副会長はオトコノコ!?――エツィビール女学院の秘戯――

ルボミール高山

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前日の

柔らかなベッドの上で

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 ――なんてことだ。
 墓穴を掘るとはまさにこのことか。僕の咄嗟の言い逃れはむしろ、強固な糸となって僕の体にぐるぐると絡まって、僕をシモーヌのクイーンサイズのベッドの壁際へと縛り付けた。隣にシモーヌが――寝ている。同じ布団にくるまれて、同じ天井を見て。熱っぽい吐息が、隣から聞こえてくる。体は触れ合っていないのに、彼女の体温が直に伝わってくる。シモーヌと僕が同衾したと家族に知られれば、僕は確実に勘当されるだろう。ああ神様、どうかこのことが表になりませぬように――僕はシモーヌに背を向け、壁に向かって手を合わせて柄にもなく祈りを捧げていた。
 沈黙の時間が続く。同じ部屋で寝るのだから、なんなら林間学校の大部屋でみんなで寝たときのように、ぺちゃくちゃと楽しいおしゃべりが始まるのかと思いきや、ベッドに入るや否や、シモーヌはきっぱりと押し黙ってしまった。こうなってしまうと、こっちも困ってしまう。なんだか妙にドキドキしてしまって、落ち着かない。すると彼女がか細い声で、ぽつりとつぶやいた。
「ねえミーシェ……起きてる?」
「起きてるよ」
 向こう側に横たわるシモーヌはもぞもぞと動いた。寝返りでも打っているのだろうかと思っていたら、突然彼女は僕の背中に自分の体をぴったりとくっつけ、僕のことを背後から抱きしめた。
「シモーヌ!?」
 逃げ出そうにも、目の前は白い壁。更には僕の胸の前でしっかりと彼女は腕を交差したので、僕は身動きを取ることができなくなった。僕は彼女に捕捉された。彼女の甘い香りが僕の鼻先をかすめる。一糸しか纏わない彼女の瑞々しい肉体の熱が、背中に、腰に、太ももに、ふくらはぎに触れる。肩甲骨辺りに押し付けられた大きく柔らかな乳房の奥から、トクトクと彼女の生命音が僕の中へと流れてきている。ハナの口の中に精子を搾り取られた僕のペニスは、まだ足りないと言わんばかりに、ムクムクとその力を取り戻しつつあった。
「ミーシェ……」
 不安と色気が混じり合った声が僕の後ろから聞こえてくる。始めて耳にする声に、僕の心臓は良くない意味で高鳴る。彼女の意図が分からない。彼女は僕を試しているのか?どうしてそんなにも僕にこだわるんだ?もしかして、さっきのハナとのやり取りに感づかれたのではないか?それで、彼女は――不安とうぬぼれた妄想が頭の中で飛び交い、思考がめちゃくちゃになってきた。
「私、不安なの。明日、男の人と会わなきゃいけないのが、怖くて堪らないの」
 ……なるほどそういうことか、彼女が僕と一緒に寝ることをあんなにもせがんだのは。理由がはっきりしたことで、僕は落ち着きを取り戻した。一人で勝手に盛り上がっていたことが恥ずかしい。彼女と顔を合わせていなくてよかったな、絶対に動揺が顔に出てしまっていただろう。
「大丈夫よ、シモーヌ。だってアカデミーの生徒会よ?家柄も人柄も立派な方たちに決まってるじゃない」
 ずっと平静を保っていたかのような声色で彼女を慰める。人柄に関して根拠は無いが、家柄に関してはクラリエの調査で確認済みだ。
「家柄が良いからといって、人柄も優れているとは限りませんわ。むしろ家柄が良い人に限って中身が破綻してるんじゃないかしら」
「そうなの?私がこれまで会った伯爵様や侯爵様たちは、みんな立派なジェントルマンだったけど」
