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第一章:いざ、王都!
23. ウサギは好きな人の幸せを願う
しおりを挟む夢を見た。
獰猛な狼が容赦なく何かを喰い散らかす夢。
辺り一面赤黒い海となり、目を凝らすと狼のそばには惨い死に方をした獣が横たわっている。
赤みの帯びた黄褐色の毛が赤黒く染まり、首元は痛々しく噛みちぎられている。
その海の中に佇む琥珀色の目をした狼は、噛み殺されたその獣を冷酷な目つきで見下ろしている。
それをただひたすら遠くから眺める、不思議な夢。
***
ネロが次に目を覚ました時カーテンの隙間から差し込む白い光が見え、日が昇ったのだと理解する。どのくらい眠ったのだろうか、頭痛は幾分マシになったようである。
少し怠さの残った体を起こし、額に乗ったやや冷たさの残るタオルを取り、アルジェントはいつまでネロの側にいたのだろうとぼんやり考える。
「喉乾いた…」
喉の渇きを覚えベッドから降りようと足の方に目をやると、寝巻きのズボンから白い包帯がちらりと見える。そういえばアルジェントが軽く手当したと言っていた。
傷に響かないよう慎重に立ってみるが思ったほど痛みはなく安心する。
おそらく血は止まっているだろう、傷が開かないよう足を引きずりながらキッチンに向かう。
いつもよりかなり遅い足取りでキッチンに向かうも、やはり歩くと痛むかもしれない。このままキッチンに行くべきか、はたまた部屋に戻るべきかどうしようかとその場で考えてみるが、やはり喉の渇きをどうにかしたい。熱でたくさん汗をかいたし、それに腹は空かないが何か胃に入れたい。
再びキッチンに向かうも、あと少しというところで後ろから声が掛かりそちらをを振り返る。
「あれ?ネロ起きたの~?」
「あ、ティグレさん、おはようございます…」
「おはよ~。てか起きて大丈夫なの…?足怪我してたよね?!」
「…えっと、」
心配した顔のティグレがネロの顔を覗き込む。
「も~ダメじゃない安静にしてないと!喉でも乾いたの~?」
「は、はい…、あと何か胃に入れようかなって…」
「そっか!ごめんね、もう少ししたら持っていこうと思ってたの。すぐ持ってくから部屋でゆっくりしてて?」
「や、でも…!」
「んも~!ネロの傷が開きでもしたらアルジェントに怒られちゃうのよ~!」
そう言うティグレはネロの頭を優しくポンポンと叩き、「はい、戻った戻った~」とネロの背中を軽く押し部屋に戻す。
寝屋に戻ったネロはベッドに腰腰掛け、ボーッとカーテンの隙間から窓の外を眺める。
なぜティグレは仕事をしていないのに怒らないで心配そうな顔をするのだろう。
使用人なのに、どうしてだろう。
ティグレの優しさが、ネロにはとても不思議だった。
コンコン、という音と共に部屋の扉が開き、お盆を持ったティグレが入ってくる。
「はい、食べれる分だけ食べなね!」
お盆にはパン粥と切られたオレンジ、水がのっている。態々ティグレが作ってくれたのだろう。
「す、すみません…仕事、してなくて…」
「え~?なんで謝るのよ~。毎日毎日、休まず働いてんだから1日くらい休んだってバチ当たんないって!」
「で、でも…」
「あ!そうだ、あと数時間したらお医者さん来るんだって!私今日休みだからお医者さん来たら部屋通すね!それまで安静にしてること!!」
「は、はい…」
”安静”をとても強調して言われてしまい、ネロは頷くことしかできない。
仕事ができそうな雰囲気ではないことを悟り、ネロはティグレが作ったパン粥をちびちびと食べ始める。
パン粥はミルクの甘さがとても感じられ体が弱ったネロにはとてもよく沁み、温かい気持ちになる。その姿をティグレは心底安心したというような優しい笑顔で見ている。
