ビビりな兎はクールな狼の溺愛に気づかない

柊 うたさ

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第二章:両想いのそのあとに

26. ウサギ、収穫祭に行く

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「よ~し完成!とっても可愛いじゃない!」

 綺麗に編み込まれた黒髪、キラキラと煌めく瞼、淡いピンク色に色付くプルプルの唇。
 目を開け、鏡にうつるその姿を見たネロは、自身の変わりように目を丸くする。


 そう、本日は待ちに待った収穫祭の日、アルジェントとの二度目のデートの日である。


 両想いになって初のデートであるため、ネロは気合を入れ普段着ないような可愛らしい水色のシャツワンピースと淡いグレーのコートを買ってみた。しかし何だかこれだけではデートらしさが少ないような気がしたため、王都にいるカップルを真剣に観察した。すると彼女たちは皆可愛らしく髪をアレンジしたり、綺麗に化粧を施したりしているようで。

 なるほど、こういう身嗜みが男性に好かれ続けるには大切なのか!とネロは納得し、急いで化粧品を買い揃え、見よう見まねでヘアアレンジと化粧をしてみた。けれども手先が器用ではないネロにはヘアアレンジはおろか、化粧も思ったようにいかずなぜか厚化粧になってしまう。

 劇などに出るなら映えるかもしれないが、日常生活でこの化粧では好かれるどころか嫌われかねない。せっかく両想いになったというのに、付き合って初のデートで嫌われるだなんてことになれば立ち直れないだろう。

 ということで自分でどうこうするのは諦め、事前にティグレにヘアアレンジと化粧を頼んでいたのである。
 厚化粧でもスッピンでもない見慣れない顔にネロは鏡に釘付けになる。自分が自分ではないようで、これが目指していた本当の化粧か!と感動さえ感じる。

 化粧もさる事ながら編み込まれハーフアップの髪もとても可愛く、一度目のデートでアルジェントにもらったバレッタも付けてもらった。今までは一つに結うくらいでこれといって髪型にこだわりは無かったが、こうしてアレンジされた髪を見るとお姫様になったようで。テンションの上がったネロはキラキラとした目でティグレを見る。

「ティグレさんありがとうございます…!」
「ネロの元がいいのよ~!これでアルジェントももっとメロメロね~」

 ティグレは満足気に腰に手を当て、頷いている。
 そんなティグレに対しネロは「メロメロなんて大袈裟な~」と思いつつ、早くアルジェントに見て欲しい気持ちでいっぱいであった。



ーーこうして二度目になるアルジェントとのデートの日が始まったのである。
 
 



「………………ちょ、っと。可愛くしすぎじゃないか…?」

 玄関先でネロの格好を見たアルジェントは目を見開き狼狽する。
 額に手を当て指の隙間からチラチラとネロの姿を見ているその顔をよく見ると、ほんの少し頬が赤く染まっているようで。しかしその雰囲気はなんだか少し拗ねているようにも感じれられる。

「………可愛すぎて、誰にも見せたくないな」
「…っ!」

 そんな拗ねたようなアルジェントの言葉にネロは顔を赤らめる。
 付き合ってからというもの、こうしてハッキリと言葉にするアルジェントにネロは嬉しさとかなりの照れを感じてしまい、未だに上手く反応できないでいる。

 優しいアルジェントのことだ、褒めてくれるだろうとは思っていたがまさかこうなるとは予想していなかった。ティグレの言っていたメロメロもあながち間違いでは無いのかもしれない。 

「………ネロ、心配だから街では手を繋ごう」
「…っはい!」

 ……クールな人がたまに見せるデレは心臓に悪い


 ***


 王都はたくさんの人で賑わい、普段とは違うお祭りならではの雰囲気がある。
 収穫祭ということもあり様々な野菜や果物、料理が売られた露店が建ち並んでおりとてもいい香りがする。

 露店を見ていると星の形をした果物や、ブロッコリーなのかカリフラワーなのか分からない独特な形の野菜など、見慣れない物もある。

 ネロは初めての収穫祭にとても興奮してキョロキョロと視線が忙しい。

「ほら、これ美味しそうだぞ」

 そう言うアルジェントは近くの露店の店頭に置かれた商品を指さす。
 よくある色形のマフィンだが、しかし商品名を見ると『ニンジンマフィン』と書いてある。

「ニンジン…」

 ネロはとてもニンジンが好物であった。
 ミネストローネやシチューなど、とりあえずニンジンを使った料理の時は自分の皿に多めにニンジンを入れ、食べる際は大事に取って置き最後に味わうくらいには大好物である。

 しかしネロはニンジンが好物だということをアルジェントに話したことはなかったはずで…。

「一つ買って食べてみよう」

 アルジェントはさっとマフィンを買い、半分にして片方をネロに手渡してくれる。

「あ、ありがとうございます…!」

 受け取ったニンジンマフィンは生地にニンジンを混ぜ込んでいるのだろう、所々オレンジ色に染まっている。香りは野菜独特の青臭さはなく、食欲をそそる美味しそうな甘い匂いがする。

「美味しい…」

 一口食べるとマフィンの甘味の中にほんのりニンジンの甘さを感じ、ニンジンが苦手な人でも食べれるように考慮されているのだろう、とても食べやすいマフィンである。野菜を使ったお菓子がこんなにも美味しいとは知らずネロはとても感動する。

 通常の食事だけではなく、食後のデザートやおやつでもニンジンを食べることができるということである。アルジェントとティグレに申し訳ないのでやることはないだろうが、夢のようなニンジンづくしのフルコースを想像し、興奮でなんだかゾクゾクしてしまう。

 そしてネロが余程美味しそうにマフィンを食べていたのだろう、アルジェントが家で食べる分のマフィンを数個買ってくれたのだった。

 

 その後再び様々な露店を見て回り、少し疲れたのでベンチで休憩することとなった。
 アルジェントは気を利かせて飲み物を買いに近くの露店に行き、その間ネロはベンチで先ほどアルジェントに聞いた話を思い返す。
 
 アルジェントの話だと、この収穫祭では隣国の野菜や果物、料理も売られているのだそう。先ほど目にした見慣れない野菜や果物も隣国のものなのかもしれない。この国を出たことのないネロは隣国とはどんなとこなのだろう、と空想を膨らませる。

(隣国のニンジンはオレンジ色じゃないかも……形も違うのかな……)

 そんな隣国ニンジンに思い馳せたネロのもとに飲み物を持ったアルジェントが戻って来る。

「はい、飲み物」
「ありがとうございます!」

 アルジェントが買って来た飲み物はトマトジュースの炭酸割りのようだ。トマトの酸味と野菜独特の香りが炭酸水で割ることで気にならなくなり、サッパリと飲みやすい。

「美味しいです!」
「あぁ、そうだな」

 見慣れない野菜や果物、食べ慣れない料理や飲み物。
 人混みは未だに怖いし、デートもまだ慣れないが、たまには日常にイレギュラーがあってもいいなと、トマトジュースを飲みながらネロは思うのであった。
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