ビビりな兎はクールな狼の溺愛に気づかない

柊 うたさ

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第一章:いざ、王都!

【閑話】トラの想い人

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 私の座右の銘は”先手必勝”、”猪突猛進”。

 昔から好きだと思ったことには一直線で、それは物でも人でも同じだった。
 若い頃は少しでもいいと思えば人間とか獣人関係なく、それこそ身分も気にせず猛アプローチをかけ振られても何度もアタックする、そんなタイプだった。

 あの頃はそれで良かったし、それで靡いてくれる人も多かった。
 当時は恋愛の駆け引きが楽しくて、それ以上は全く考えていなかった。

 しかし平民であっても、やはり女は結婚して早く子どもを産むものという考えは確かにあって。学園を卒業してからというもの結婚の話題が多くなっていった。

 けれども文官という仕事も頑張りたいし結婚を急かされるのが嫌で、仲の良かったアルジェントの家に住み始めたのである。



 現在26歳。仕事を頑張って優秀な文官と言われるようになっても結局のところ平民で。

 この歳になると好意だけでどうこうできるものでもなく。いいなと思った相手が貴族なら希望も薄くなる。


「チェルブさんおはようございます~!」
「あぁ、ティグレさん。おはようございます。」

 毎日これだけは欠かさない朝の挨拶。
 猪突猛進できなくなった26歳の私の精一杯。

 チェルブ・フィオーレ宰相補佐さま。私の想い人。
 若き宰相補佐で優秀な人材として有名なシカ獣人である。

 明るい茶髪と細フレームのメガネ、線は細く体にフィットした宰相服は彼のスタイルの良さを際立たせる。
 そして極めつけに侯爵家の次男で23歳、独身。貴族令嬢には人気も人気、宰相補佐の仕事量が半端ではないため女性との噂は聞かないが、そこら中の女性が狙っているのは間違いない。

 アルジェントも人気ではあるが”氷の貴公子”なんて名前で呼ばれているし、最近は想い人にぞっこんだという噂も出回っているので、アルジェントの方はもしかすると人気が落ちたかもしれない。
 
 まぁ、アルジェントのことがなくともこの宰相補佐さまはとても人気で、そして私には釣り合わないということである。
 
 釣り合わない、希望もない、けれどもやっぱり想い人と会話はしたい。
 そのための挨拶。最後の足掻き。

 彼方がどう思おうと関係ないし、ただの挨拶だ。
 稀に仕事で資料を渡すことがあるけれど話したとしても一言二言で、それもただの業務連絡である。


 こんな今の私の姿を見たらアルジェントは驚くかもしれない。お前もヘタレだろって言うかも。


 ***


 いつも通り仕事をしている時に宰相室に届ける資料がたまたま手元にあって。
 今日は運がいいなと軽い足取りで宰相室に向かう。ただ、本当にそれだけだったはず。



「え…っと、チェルブさん…?」

 …なぜ、資料ではなく私の手を取っているのだろう。

 え?メガネの度合ってる?
 それ、私の手ですよ~!って言っていいものなのだろうか…。
 流石に普段アルジェントをイジり倒す私であっても人は選ぶ。

 じっと握られた手を見つめていると、彼が言いづらそうに口を開く。

「…貴方は私に興味がない、のですか。」
「は、はぃ…?」
「貴方は意中の相手がいれば直ぐにアプローチをかける方だと聞いています。」

 ………ちょっと待って、何?何を急に言い出すのこの人。
 興味がない??興味しかないの間違いではなくて??
 
 てか誰よそんなことチェルブさんに吹き込んだやつ!!
 まぁ確かに数年前まで騎士相手にそういことしてたけど!!
 もう落ち着いたんだから言うんじゃないわよ!!!


 誰に吹き込まれたのかは知らないが、ヤバイ印象を持たれているのは間違いない。
 くそぉ…と心の中で悪態をつくが、即座にここが宰相室であることを思い出す。
 こんなところを宰相さまに見られたら、平民文官の分際で息子を誘惑していたヤバ女認定されてしまう。

 今はいないとわかっているが一応キョロキョロと宰相さまの存在を探る。

「…父は今日、陛下と視察に行きましたのでここには来ませんよ。」
「あ、なるほど…」
「それで、」
「は、はい」

 チェルブの黒目がティグレを射抜く。

「私は貴方の好みには入りませんか。少しでもいいと思っていただけませんか。」

 普段の穏やかそうな雰囲気とは異なり、少し固く鋭さのある声で告げられる言葉。

「え…、いや、素敵な方だと思いますけど…」

 なんだこれは拷問か?拷問ではなかったらなんだ?
 私が色目…使ったつもりはなかったけど、それを炙り出す的な…?
 いやでも、色目を使えと言ってるみたいに聞こえなくもない……。

「…でも、アプローチはして下さらないでしょう。私が年下だから…、好みではないですか?もう少し男らしい方が…」
「え!?いやっ普通に好みだし美味しそうだし、めちゃくちゃどタイプですけど…!?……あ゛っ!」

 慌てて口を手で塞ぐも時既に遅し。
 
 や、やってしまった。つい本音が溢れてしまった。
 でも仕方なくない?!目の前で想い人が自分は好みではないの?って聞いてくるのを我慢して聞いていられる?!

 言うつもりのなかった本音を口にしたティグレはチェルブから目を逸らし一応反省する。やはり自分の中で気持ちを留めておくのは性に合っていないようだ…。

 もうこの恋も終わった…と目線を手に持っていくが未だ手は握られた状態で。
 それに雰囲気もティグレが勝手に気まずくなっているだけで悪い雰囲気ではない。


「…本当ですか?」

 再びチェルブの方を見るとぱっと見では分からないが少し表情が柔らかく見える。心なしか口角が上がっているようにも…。

「え…っと、まぁ…。でも、ほら、身分も違いますし、別にどうこうなりたいとか、思っているわけではないので…」

 だから許してください!平民ごときが貴方様に好意を持ってすみません!仕事はきちんとしてるんで!…と言いたい気持ちでいっぱいであったのに。

「……私は、どうこうなりたいです。」
「へ…?」

 ………何か、幻聴が聞こえた気がする。

「貴方に挨拶されるのを、毎日の楽しみにしていました。…優秀な貴方に見てもらいたくて、たくさん勉強して、仕事も一生懸命してきました。」
「…っ」
「…貴方から好意的な素振りが見えなかったので、諦めようかと思っていたのですが。……可能性があるのなら、アプローチしてもいいですか?」



 26歳トラ獣人。
 優秀で可愛くて、美味しそうな人がタイプ。


 今まで猪突猛進でアプローチばかりしてきたわけだけど…



 こ、こんな、想い人が可愛くて美味しそうで、男らしいなんて聞いてない!!
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