「あー…アルジェントは…、用事が終わったら帰って来ると思うから!”絶対安静”って言ってたわよ~」
「そ、そうなんですね、」
ネロがご飯をちゃんと食べているのを見届けたティグレは部屋から出て行く。
そして1人になった部屋で、オレンジを食べながらネロは思う。
アルジェントもティグレもなぜそんなに休めと言うのだろう。
こんな体で仕事をしても迷惑なのだろうけど、もっと叱って、文句を言われてもおかしくないはず。この住み込みの仕事はとても給料が良いので、その分働かないと申し訳なく思ってしまう。
それにネロが熱を出し怪我をしたのはネロの自業自得だ。
あそこでバレッタを諦めていたらこんなことにはなっていないし、仕事をサボることもなかったのに。
ネロには使用人の仕事しかないのに。
そんな風に優しくされるとどうして良いか分からなくなってしまう。
***
その後アルジェントが呼んだ医者が来て診察を受けた。
風邪は薬を飲めば良くなるそう。足の怪我は何針か縫い、後日抜糸をすると言われた。ガラスの怪我だったため傷口に破片がついている心配もあったが運良くそれもなく。ただ、初めて傷を縫われたネロは痛みで吐きそうになった。とても痛かった…。
「あ、ありがとうございました…」
部屋を出て行く医者を見送り、ネロはヘロヘロになっていた。
縫われる痛みを堪え、やっと終わったと思ったら「抜糸の方が痛いかも」と捨て台詞を置いて行かれた。
今まで特にこれといって怪我も病気もしてこなかったネロはこの日、自分があまり痛みに強くないということを知ってしまった。
程なくしてアルジェントがネロの部屋を訪れた。用事が済んだらしい。
「ネロ、調子はどうだ?」
「あ、はい、お陰様で…」
足の怪我の治療で逆に元気がなくなったなど口が裂けても言えなかった。
カッチリとしたスーツを着て余所行きの格好をしたアルジェントにネロは何だかドキドキしてしまう。好きになる前なら何とも思わなかっただろうに、恋とはスゴい。
「あ、あの…夜、看病?してもらったみたいで…あと、仕事もしてなくて…えっと」
アルジェントを前にすると伝えたいことが色々ありすぎて焦ってしまう。
お礼も、謝罪も、いっぱいしたいのに…上手く口が回らない。
「ふふっ、ネロ落ち着いて。そうだなー…仕事は元々ネロの休みを作らないとと思っていたから気にするな」
「は、はぁ…」
「俺はただ、ネロが早く元気になってくれればいい」
さらりとネロの頭を撫でる手。顔を上げアルジェントを見るとその目は何だか温かい目をしている。ただネロを心配しているような、ネロの無事を心から安心しているような。
夢で見た狼と同じ色の瞳であるのに、その狼と違うまるで慈しみの籠った綺麗な瞳。
その目に、視界に、入れてもらえるただそれだけでネロは嬉しくなる。
好きな人にこんなに良くしてもらえるのだ、ネロはとても幸せ者だと思う。
これ以上の幸せはあるだろうか。これ以上何を望むというのだ、もう十分だろう。
気持ちを伝えられなくとも、ネロではない誰かと一緒になる姿を見たとしても。
その目で心配され、看病され、助けに来てもらえた。
それだけで十分、最高のプレゼントだ。
だから今度は好きな人の幸せを願えるようになろう。
それもまた、好きの形だと思うから。
「そ、そういえば、アルジェントさん。昨日婚約者の方にお会いまして…う、上手くご挨拶ができなくて…それで…」
好きな人の幸せを願おう。
好きな人の婚約者に何故か嫌われていたけれど、ネロのせいでアルジェントの幸せに傷がついたらそれは困る。だから正直に謝って、どうにかアルジェントの幸せの邪魔をしないように……
「…いないが」
「…え?」
「婚約者など、俺にはいないぞ」
ーーーえ??
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