「私がこれまで会った方々はそうではなかったわ」シモーヌは不安を共有するかのように、僕の背中にぐりぐりと頬をこすりつけた。「そういう人たちっていつもそう、私の顔をじろじろと見て、お花を愛でるみたいに私を褒めたたえた後、『うちの息子は……』って、自慢ばかりしてくるの。お父様の面目もあるから、会ったこともない人の自慢話をニコニコしながら聞いてあげるけれど、誰も彼もド・リンドー家の地位と財産にしか目が無いのがみえみえ。私のことなんて、それを手にするための鍵としか見ていないのよ。ほんと男の人なんて私、大嫌い」
 シモーヌはそう言い切ると、僕の体をさらに強く抱きしめた。僕は何の言葉も返すことが出来なかった。僕だって、シモーヌの後ろにある地位と財産を目当てにする、彼女が「大嫌い」という男の一人であるからだ。その証拠?彼女がこれまで会った男はろくでもなかったと言ったとき、うちのお兄様は良い人だとアピールしようかと頭によぎったという事実でもう十分に罪だろう。
「ああ、世界中がこの学院みたいに女の子だけだったら良いのに。そしたら結婚とか財産とか、そういう面倒なこととは無縁でいられるでしょう?毎日お庭でお茶を飲んで、みんなとおしゃべりして、たまにお出かけして――」
「でもそれじゃあ……退屈よ」
「退屈?」
 これは自己弁護だろうか、それとも、自嘲だろうか。
「そう、平和すぎるのも問題よ。世界が女の子ばっかりじゃ、きっと新聞が真っ白になっちゃうわ。良い男の人も、悪い男の人も、もちろん良い女の人も悪い女の人もいて、何か事件が起こる。そうじゃないと、面白くないじゃない」
「ふふっ」彼女は笑ってくれた。「面白い……ね。私、男の人をそんな風に考えたことは一度もないわ。だって酷い人ばっかりなんだもの」
「シモーヌのことをそういう風にしか見ない男なんて、つまらない奴と笑ってやれば良いのよ。だって女の子は結婚のための道具なんかじゃないのだから。いつかは必ず、シモーヌのことを真正面から見つめてくれる紳士様が現れるはずよ」
 どの口が、と言われそうだが、これはシモーヌの友人、ミーシェ・ラムズフィールドとしての心からの励ましである。これくらいの贖罪――というか、慰めくらいは、全てを棚に上げて言う権利くらいはあってもいいだろう?
「うふふ、ミーシェってほんと素敵。将来、あなたの伴侶になれる旦那様は本当に幸せ者だわ」彼女はまたギュッと、僕の体を締め付けた。「私、貴女のことが大好き。こうしていつも、私のお話を聞いてくれるもの」
「ありがとう。私もシモーヌのこと、大好きよ」
 彼女の健気な思いに、僕の胸は細い鉄線で縛り付けられるかのようにきりきりと痛む。僕は男の子だから、彼女の本当の親友では居られない。だからせめて、シモーヌが本当の幸せを手にするまでは――それが最終的に彼女のことを裏切ることになろうとも――僕は彼女の前では完全な女の子でいたいと思った。それしか多分、彼女に対する罪滅ぼしを果たすことが出来ないだろうから。
「ねえミーシェ」
「なに?」
「ちょっと顔をみせて?」
「え?」
 今は出来る限り彼女の気持ちに応えようと、僕はクルリと寝返りを打った。すると、薄闇の中で銀色に輝く彼女の顔が、僕にどんどん近づいてきた。
 ――ちゅっ
 音にならない柔らかい接触が、僕の唇の表面で起こった。何が起こったのか理解できない僕は、目の前から離れていくシモーヌの火照った顔を見つめていた。
「……向こうむいてくださる?」
「……えっ!?うん」
 僕はもう一度壁に向き直り、目を閉じた。するとシモーヌはまた、僕の体を後ろから抱きしめた。
「おやすみなさい、ミーシェ」
「うん、おやすみ、シモーヌ……」
 それを最後に、彼女はしゃべらなくなった。じきに、スースーと、かわいらしい寝息が聞こえてきた。あんなに虫に怯え、明日を恐れていた彼女は、僕の苦悶など知らずに、眠ってしまった。状況を考えれば眠れるはずが無いのだけれどと、心からの安らぎを与える聖母のぬくもりにくるまれていると、そんなことはどうでも良くなって、彼女に続いて僕の意識も暗い方へと落ちていく――
  
