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第8章 さよならが言えなくて
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卒業式当日は、みんなの願いが届いたようなぴかぴかの快晴だった。式は厳かに進み、子どもたちの涙ながらの答辞やお別れの歌には、思わずもらい泣きしてしまった。
児童玄関前の階段で、卒業生が集合写真を撮っている。みな晴れやかな笑顔を浮かべて思い思いのポーズを取っていた。ホッとした顔の保護者や先生達がそこかしこで挨拶を交わしている。
記念撮影が終わる頃、黒のスーツに身を包んだ笹原先生が玄関から姿を現した。階段を下りたところで先生はすぐに袴姿の女子達に囲まれていた。どうやら写真を撮ろうとねだられているらしい。
先生は苦笑を浮かべながら女の子達とカメラに目線を向けていた。その後、腕を組みながら話す姿は堂々としていて教師としての自信が漲っているみたいだった。
先生の方へ自然に吸い寄せられてしまう。自分から別れを告げておいて、こそこそと目で追うのはずるいって分かってる。でもどうしても、今だけは、許して、今日で最後だから。
ふわりと春の匂いが鼻をくすぐった。このむせぶような華やかさは沈丁花の花の香りだ。常緑の低木で普段なら目立たないけれど、今だけはどの花よりも存在感を放っている。
沈丁花の花言葉は確か……。
永遠、不滅、栄光、そして実らぬ恋。
あなたに出会わなければ、こんなに恋で苦しむことはなかった――。
先生に出会えたこと後悔はしてない、だって本当に好きでたまらなかったから。想いを告げて、受け入れてくれて、たまらなく嬉しかった、夢かと疑うほどに。
ふう、とニコは肩で息をつき校庭へと向かった。
卒業式の片付けを手伝ってから、倉庫の鍵や借りていた道具を返却しないと。それに校長先生と教頭先生にだけはとにかく挨拶しに行かなきゃ。やることは山ほどあるのに、時間ばかりがいたずらに過ぎていった。
ようやく落ち着いた頃には、もう夕方になっていた。
……そういえば卒業式の立て看板も回収してこないと。万が一雨が降ったら濡れてしまう。ニコは早足で駐車場を抜けた先にある正門に向かった。
看板は山桜の幹に立てかけられていた。
その桜は枝いっぱいに希望に満ちたつぼみをふくらませている。剪定した枝の脇から、新しい芽がいくつも伸びていた。入学式の頃には満開だろうか、ニコはざらざらとした灰色の幹を手の平で撫でた。
――今年も元気に咲くんだよ。さようなら。
先生と初めて出会った場所から離れがたくて、しばらく立ちすくんでいた。木の下を吹き抜けるぬるい風に、ニコは目を閉じて身を任せた。
なんだろう、風音に混じって名前を呼ばれた気がする。それは何度も親しみを込めて発せられた言葉のような気がして。
ただの幻聴だなとおかしくなって、ニコはゆっくりと目を開けた。
児童玄関前の階段で、卒業生が集合写真を撮っている。みな晴れやかな笑顔を浮かべて思い思いのポーズを取っていた。ホッとした顔の保護者や先生達がそこかしこで挨拶を交わしている。
記念撮影が終わる頃、黒のスーツに身を包んだ笹原先生が玄関から姿を現した。階段を下りたところで先生はすぐに袴姿の女子達に囲まれていた。どうやら写真を撮ろうとねだられているらしい。
先生は苦笑を浮かべながら女の子達とカメラに目線を向けていた。その後、腕を組みながら話す姿は堂々としていて教師としての自信が漲っているみたいだった。
先生の方へ自然に吸い寄せられてしまう。自分から別れを告げておいて、こそこそと目で追うのはずるいって分かってる。でもどうしても、今だけは、許して、今日で最後だから。
ふわりと春の匂いが鼻をくすぐった。このむせぶような華やかさは沈丁花の花の香りだ。常緑の低木で普段なら目立たないけれど、今だけはどの花よりも存在感を放っている。
沈丁花の花言葉は確か……。
永遠、不滅、栄光、そして実らぬ恋。
あなたに出会わなければ、こんなに恋で苦しむことはなかった――。
先生に出会えたこと後悔はしてない、だって本当に好きでたまらなかったから。想いを告げて、受け入れてくれて、たまらなく嬉しかった、夢かと疑うほどに。
ふう、とニコは肩で息をつき校庭へと向かった。
卒業式の片付けを手伝ってから、倉庫の鍵や借りていた道具を返却しないと。それに校長先生と教頭先生にだけはとにかく挨拶しに行かなきゃ。やることは山ほどあるのに、時間ばかりがいたずらに過ぎていった。
ようやく落ち着いた頃には、もう夕方になっていた。
……そういえば卒業式の立て看板も回収してこないと。万が一雨が降ったら濡れてしまう。ニコは早足で駐車場を抜けた先にある正門に向かった。
看板は山桜の幹に立てかけられていた。
その桜は枝いっぱいに希望に満ちたつぼみをふくらませている。剪定した枝の脇から、新しい芽がいくつも伸びていた。入学式の頃には満開だろうか、ニコはざらざらとした灰色の幹を手の平で撫でた。
――今年も元気に咲くんだよ。さようなら。
先生と初めて出会った場所から離れがたくて、しばらく立ちすくんでいた。木の下を吹き抜けるぬるい風に、ニコは目を閉じて身を任せた。
なんだろう、風音に混じって名前を呼ばれた気がする。それは何度も親しみを込めて発せられた言葉のような気がして。
ただの幻聴だなとおかしくなって、ニコはゆっくりと目を開けた。
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