56 / 68
第8章 さよならが言えなくて
2
しおりを挟む
卒業式当日は、みんなの願いが届いたようなぴかぴかの快晴だった。式は厳かに進み、子どもたちの涙ながらの答辞やお別れの歌には、思わずもらい泣きしてしまった。
児童玄関前の階段で、卒業生が集合写真を撮っている。みな晴れやかな笑顔を浮かべて思い思いのポーズを取っていた。ホッとした顔の保護者や先生達がそこかしこで挨拶を交わしている。
記念撮影が終わる頃、黒のスーツに身を包んだ笹原先生が玄関から姿を現した。階段を下りたところで先生はすぐに袴姿の女子達に囲まれていた。どうやら写真を撮ろうとねだられているらしい。
先生は苦笑を浮かべながら女の子達とカメラに目線を向けていた。その後、腕を組みながら話す姿は堂々としていて教師としての自信が漲っているみたいだった。
先生の方へ自然に吸い寄せられてしまう。自分から別れを告げておいて、こそこそと目で追うのはずるいって分かってる。でもどうしても、今だけは、許して、今日で最後だから。
ふわりと春の匂いが鼻をくすぐった。このむせぶような華やかさは沈丁花の花の香りだ。常緑の低木で普段なら目立たないけれど、今だけはどの花よりも存在感を放っている。
沈丁花の花言葉は確か……。
永遠、不滅、栄光、そして実らぬ恋。
あなたに出会わなければ、こんなに恋で苦しむことはなかった――。
先生に出会えたこと後悔はしてない、だって本当に好きでたまらなかったから。想いを告げて、受け入れてくれて、たまらなく嬉しかった、夢かと疑うほどに。
ふう、とニコは肩で息をつき校庭へと向かった。
卒業式の片付けを手伝ってから、倉庫の鍵や借りていた道具を返却しないと。それに校長先生と教頭先生にだけはとにかく挨拶しに行かなきゃ。やることは山ほどあるのに、時間ばかりがいたずらに過ぎていった。
ようやく落ち着いた頃には、もう夕方になっていた。
……そういえば卒業式の立て看板も回収してこないと。万が一雨が降ったら濡れてしまう。ニコは早足で駐車場を抜けた先にある正門に向かった。
看板は山桜の幹に立てかけられていた。
その桜は枝いっぱいに希望に満ちたつぼみをふくらませている。剪定した枝の脇から、新しい芽がいくつも伸びていた。入学式の頃には満開だろうか、ニコはざらざらとした灰色の幹を手の平で撫でた。
――今年も元気に咲くんだよ。さようなら。
先生と初めて出会った場所から離れがたくて、しばらく立ちすくんでいた。木の下を吹き抜けるぬるい風に、ニコは目を閉じて身を任せた。
なんだろう、風音に混じって名前を呼ばれた気がする。それは何度も親しみを込めて発せられた言葉のような気がして。
ただの幻聴だなとおかしくなって、ニコはゆっくりと目を開けた。
児童玄関前の階段で、卒業生が集合写真を撮っている。みな晴れやかな笑顔を浮かべて思い思いのポーズを取っていた。ホッとした顔の保護者や先生達がそこかしこで挨拶を交わしている。
記念撮影が終わる頃、黒のスーツに身を包んだ笹原先生が玄関から姿を現した。階段を下りたところで先生はすぐに袴姿の女子達に囲まれていた。どうやら写真を撮ろうとねだられているらしい。
先生は苦笑を浮かべながら女の子達とカメラに目線を向けていた。その後、腕を組みながら話す姿は堂々としていて教師としての自信が漲っているみたいだった。
先生の方へ自然に吸い寄せられてしまう。自分から別れを告げておいて、こそこそと目で追うのはずるいって分かってる。でもどうしても、今だけは、許して、今日で最後だから。
ふわりと春の匂いが鼻をくすぐった。このむせぶような華やかさは沈丁花の花の香りだ。常緑の低木で普段なら目立たないけれど、今だけはどの花よりも存在感を放っている。
沈丁花の花言葉は確か……。
永遠、不滅、栄光、そして実らぬ恋。
あなたに出会わなければ、こんなに恋で苦しむことはなかった――。
先生に出会えたこと後悔はしてない、だって本当に好きでたまらなかったから。想いを告げて、受け入れてくれて、たまらなく嬉しかった、夢かと疑うほどに。
ふう、とニコは肩で息をつき校庭へと向かった。
卒業式の片付けを手伝ってから、倉庫の鍵や借りていた道具を返却しないと。それに校長先生と教頭先生にだけはとにかく挨拶しに行かなきゃ。やることは山ほどあるのに、時間ばかりがいたずらに過ぎていった。
ようやく落ち着いた頃には、もう夕方になっていた。
……そういえば卒業式の立て看板も回収してこないと。万が一雨が降ったら濡れてしまう。ニコは早足で駐車場を抜けた先にある正門に向かった。
看板は山桜の幹に立てかけられていた。
その桜は枝いっぱいに希望に満ちたつぼみをふくらませている。剪定した枝の脇から、新しい芽がいくつも伸びていた。入学式の頃には満開だろうか、ニコはざらざらとした灰色の幹を手の平で撫でた。
――今年も元気に咲くんだよ。さようなら。
先生と初めて出会った場所から離れがたくて、しばらく立ちすくんでいた。木の下を吹き抜けるぬるい風に、ニコは目を閉じて身を任せた。
なんだろう、風音に混じって名前を呼ばれた気がする。それは何度も親しみを込めて発せられた言葉のような気がして。
ただの幻聴だなとおかしくなって、ニコはゆっくりと目を開けた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。


ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜
古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。
かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。
その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。
ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。
BLoveさんに先行書き溜め。
なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる