副会長はオトコノコ!?――エツィビール女学院の秘戯――

ルボミール高山

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生徒会書記

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 交流会とは、四年制のエツィビール女学院において、第三学年の生徒が四月に参加する模擬社交パーティのことである。卒業後、社交の場へ羽ばたいていく十代後半の少女たちが、三年間学んできたことを実践し、どれだけうまく振る舞えるかを体験する場というわけだ。あくまで模擬なので、伯爵様だとか、サロンのマダムだとか、本物の紳士淑女がその場にいるわけではない。とはいえ僕らのお相手を務めるのは、爵位持ちの貴族のご子息が多く通うシュティーフェン・アカデミーの紳士「候補生」たちである。歳の近いもの同士、そしてこれから社交会に出る者同士、互いに顔合わせをして品格を磨きましょう――とういのがパーティの名目ではあるが、実際は未来のお相手に目星をつける「いかがわしい」出会いの場として機能しており、両校の生徒のみならず親までも巻き込んで、皆が何らかの成果を得ようと躍起になる一大イベントである。そんな大事なイベントの計画運営の女学院側の窓口となるのが、僕らエツィビール女学院生徒会である。
 ただまあ、計画運営といっても、僕らの方で決定することはほとんどない。大体はアカデミーの生徒会が立案した計画を承認するくらいである。メニュー、音楽、装飾、財務管理など、パーティの段取りのほとんどは向こう側が決めることになっていて(これも紳士としての重要な業務というわけだ)、こちらから意見することといえば、「こういうお菓子が食べたい」とか、「控室にはあのお茶を用意して欲しい」とか、そういう細かい要求に限られていた。
 正直な話、パーティの料理がどうだとか、余興がどうだとかなんて僕にとってはさして重要ではなくて、僕は天上の神々の寵愛を受けたシモーヌのしたいがままに、サポートに徹するだけである。問題はそう、彼女によってたかるであろうアカデミーの「血統の良い」犬どもである。そして僕の目下の心配は、打ち合わせのために「群れ」のトップたる生徒会の代表者たちがこの男子禁制の花園に乗り込んでくることにあった。アカデミーの代表なのだから素行面の不安は無いだろうって?甘い。洗練された優等生ほどたちの悪いものはないのだ。なぜなら彼らは、身分も素養も申し分のない、シモーヌに正面からアタックをかける権利を有したエリートなんだぞ。そんな奴らのシモーヌへの正式なアプローチを止めるだけの力は、一介の生徒会の同僚かつ友人の僕には無い。ああ、シモーヌの身が心配でたまらない。それゆえ僕は、一つの探りを入れてみることにしたのだ。
 合同会議を翌日に控えたこの日、僕は神話学の講義が終わると、呼び止める周囲への挨拶もそこそこにすぐに生徒会室へと足を向けた。とある任務を依頼した彼女に会うためである。シモーヌはこの後刺繍の授業を受けるため、向こう一時間は生徒会室には来ない。カロリーナとアデーレのスケジュールは把握していないが、生徒会室の集合時間を遅めに設定しているので、友人の多い彼女たちのことだ、もし授業が無くてもわざわざ早めに生徒会に来るということは無いだろう。レディを待たせるわけにはいかないと急いだつもりではあったが、生徒会室のドアを開けた先では、既に彼女は指定の書記机に座り、群青の布張りの本を読んでいた。
「クラリエ、ごきげんよう。お待たせしてしまったかしら?」
「こんにちは、先輩……大丈夫です」
 クラリエは濃い色の前髪をなびかせ、その隙間からつぶらな瞳をのぞかせた。彼女はパタンと本を閉じると、立ち上がろうとしたので、僕が慌てて制止した。
「お茶は私が淹れるわ。クラリエはそこに座っていて」
 クラリエは一学年下の生徒会書記だ。カロリーナとアデーレがいつもやかましいほどに口数が多いのとは対照的に、彼女はいつもひっそりと机に向かってペンを走らせている。その勤勉さは学業にも表れているようで、複数言語に通じている他、ラテン語の読み書きもできてしまうというのだから、そんじょそこらのギムナジウム出の男なんかよりもはるかに教養があるといってもいいだろう。
 僕は花柄模様のティーポットからお茶を注ぎ、彼女の机にカップを差し出した。
「ありがとうございます……先輩」
「いいの。私が好きでやっているだけだから」
 僕はポットを置いたティーテーブルそばのソファーに座り、紅茶に一口つけて、クラリエの方を向いた。
「それで、お手紙が帰って来たんですって?」
「はい……ちょうど今朝届きました」
「良かったわ、なんとか間に合って。もう明日ですものね」
 僕が彼女に依頼したこと――それは、シュティーフェン・アカデミー生徒会メンバーの偵察だ。もちろん偵察といっても、彼女にアカデミーに忍び込んでもらって情報収集をさせるということではない。たまたま彼女の兄がアカデミーの生徒だというから、彼を通じて、今回女学院にやって来る面々の素性を聞きだしてもらったというわけだ。やはり身を救うのは交友関係、良き後輩に恵まれて良かった。
「早速見せてもらってもいいかしら?」
「どうぞ……」
 彼女が手渡してくれた便箋から取り出した手紙には、流麗な筆跡で、妹への手短な挨拶のあと、僕の知りたかった情報が書かれていた。
  
