【完結】暁のひかり

ななしま

文字の大きさ
上 下
47 / 68
あなたのいない世界など

9

しおりを挟む
「……俺が私立の医大に行ったから、うちは金がなくなった。だからお前は親の顔色を見て国公立の教育学部を目指したんだ。それを未だに根に持ってるんだろ」
「なにそれ、そんな昔の話……うぬぼれもたいがいにしなよ。僕がそんなことで進路を変えたとでも思ってるわけ?」

 先生が先生になった理由を以前聞いた。両親とも教師だった親の背中を見ているうちに憧れたと教えてくれたはずだ。それは本心だと思う。お兄さんや両親を気遣ってなんて、そんな理由じゃないはずだ。でも分からない、先生は平気な顔して笑って、大切なものを誰かに譲ってしまうかもしれない。

「大学も仕事も自分の意思で選んだんだ。それに親に教師になれなんて、一度も言われたことない」
「じゃあなんとなく教師になって、その仕事のせいで正月に顔も出せないくらい忙しいわけ?  医者の俺より?」
「言いがかりつけるのはやめなよ」
「何が気に入らない?  なんで俺達を避けるんだよ、昔はあんなに……仲良かったのにな」

 ふたりはそれっきり黙ってしまった。空気が重くて酸欠になりそう。本当の理由を言うわけにはいかないし、かといってこのままお兄さんとのわだかまりが残ったままなのも苦しい。

 お兄さんは観念したように肩を落とした。こんな言い合いをするためにここまで来たわけじゃないんだ。きっと、なにか伝えたいことがあったんだと思う、先生に。

「……お前は俺にないものを全て持ってる」
「冗談でしょ。そっちこそ欲しいものをすべて手に入れたんだ。これ以上なにが望みなの」
「そういうことじゃないんだ」

 なんだか急にお兄さんがさっきまでの勢いが萎んでしまったみたいに、しゅんとして小さく見えた。

「俺が暁人よりできたのは勉強だけ。いっつもお前の周りには人がいて……同級生も女の子も、両親でさえ。母さんなんか、お前が遊んでばっかりいるって口ではいつも叱ってたけど、結局最後は許してただろ」
「そう思ってるのは兄貴だけだと思うよ?」
「俺がそう思ってるから、そうなんだよ」
「なにそれ……いいかげんだな」

 先生がようやく、伏せていた顔をあげた。

「……分かった。来年の正月には帰るよ、それでいい?」

  先生はニコの視線を探って目を合わせる。これでいいと思う?  そんな風に先生にたずねられた気がして、ニコはすぐさまうなずいた。

「たった一人の姪っ子に、たまには会いに来いよ――待ってるから」


 もう戻らないとと急ぐお兄さんの後を、ニコは病室の外まで送って行った。なぜか分からないけど、せっかく会えたのだからお別れを言わなきゃって思ったんだ。

 後をついてくるニコに驚くお兄さんの隣で、エレベーターを待った。ホールの前は、談話室になっていて患者さんが電話したり、面会をしている人たちがいて、楽しげな会話が聞こえてくる。

 白衣のポケットに手を突っ込みながら、お兄さんはいくらか面倒くさそうに肩をすくめた。

「……君は暁人と、その、特別な関係なのか?」
「えっ?」
「病室に入った時、ふたりとも様子がおかしかったから」
「やっぱり見られてましたか」
「いや、はっきりとは……なんとなく雰囲気で。それに君の顔真っ赤だったし」

 やっぱり気づかれていたらしい、ニコは冷水を浴びせられたみたいにぴしっと背筋を伸ばした。エレベーターが到着して、ふたりで乗り込む。お兄さんが2階のボタンを押して、ゴウンと音を立てて扉が閉まった。

 お兄さんがいう特別な関係、というのは恋人同士という意味だろうか。友人でも同僚でも、上司や部下でもない。恋愛感情を持って付き合っている大人同士ということ?

 今の先生との関係が何なのか自分でもよく分からない。もちろん、もっと先生に近づきたいという素直な感情や欲求なら……あるけど。

「特別な関係かどうか……まだ自分でも正直よく分かりません。でも僕にとって先生は特別な人です。誰よりも大切な人です」
「アイツいい人そうに見えて、なに考えてんのか分かんないだろ。よく付き合えるな」

 ニコはぷっと小さく吹き出した。
 やっぱり兄弟って言うことが容赦ない。でも兄弟の関係って不思議だ。世界一仲良くも、世界一仲悪くもなれる。一度入ってしまったヒビは修復するのは難しいけれど、けっして直せないわけじゃない。

「僕は、先生の新しい面を知ることが嬉しくて仕方ないんです。それがワガママでも、怒りでも、哀しみでも、先生と共有できることが幸せなんです。今日、先生のお兄さんに会えたことも」
「そんなもんかね」

 ふっと緩めた横顔が先生の面影が重なる。やっぱり似てる――兄弟だもの。チン、と音を立てて2階への扉が開く。外来の診察室と待合のイスが遠くまで並んでいるのが見える。

 お兄さんは顔を前に向けたまま、さりげない口調で言った。

「暁人のこと頼むよ。たったひとりでいいんだ、あいつの味方に、本音をこぼせる相手になってやってくれ」
「僕でよければ……喜んで」

 じゃ、お先に、といって白衣のポケットに手をいれたまま、ひょいと手をあげた。

 白衣の裾をはらりと舞い上がらせながら颯爽と歩いていく背中を、ずっと目で追いかけていた。扉が閉まる、その瞬間まで。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ニケの宿

水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。 しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。 異なる種族同士の、共同生活。 ※本作はちいさい子と青年のほんのりストーリが軸なので、過激な描写は控えています。バトルシーンが多めなので(矛盾)怪我をしている描写もあります。苦手な方はご注意ください。 『BL短編』の方に、この作品のキャラクターの挿絵を投稿してあります。自作です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...