ビビりな兎はクールな狼の溺愛に気づかない

柊 うたさ

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第一章:いざ、王都!

22. ウサギは大切な物のために必死になる

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 ふっ、と意識が戻る感覚がしていつの間にか寝ていたことを知る。
 ゆっくり目蓋を開けると薄暗い部屋の天井が見える。

 ボーッとした意識の中でゆっくりと視線を動かすと見覚えのある窓枠とカーテンが見え、ネロはここがアルジェントの家のネロの部屋だということを理解する。

(あのまま、寝ちゃったのかな…)

 ネロはアルジェントにお姫様抱っこをされた記憶までは残っていた。
 その後アルジェントが家まで連れて帰り、ベッドに寝かせてくれたのだろう。
 先ほどまで着ていた服ではないことから、おそらくティグレが着替えさせてくれたらしい。アルジェントでは…ないはず。
 

 段々とはっきりする意識と共にズキズキと頭が痛むのを感じる。加えて寒いはずなのに顔や首辺りが熱い。どうやら熱があるようだ。ずぶ濡れで数時間外にいたのだ風邪を引くのも当然かもしれない。

 少し喉に渇きと違和感を感じ起き上がろうとするも途端に咳が出てしまい、ちゃんとした風邪であることを実感する。

「ケホケホッ…」

 咳き込んでいるとその音が聞こえたのだろう、ネロの部屋の扉が静かに開く。

「…ネロ大丈夫か?」
「…ッケホ、すみません…」

 扉の隙間から心配そうなアルジェントが顔を覗かせ、それを見て急いで起き上がろうとしたネロであったが部屋に入ってきたアルジェントに止められる。

「ネロ、無理して起きなくていい。…熱があるな、少し待っていろ。」

 ネロの額に手を当てたアルジェントがそのまま部屋を後にする。ネロはアルジェントが出て行った後その扉をボーッと見つめ、今何時なのだろうと考える。

 まだ外が薄暗いということは夜か明け方だろうか。
 どのくらい寝ていたのだろう、日付は変わっただろうか。
 
 仕事しないで寝てしまった、どうしよう。
 ………そういえばっ、


「バレッタは…!?」

 手元にバレッタがないことに気づいたネロは勢いよく飛び起きベッドの周りを慌てて探す。
 
 枕元にも、側のチェストにもない。薄い暗い部屋の中、手探りでバレッタを探す。
 体が怠く咳が出て苦しいのも今は気にしていられない。

 バレッタだけでも手元に欲しい。
 せっかく、せっかく見つけたのに。

 熱で思考が鈍っているネロはバレッタがないことで通常の判断が出来ずパニックのようになり、上手く息ができずに涙が出る。それでも無我夢中でバレッタを探し続ける。

 ちょうどその時部屋に戻って来たアルジェントが、パニックになったネロに駆け寄り落ち着かせるように背中を摩る。

「ネロ…?安静にしてないとダメだろ。…どうしたんだ?」

 優しいアルジェントの声と背中を摩る温かい手にネロは少しずつ落ち着きを取り戻す。

「バ、バレッタ…なくて、」
「あぁ、バレッタか」

 そう言うアルジェントはズボンのポケットに手を入れそこから琥珀色のバレッタを取り出し、先ほどネロが見つけた時よりも綺麗に輝いたバレッタをネロの掌にそっと置く。
 
「少し汚れていたから預かってたんだ」
「よ、よかった…」

 無事に手元に戻って来た琥珀色のバレッタを両手で包み込み、ネロはとても安心する。
 
「これを探してあそこにいたのか…?雨に濡れて、怪我もして…」
「す、すみません…!」

 途端に自分がしていたことを思い出し焦り出す。
 仕事もせず、バレッタを探していたなど…。言い訳もできない。

「あぁ、怒っているわけじゃない。…大切にしてもらえてるのは嬉しいけど。そこまでしなくとも、また同じようなのを買って来るのに…」
「…っいやです!」

 ネロは咄嗟に大きい声が出る。

 このバレッタがなくとも替わりがあるような、その言い方が嫌だ。
 バレッタをくれたアルジェントであっても、そんなことを言われたくなかった。

 なんで替わりがあるようなことを言うの。
 なんで、これはネロが大切にしている物なのに。
 アルジェントに初めて貰ったプレゼントなのに。
 なんで、なんで…

「いやっ…、このバレッタは私のです…!」
「どうしたネロ、落ち着いて、」
「いや!これだけは、これだけは私のっ…!」

 イヤイヤと首を振り、駄々を捏ねるように泣くネロにアルジェントは吃驚する。
 普段これといって自分の意見を主張しないネロが、バレッタだけは手放したくないと泣いている。

「ネロ…?バレッタは取らないから落ち着こうな?熱が上がって辛くなってしまうから、」

 未だグズグズと泣くネロを優しく抱きしめ悟すように背中を軽く叩きながら言い聞かせる。ネロの体はかなり熱くなっており、先ほどよりも熱が上がってしまったのだろう。

「ネロ、一旦水を飲んで横になろう?食事は食べれそうなら後で持ってくるから」
「…ぐすっ…、はい…。」

 ネロの頭を撫で、目元を傷つけないよう優しく目元の涙を掬う。
 更に優しくとん、とん、と背中を叩き、ただネロの息が整うのを待つ。
 怒っていない、バレッタを取ろうとしているわけではないことを伝えるように優しく叩く。

 やっと落ち着いたネロをベッドに寝かせ、額に濡らしたタオルを置く。
 熱で先ほどよりボーッとしているネロは段々と意識が遠のくのを感じる。

「足は簡単に手当したけど、日が昇ったら医者を呼ぶからその時見てもらおう」
「…はい、ありがとう、ございます」
「あぁ、今はゆっくり寝なさい」



 アルジェントに頭を撫でられているのを感じながらネロの意識は再びふっと落ちて行く。



 それを見届けたアルジェントはネロの赤くなった目元を辛そうに見つめる。




「…ネロを傷つける奴は誰であっても許さない」

 普段ネロの前では見せない冷酷な表情。その目に宿る激情。




 そして闇夜に佇むそのオオカミはただひたすら獲物を噛み殺すことだけを考える。


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