 今回クラリエの学院に派遣されるのは以下三名である。彼らの生まれと特徴を、簡潔ではあるが記しておく。
 生徒会長カミル・ヴェヒニッツ――由緒正しき侯爵家の次男で、学業、運動ともに優秀。規律よりも自主性を重んじる性格で、下級生からの信頼も厚い。ブロンド、背丈は一般的、容姿端麗。おそらく自分から女性に対して積極的に動くタイプではないが、誰に対しても紳士的なので、普通に振る舞っているだけで女性の人気を集めると思われる。
 副会長フェルナンド・ヴァロ――身長6フィート超の黒髪の大男。都会育ちの享楽的な性格で、休日には町でよく遊んでいるらしく、時折良くない噂話が立つが、真偽は定かではない。カードに強い。商工大臣の一人息子ということで、既に様々な社交の場へと父親に連れまわされており、顔が広い。容姿はヴェヒニッツには劣るものの決して悪くはなく、頭一つ抜けた背丈と社交的な性格が相まって、とにかく目立つ男。
 同じく副会長コンスタンティン・ドラゴラプチン――辺境領主の長男。濃いブリュネットの髪。裕福な地主の生まれではあるが、田舎への偏見に対する反骨精神が強く、勤勉で、上昇志向が強い男。真面目な性格で規律に厳しい。背丈はカミルと同等。声がとても低く、鋭い目つきをしているため、女性にはやや怖がられるかもしれない。
  