 まばゆい天の光が、閉じた瞼を突き抜けて覚醒を促す。シーツに顔をこすりつけると、フカフカとした心地よい弾力が頬を押し返す。ずっとこのまま沈み込んでいたくなるくらいこの上なく快適なのに、何かいつもと違う違和感。甘い芳香と人肌の温もり、それと汗のべたつきに促されて、僕は目を覚ました。目の前には見慣れた白い漆喰の壁。でも自分の部屋ではない。柔らかなベッドと背中から伝わってくる温もりで、自分がどこに居るのかを思い出した。
 ――シモーヌのベッドだ。
 僕はシモーヌという子安貝に包まれて、この世に生まれ直したかのような幸せな朝を迎えた。僕のみぞおちの辺りで彼女の腕は未だ結ばれていて、僕は起き上がることが出来ない。今、何時だろうか?まだ他の生徒は起きていない時間だろうか?トイレに行きたいな――僕は彼女の抱擁から逃れようと、そっと体をくねらせる。もぞもぞと、布団が擦れる音が鳴る。すると背後から、んっ……と小さな可愛らしい声が聞こえた。どうやらシモーヌを起こしてしまったらしい。僕はどうしていいか分からず、とりあえずそのままの姿勢で、シモーヌの反応を待っていた。
「……ミーシェ?ああ、みーしぇ……」
 寝ぼけた声で彼女は僕の名前を呼ぶ。
「おはよう、シモーヌ」
「うん、おはょ……」
 彼女は二度寝をしてしまいそうな雰囲気だ。そして僕を解放してくれそうな気配はない。
「シモーヌ、ちょっと腕を緩めてもらっていいかしら?ベッドから出たいのだけど」
 僕は体をちょっとよじらせて、彼女に腕を緩めるよう促す。しかしこのちょっとした動きが、悲劇を生むこととなる。
「だめぇ、まだ出ちゃだ、め……」
 僕を解放するどころか、シモーヌはさらにギュッと僕のことを引き寄せた。僕の体がクルリと回転し、真正面から僕は彼女の体に飛び込んだ。そして彼女は寝返りを打ち、僕は彼女に押しつぶされた。
「えっちょ、シモ……」
 彼女の豊かな胸の中へと僕の頭が押し込まれる。純粋で清らかな天国の香りが、僕の鼻孔を、肺を、脳内を満たしていく。息苦しいはずなのに全く苦しくない、永遠にこのままで居たいような感覚。
「みーしぇ、しゅき、ですわぁ……んぅ?」
 彼女の疑問を呈する声に僕も理性を取り戻す。つまり、この夢見ごこちは頭の中での感覚でしかなくて、僕の下半身は――これが朝特有の生理現象なのか、性的な反応なのかは定かではない――シモーヌの子を宿す場所をお腹の上から狙いすましたかのように突き刺していた。
「!!??」
 咄嗟に身体を翻そうとしたが、シモーヌの身に圧されて僕は身動きが取れない。僕の下半身の方はといえば、冷や水を浴びた脳の命令を一切聞かずに、獰猛な獣としての勢いを保ったまま、天使への侮辱行為を続けていた。
「ミーシェ?ふふっ、どうして私のお腹を触るの?」
「いや、ちが……ひゃっ!?」
 シモーヌの柔らかな手が、腕とごまかすにはあまりに細く、指というにはあまりに太い不浄の棒を握った。生命を宿したそのはピクピクと動いて彼女の腹をまさぐる。
「なんですの、くすぐったいですわ……」
「だ、ダメっ。ダメよシモーヌ!」
「何がだめですの?」
 彼女の手から逃れようと、僕はなんとか体を返した。それは柔らかな羽毛布団もろとも巻き込んで、僕らを覆っていたベールを剝がした。僕は起き上がり、彼女の体から離れようとしたけれど、彼女は天を目指して伸長する第三の手を握ったままだった
「ミーシェ……え?」
 シュミーズに包まれた堅い棒をにぎにぎと動かしながら、彼女は呆然としてそれを凝視している。ザラリとした感触が気持ちよく、たまらず僕はあっ、と声を上げてしまう。
「や、やめ、て、シモーヌ……」
 事態をまだ把握できていない彼女は、無意識だろうが、僕の股間をにぎにぎと弄り、愛撫を続けていた。そんな不器用な動きがたまらなく――最悪だ、お兄様の花嫁候補で、この世の誰よりも清らかだったシモーヌを、あろうことかこの僕が穢してしまうなんて……。
「えっとこれは、えっと?」
 すべてが終わった、と僕は理解した。こんなの言い逃れの余地がない。これから僕はこの学校を追い出され、かといって家に戻ることもできず、行き先も知れず彷徨って……もしかすると運よくどこかのお屋敷で奉公させてもらえるかもしれないが、それ以上の生活は望めず、つまり貧しい平民人生を送ることになるのだ。さようなら僕の明るい未来。さようならリーゼ。さようなら――そう思うと途端に、涙が流れてきた。
「ミ、ミーシェ?どうして泣いているの?」
 一番混乱し、失望しているのは彼女のはずなのに、この期に及んで僕のことを憐れんでくれるその慈悲深さに、余計に涙が出てきた。
「ごめん、シモーヌ!!」
「きゃっ!?」
 僕はシモーヌと突き飛ばし、彼女の部屋から飛び出した。今が何時なのかはわからない。でも、幸運なことに、廊下にはまだ一人も生徒は出てきていなかった。空っぽの廊下を僕は駆けていく。一度微かな希望を持って振り返ってみたが、そこにはシモーヌの姿はなかった。
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