先生、あれ、もしかして桃の花ですか」
小学3年生くらいの背丈で、幹も枝も小ぶりだけど、びっしりと枝に花弁をつけている。重なり合った鮮やかな花色が目を引いた。
「赤と白の花が、一本の木から両方咲いてるでしょう。源平桃っていうんだ」
「源平って、源氏と平氏のこと?」
「正解」
「ずいぶん粋な呼び名ですね」
大家さんの趣味で植えられたのだろうか。さっぱりした洋風の庭の中で、桃の花は楽園みたいに咲き誇っている。なんて華やかで魅力的なんだろう。
「お花見には最適な日だね。窓際で食べようか」
先生はそう言って窓を開け放ってくれた。
まるでピクニックみたいだとニコははしゃぎながら、お皿をトレーに乗せて何度も往復して運んだ。
フローリングの床にあぐらをかいていた先生の隣に、ニコはちょこんと膝を立てて体操座りをした。ぎりぎりくっつかない程度の拳ひとつ分離れて。先生はそんな微妙な距離感など気づきもせずに話を続ける。
「よく見るとね、紅白の花だけじゃなくて、絞り咲きも咲くんだ」
「じゃあ、白と赤と絞り咲きの三色咲くってこと?」
赤と白が混ざり合う絞り咲きに、ピンクの花も咲くという。じゃあ四色かとも思ったけれど、花色を数えるなんて、それこそ粋じゃないなと考えるのをやめた。
毎年、どんな花色がどれだけ咲くか分からない。紅でもない白でもない、曖昧な存在の僕たちみたいだと――ニコは頭の中で思い描いていた。
「きれいだね」
ふっと手の平にあったかい感触が重ねられた。驚いて顔を隣に向けると、彼はとろけそうな笑顔を浮かべてニコを見つめている。
……そんな表情ずるい。
ニコはぱたんと膝を倒して、先生と同じ目線になるまで背筋を伸ばした。目を閉じて顔を少しだけ斜めに向けば、先生の唇はもうすぐそこで。
初夏の匂いが風に混じってふわりとかすめた。むせぶような甘みを帯びた花の蜜みたいな匂いだ。
「ん……っ」
静けさに包まれた窓辺で、ちゅくちゅくと小鳥が水遊びするみたいな軽やかな音だけが響いた。舌先同士を絡ませ、互いの心を探るように這わせていく。
ザラザラしたところもつるつるしてる箇所も、どこを攻めると感じるかも彼のことはもう全部知ってる。しだいに深くなる口づけに、先生のため息みたいな声が漏れた。
「ニコ……ん、ねぇこんなにキス、いつの間に上手くなったの」
「先生に、応えてるだけです」
「なんにも教えてないのに、怖いくらい優秀な生徒だね」
「先生に褒められたい一心ですから」
唇を重ねるうちに、昨日のむせかえるような甘い記憶が胸によみがえってくる。熱っぽい欲情がじわじわお腹の中に溜まってくるんだ。
こんなの我慢できない。
先生の締まった太腿のあいだにおずおずと手をのばす。少しずつ奥へと滑らせていって、終着点にそっと触れると、先生があっと声にならない吐息を漏らす。
ダイニングテーブルにつくと、朝の光が入る窓辺はきらきら陽が差していて、そこだけもうすっかり初夏が訪れているみたいだった。
窓の奥に広がる庭の景色から、ニコは目が離せないでいた。若葉が茂る庭園の端に、ひときわ目立つ花木があったから。
「先生、あれ、もしかして桃の花ですか」
小学3年生くらいの背丈で、幹も枝も小ぶりだけど、びっしりと枝に花弁をつけている。重なり合った鮮やかな花色が目を引いた。
「赤と白の花が、一本の木から両方咲いてるでしょう。源平桃っていうんだ」
「源平って、源氏と平氏のこと?」
「正解」
「ずいぶん粋な呼び名ですね」
大家さんの趣味で植えられたのだろうか。さっぱりした洋風の庭の中で、桃の花は楽園みたいに咲き誇っている。なんて華やかで魅力的なんだろう。
「お花見には最適な日だね。窓際で食べようか」
先生はそう言って窓を開け放ってくれた。
まるでピクニックみたいだとニコははしゃぎながら、お皿をトレーに乗せて何度も往復して運んだ。
フローリングの床にあぐらをかいていた先生の隣に、ニコはちょこんと膝を立てて体操座りをした。ぎりぎりくっつかない程度の拳ひとつ分離れて。先生はそんな微妙な距離感など気づきもせずに話を続ける。
「よく見るとね、紅白の花だけじゃなくて、絞り咲きも咲くんだ」
「じゃあ、白と赤と絞り咲きの三色咲くってこと?」
赤と白が混ざり合う絞り咲きに、ピンクの花も咲くという。じゃあ四色かとも思ったけれど、花色を数えるなんて、それこそ粋じゃないなと考えるのをやめた。
毎年、どんな花色がどれだけ咲くか分からない。紅でもない白でもない、曖昧な存在の僕たちみたいだと――ニコは頭の中で思い描いていた。
「きれいだね」
ふっと手の平にあったかい感触が重ねられた。驚いて顔を隣に向けると、彼はとろけそうな笑顔を浮かべてニコを見つめている。
……そんな表情ずるい。
ニコはぱたんと膝を倒して、先生と同じ目線になるまで背筋を伸ばした。目を閉じて顔を少しだけ斜めに向けば、先生の唇はもうすぐそこで。
初夏の匂いが風に混じってふわりとかすめた。むせぶような甘みを帯びた花の蜜みたいな匂いだ。
「ん……っ」
静けさに包まれた窓辺で、ちゅくちゅくと小鳥が水遊びするみたいな軽やかな音だけが響いた。舌先同士を絡ませ、互いの心を探るように這わせていく。
ザラザラしたところもつるつるしてる箇所も、どこを攻めると感じるかも彼のことはもう全部知ってる。しだいに深くなる口づけに、先生のため息みたいな声が漏れた。
「ニコ……ん、ねぇこんなにキス、いつの間に上手くなったの」
「先生に、応えてるだけです」
「なんにも教えてないのに、怖いくらい優秀な生徒だね」
「先生に褒められたい一心ですから」
唇を重ねるうちに、昨日のむせかえるような甘い記憶が胸によみがえってくる。熱っぽい欲情がじわじわお腹の中に溜まってくるんだ。
こんなの我慢できない。
先生の締まった太腿のあいだにおずおずと手をのばす。少しずつ奥へと滑らせていって、終着点にそっと触れると、先生があっと声にならない吐息を漏らす。
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