 なるほど、シュティーフェン・アカデミーの生徒会になるだけあって、素の僕じゃ全く太刀打ちできないくらいに、三人とも申し分のない経歴の持ち主だ。あとは、シモーヌがどう思うか。彼女の性格的に、ドラゴラプチンのような堅すぎる男に惹かれることはないだろうから、警戒すべきはヴェヒニッツとヴァロだろう。もしかすると家柄的に、ヴァロとシモーヌは顔見知りかもしれないな。彼女の家は代々高級文官の一家で、父親が内務大臣を務めていることから考えるに、少なくとも二人の父親同士は何らかの繋がりがあるはずだ。そうなると少し厄介だ。ヴァロの積極的な性格に押されて、人を拒むことを知らないシモーヌは彼になびいてしまう可能性がある。そもそも結婚相手として申し分のない間柄なわけだし、親からしても万々歳――いや、そういう面を考慮すると、最も危険なのは会長のヴェヒニッツの方か。この上ない生まれ、恵まれた容姿、さらに紳士的な性格。そんな男に惹かれない女がいるのならば見てみたいものだ。にじみ出る内面の魅力で人を惹きつけてしまうというのはシモーヌと同じで、そういう同じもの同士のヴェヒニッツに、シモーヌが惹かれてしまうということも往々にして――
「どう……ですか?参考に、なりましたか?」
「ええ、ありがとうクラリエ。とっても参考になったわ」
 生真面目に眉をひそめていた僕を見て不安になったのかもしれない、やや上目遣いで僕の顔色を窺った彼女に僕は柔和な笑みを送った。それで彼女もほっとしたのか、卓上の紅茶にようやく口をつけて、ほっと息をついた。
「あの、先輩は……どうしてそんなにアカデミーの生徒会を気にするのですか……?」
「それはクラリエ、あれよ」僕は口角を上げながら眉をひそめて、一瞬何かを考えるふりをした。「友人として彼女が心配だから……といえば聞こえがいいけれど、まあ、有り体に言ってしまえば老婆心ね。ほら、シモーヌは男慣れしてないでしょ?兄弟もいないわけだし」
「それはそうでしょうけど……わざわざ先輩がそこまでしてあげなくてもいいのではないような……?」
「あらっ、ごめんなさい!もしかしてクラリエはお兄さんとやり取りするのって、あまりいい気持じゃなかったのかしら?」
「そ、そういう訳じゃないんです……!」クラリエは細い声を張り上げて強く否定した。「そうではなくて、つまり……シモーヌさんは私たちの立派な会長で、相手方もアカデミーの生徒会ということは立派なお人でしょうから……そこまで先輩が心配する必要があるのかなって、ちょっと気になっただけで……」
 内気な性格とは裏腹に、聡明なクラリエは御託を並べたところで、筋の通らない話に「はいそうですか」と丸め込まれてくれるような女史ではない。とはいえ、まさか「ハナと自分の兄を結婚させるための偵察だ」なんて正直に告白するわけにはいかないし。人をくまなく観察し、その人物がどのような行動を取りそうか、あるいは取らなそうかを見通すだけの知性と直感を備えているので、もし彼女が男児に生まれていたら、法律家や判事にうってつけの人材だったろう。ただ今は、僕がシモーヌを過度に心配するだけの理由が分からないと疑問を持たれてしまったわけで、これは甚だ具合が悪い。
「そうね、本当は……」僕は言葉を口の中で転がす。「シモーヌに妬いているだけなのかもしれないわね」
「先輩がシモーヌさんに嫉妬……?どうしてですか……?」
「つまりね、シモーヌ程の貴い血筋を持って、なおかつ器量もいいレディに見合う殿方っていうのはどんなものなのか知っておきたいのよ」
「え、ええっと……?」
 ちょっと苦しかっただろうか。どうやらクラリエは混乱してしまっているらしい。でもここはどうしてもつなげなければならないので、僕は弁を続ける。
「今回うちに来るアカデミーの生徒会は、家柄もその人の内面も、シモーヌに負けず劣らずな方々であることは間違いないでしょう?もしかすると、その中にシモーヌの未来の旦那様がいるかもしれない。もちろん念には念を入れて、友人として、それと副会長として、警戒しておく人物がいないか知っておきたいというのは本当よ。でも一方で、相手と比べて自分はどうなのか、釣り合うような人間なのかっていうのも気になるじゃない?つまりね、人と会うには入念な準備が必要だってことよ」
「先輩ったら心配性ですね」彼女は朗らかに笑う。「そんなことしなくても先輩は大丈夫だと、私は思いますよ」
「ありがとう、クラリエ」
 結構苦しい言い訳なような気がしたが、どうやらクラリエは納得してくれたらしい。僕は感謝のしるしとして、彼女の髪をかき分けておでこにキスをした。唇を離すと、彼女はぎょっと目を見開いて固まっていた。
「クラリエ?」
 彼女は目を泳がせながら、お湯にでも浸かったかのように、みるみると顔を赤くしていった。
「……せせせ先輩ぃ!?」
「あら、嫌だった!?ごめんなさい、こういうの、普通だと思っていたのだけれど」
「嫌とかじゃなくて……なんというかその、は、初めてで……」
 クラリエは消え入るような声で抗弁しながら顔を背けていた。これくらいのキスならそこら中の女の子たちがやっているから普通のことだと思っていたけれど、どうやら彼女はあまりこういうスキンシップは好まないようだ。
「ごめんなさいね、そんなに驚かれてしまうとは思わなかったわ」
 お詫びのしるしに、僕は彼女を軽くハグした。
「あ……ぁぅぅ……」
「どうしたのクラリエ」
 彼女が妙な声を漏らしたので、どうしたものかと様子を見てみると、彼女は更に顔を真っ赤にして、口を微かにパクパクと動かしていた。
「く、クラリエ!?大丈夫?」
「だだ、だ、ダイジョブです……大丈夫です先輩。び、びっくりしちゃっただけで……そんな、ご、ごめんなさい」
「いいえ、謝らなきゃいけないのは私の方よ。クラリエがこういうことが苦手だとは思っていなかったから、つい……」
「違うんです……本当に違うんです……」
「でも……」
 少し様子のおかしい彼女の頬に手を触れようとした途端、彼女はびくりと椅子を引いて退き、僕から逃れた。一瞬合わさった彼女の目に涙がうっすらと浮かんでいたことに気が付いた瞬間、僕は自分の行いがいかにぶしつけさであったかを自覚した。
「ご、ごめんなさい……私、ちょっといったん出てきますね……!」
「クラリエ!待って!」
 僕の制止も虚しく、彼女は生徒会室から逃げるように出て行った。シモーヌがこういうスキンシップが好きで、クラリエに対してもそういうことをしていたから、てっきり僕もそうしていいと思っていたので、こういう拒否反応をされるなんて思ってもみなかった。僕の面倒な依頼は引き受けてくれるけれど、シモーヌのようなスキンシップは許さないだけの心の距離が、僕とクラリエとの間にはあるらしい。彼女のことは後輩として気にかけていたし、向こうも僕のことを信頼してくれていると思っていたから、正直、僕の心にグサリときた。いや、ショックだったのは彼女の方もなんだろうけど……。
(戻ってきたら、ちゃんと謝らないとな……)
 一人部屋に取り残された僕はソファーに座り、ちょっと冷めたお茶を飲みながら、クラリエへの謝罪の言葉を考えていた。
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