ビビりな兎はクールな狼の溺愛に気づかない

柊 うたさ

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第二章:両想いのそのあとに

25. ウサギ、落ち葉、お芋、あなた

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 赤、黄、緑、茶、

 様々な色の葉をかき集め小さなお山をつくる。
 洗った芋を濡らした紙で包み、さらにその上からアルミの紙で包む。
 それをお山の中に入れ、火をつける。


 あっという間に木々が色づき、少し肌寒くなってきた頃。
 アルジェント家の庭でネロは楽しそうに火の中のる芋を転がしていた。

「ふふん~」

 鼻歌を歌い上機嫌のネロである。

 村にいた頃、この季節になると友達とこうして焼き芋をしていた。
 流石に王都の、それもアルジェントの家の庭ではしないだろうと思っていたが、何かの話の流れで焚き火の思い出話をしたところ、庭での焚き火を即OKされたのだ。

 案外…でもないが、アルジェントはやはりネロに甘い。

 アルジェントの言い分としては「焚き火で焼いた芋を食べたことがないから」ということらしいが本当かどうかは分からない。しかしネロは、それなら!と気合を入れ、焦げないようにせっせと芋を転がしている。せっかく食べてもらうのだ、焦げていない美味しいものを食べて欲しい。

 トングを持ち煙を被りながら焚き火に向かうネロの姿は、もはや職人のような貫禄がある。

「ネロ」

 そんな焚き火職人を呼ぶ、低く落ち着いた声がする。

「…アルジェントさん!」

 その声にネロは胸が高鳴り、一瞬で芋から声の方に興味が移る。

 パッと振り返ると、背後にはコートを羽織り少しラフな格好をしたアルジェントが立っている。おそらくネロの様子を見に来たのだろう。

 ネロは焼き芋ができ次第持って行く予定だったため、まさかアルジェントが外に出てくるとは思っていなかった。

「まだ焼き芋できていなくて…」

 ネロは慌ててアルジェントに駆け寄り、芋はまだだということを一生懸命伝える。

「あぁ、俺も一緒に焚き火をしようと思ってな」

 そんなネロに対してアルジェントは優しい目を向け頭をポンポンと撫でる。
 アルジェントはただネロと一緒に時間を過ごしたかっただけであった。それに気づいたネロは、嬉しそうな顔をして控えめにアルジェントの手に擦り寄る。

 アルジェントの大きな手が、ネロのさらさらな黒髪とふわふわなウサギ耳に触れ、その優しい手つきにネロは心なしか頬が色づく。

 両想いになった2人はこれといって進展したわけではないが、2人のペースで愛を育んでいた。少し時間があれば2人で過ごしたり、こうしてネロがびっくりしない程度のスキンシップをとったり。

 26歳と20歳のカップルだと思えないほど純粋な恋愛ではあるが、とても幸せそうである。


「もう少しなんですけど~…」

 焚き火の前に2人でしゃがみ、ツンツンと芋を突く。
 アルジェントは焚き火を興味深そうに眺め、ネロは火加減を注意深く確認している。

 そんな2人の間にはのんびりとした時間が流れていて。

 アルジェントと過ごす中で恋愛小説のような特別なキラキラ感はない。
 胸を締め付けられるようなドキドキやキュンキュンはないが、ポカポカとした安心感を感じるしアルジェントの優しさにキュンと胸が高鳴ったりもする。
 
 こうして好きな人と同じ気持ちになれて、好きなの人の大切な時間をもらえて。ただそれだけで幸せだと思う。特別なことをしなくても幸せを味わえる関係。恋人とはなんて素敵なんだろう。

 
「ネロ、そういえば前に言っていた収穫祭が来週にあるんだ」
「あ!!」

 その言葉にバッと勢いよく顔を上げアルジェントを見る。

 そう言えば少し前に聞いた収穫祭の話。
 様々な野菜や果物の料理が振る舞われるらしい。

 特別なことをしなくても幸せ。
 わざわざ何処かに出かけなくても、焚き火の前で何気ない話をしているだけで幸せ。
 けれどやっぱり恋人らしい、恋人でしか出来ないこともしたい。

 本当は収穫祭の話を聞いてからアルジェントと一緒に行きたいと思っていた。

 しかし多忙なアルジェントを気軽に誘って良いものか分からず誘うことができないでいた。なんなら今までデートの話を持ちかけたことすらなかった。

 恋人同士のおねだりがどの程度なら許されるのか、どこからがワガママになるのかが分からないのである。

 一緒に収穫祭に行きたいと言って迷惑がられないだろうか。
 その日は仕事だと断られるだろうか。それとも休みだからゆっくりしたいと言われるだろうか。

「あ、あの…、えっと…」

 ネロは誘う勇気が出ず、トングを握りしめ口篭ることしかできない。
 誘いたい、一緒に行きたいのにあと一歩が怖い。
 
「…収穫祭、一緒に行かないか?俺とまたデートしよう、ネロ」

 ギュッとトングを握りしめたネロの右手を、アルジェントの大きな、かたい手ががそっと包み込む。

 きっとネロの悩みもアルジェントにはお見通しなのだろう。
 普段ネロの話を遮ることはないのに。いつも、口篭っても最後まで耳を傾けるのに。
 
 ネロが言い出しにくいのを察して、先回りをする。
 欲しい言葉をかけてくれて、ネロの些細な悩みもその優しさで全て柔らかく包み込んでくれる。

「…っはい!デート、したいです…!」
 

 アルジェントの優しさに包まれてネロは思う。


 この先デートに誘おうか誘わないか迷う時があるとしたら、その相手はアルジェントがいい。

 一生懸命焼き芋を焼く相手も。何気ない日常の、様々な思い出をつくり共有する相手だって。



 それは、その相手は、ぜったい貴方がいい。
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