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第7章 新年とチーズケーキ
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彼のツンと聳える唇は、ほのかに甘かった。
ニコが作ってくれたチーズケーキの余韻がまだ残っているみたいだ。毎日でも食べたくなる普段着みたいなケーキ。彼の愛情にそっくりな濃厚さで。ニコに頼めばいつでも作ってくれるだろう。そんなつながりが嬉しくて、じんわり心があったかくなる。
笹原は味わうように彼の唇を舌で湿らせた。一口ずつ食むたび熱いものが胸をつきあげてくる。ちゅっ、くちゅりとついばむ音だけが静まったリビングに響いた。
「んっ……」
ニコは花の蕾が開くように受け入れていった。柔らかく這う唇と、歯がゆいくらいまっすぐでいじらしい反応に、つい激しくしたい衝動が込み上げる。舌どうしが触れそうになった瞬間、笹原は磁石みたいに引き合っていた唇を離した。
「先生……?」
ニコが恨めしそうに何度も先生と呼ぶが、笹原は頭を横に振ってその思いには応えなかった。
「まだこれ以上はできない。君があの学校にいるまでは……」
「嘘……でしよ、先生」
これでも抱いてなさい、とキョーを渡す。ニコはそれを素直にぎゅっと抱きしめて声を震わせた。
「僕が子どもだからですか……もっと努力しますから、捨てないでください」
「あのね、そんなこと一言も言ってないでしょ。とにかくあの学校にいるうちは……わっ」
ドミノ倒しみたいに体当たりされ、ソファの座面に押し倒された。それほど広くもないソファーに男がふたり重なり合う。両腕を縫いとめられ、余裕のない顔で見下ろすニコに笑いかけるしかない。
「ねえ、危ないよ」
「先生が分かってくれないから……」
「分かってるよニコのことは。でも僕の立場も理解してくれない? 君とこんなことしてからだと、来週から仕事にならないよ」
「理解なんて、しません!」
ニコは笹原の首筋に顔を埋めた。
彼の鼻筋がまさぐってきて、唇は耳の下の皮膚が薄いところを強く吸いあげる。くすぐったい感触とともに襲ってくる甘い刺激に、こらえていた衝動が噴き上げてきた。
「そんなとこだめだって……」
ニコの匂いが、吐息が、滑るような肌の感覚が。
持て余すほどの欲情は抱えきれないほどで、ただ蓋をされているだけだけなんだと思い知らされる。
「せんせぇ」
ニコといると自分が一枚ずつ剥がされて、裸にされていくみたい。教師でもない、大人でもない、性別もない、ただニコのそばにいて触れ合いたいだけの、本能だけの自分に。
「僕は君の先生じゃないよ。初めて会った日から今日までもずっとね」
「でも僕にとっては先生です」
「僕は、ただのつまんない人間だよ?」
「先生が言ったんじゃないですか、自分を否定しなくていいって。だから僕はあなたが好きだってこと否定したくない、だって、それだけで生きてきたんだから……」
首筋に絡むニコの吐息が耳に触れ、熱くてたまらない。ふたたび唇で吸われてぞくりと震えた。
冗談をいう余裕もなくなって。
くっと全身に力が入り、笹原はつま先を子どもみたいにバタつかさせた。
「約束は守ります。だからもう少しだけ――いいでしょ?」
次々に溢れるような快感に返事もできず、ひどくこわばった肩から力が抜けていく。
もう抜け出せないかもしれない――――。
ぽっかり空いた胸の隙間が、ニコの心と身体で満たされていく。
温かくてなめらかな深い海に沈んでいくような感覚に陥って、気づけば縋るようにニコの背中に腕を回していた。
ニコが作ってくれたチーズケーキの余韻がまだ残っているみたいだ。毎日でも食べたくなる普段着みたいなケーキ。彼の愛情にそっくりな濃厚さで。ニコに頼めばいつでも作ってくれるだろう。そんなつながりが嬉しくて、じんわり心があったかくなる。
笹原は味わうように彼の唇を舌で湿らせた。一口ずつ食むたび熱いものが胸をつきあげてくる。ちゅっ、くちゅりとついばむ音だけが静まったリビングに響いた。
「んっ……」
ニコは花の蕾が開くように受け入れていった。柔らかく這う唇と、歯がゆいくらいまっすぐでいじらしい反応に、つい激しくしたい衝動が込み上げる。舌どうしが触れそうになった瞬間、笹原は磁石みたいに引き合っていた唇を離した。
「先生……?」
ニコが恨めしそうに何度も先生と呼ぶが、笹原は頭を横に振ってその思いには応えなかった。
「まだこれ以上はできない。君があの学校にいるまでは……」
「嘘……でしよ、先生」
これでも抱いてなさい、とキョーを渡す。ニコはそれを素直にぎゅっと抱きしめて声を震わせた。
「僕が子どもだからですか……もっと努力しますから、捨てないでください」
「あのね、そんなこと一言も言ってないでしょ。とにかくあの学校にいるうちは……わっ」
ドミノ倒しみたいに体当たりされ、ソファの座面に押し倒された。それほど広くもないソファーに男がふたり重なり合う。両腕を縫いとめられ、余裕のない顔で見下ろすニコに笑いかけるしかない。
「ねえ、危ないよ」
「先生が分かってくれないから……」
「分かってるよニコのことは。でも僕の立場も理解してくれない? 君とこんなことしてからだと、来週から仕事にならないよ」
「理解なんて、しません!」
ニコは笹原の首筋に顔を埋めた。
彼の鼻筋がまさぐってきて、唇は耳の下の皮膚が薄いところを強く吸いあげる。くすぐったい感触とともに襲ってくる甘い刺激に、こらえていた衝動が噴き上げてきた。
「そんなとこだめだって……」
ニコの匂いが、吐息が、滑るような肌の感覚が。
持て余すほどの欲情は抱えきれないほどで、ただ蓋をされているだけだけなんだと思い知らされる。
「せんせぇ」
ニコといると自分が一枚ずつ剥がされて、裸にされていくみたい。教師でもない、大人でもない、性別もない、ただニコのそばにいて触れ合いたいだけの、本能だけの自分に。
「僕は君の先生じゃないよ。初めて会った日から今日までもずっとね」
「でも僕にとっては先生です」
「僕は、ただのつまんない人間だよ?」
「先生が言ったんじゃないですか、自分を否定しなくていいって。だから僕はあなたが好きだってこと否定したくない、だって、それだけで生きてきたんだから……」
首筋に絡むニコの吐息が耳に触れ、熱くてたまらない。ふたたび唇で吸われてぞくりと震えた。
冗談をいう余裕もなくなって。
くっと全身に力が入り、笹原はつま先を子どもみたいにバタつかさせた。
「約束は守ります。だからもう少しだけ――いいでしょ?」
次々に溢れるような快感に返事もできず、ひどくこわばった肩から力が抜けていく。
もう抜け出せないかもしれない――――。
ぽっかり空いた胸の隙間が、ニコの心と身体で満たされていく。
温かくてなめらかな深い海に沈んでいくような感覚に陥って、気づけば縋るようにニコの背中に腕を回していた。
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