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Hauptteil Akt 15
hundertzweiundvierzig
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リーウェンに余裕が見えたのは一瞬だった。
篤臣が飛びかかったのは側近ではなく自分だったのだから。
グリュンダーに陥ったものは、理性ではなく本能で敵を認識する。つまりリーウェンに対して発現したのだから代わりに側近と戦えと言っても篤臣には通用しない。
左腕はウルを締め上げている。右手は新を掴んでいる。両手が塞がっていては防御出来ない。しかも先程新と揉めてローブが外れたままだった。あれば単なるローブではないのだ。顔を隠す役割もそうだが、銃弾すら跳ね返す防弾性を兼ね備えている。それがない今、リーウェンは完全な丸腰だった。
咄嗟にウルを篤臣目掛けて放り投げる。新は渡さない。絶対にだ。これは自分のものだ。あのガキはいなくても構わない。新さえいれば。
放り投げられたウルを見て、篤臣はぴたりと動きを止め飛びついた。抱え込み、着地する。咳き込んで言葉もないウルは抱き留めた篤臣を見ると泣き出した。
わんわん声を上げて泣くウルの耳が変わって行く。幅広の垂れ耳。服の間から覗く丸くて短い尻尾。それを見てリーウェンの目の色が変わった。
『まさか……。』
『兎、のようですね。』
『生き残れない種……兎……。男の……。」
長年探していた最弱種。兎が目の前にいる。
『欲しい!欲しい!あれはワレのものだ!』
掴んでいた新を離すと側近に詰め寄る。
『あれこそが最弱種!ワレが求めていたものだ!奪え!早く奪え!』
『リーウェン様……。』
『何をしている!早く奪え!』
『アラタはもう良いのですか?』
『馬なぞ何処にでもいるだろう!だが兎はいない!滅多に見つからないんだ!何をしている!早くあの男から奪え!』
側近に掴みかかるリーウェン。苦笑した側近は新に向かって片手を上下にひらひらとさせた。
まるで早く逃げろと言うように。
はっと我に返った新が駆け出すといち早く気付いた狗狼も駆け寄り手を掴んだ。そのまま引き寄せ背に庇う。リーウェンは気付かない。
『リーウェン様。しかもあの子供、ミックスです。』
『……なに?』
『容姿はフェイ。性質はグラス。ミックスの兎です。』
『本当か?間違いないのか?』
『恐らく間違いありません。』
『希少種ではないか!絶対に捕まえろ!奪え!』
『……。』
『何をしている!早く……。』
どっと何かを押し出すような音がした。リーウェンの声が止まる。
『……は。』
『奪え、ですか。』
『おま、え。』
『捕まえろ、ですか。』
『なに、して。』
ゴボリ、とリーウェンの口から赤黒い血が噴き出る。ダラダラと流れ、首から胸、腹にかけて垂れていく。身体の中心を貫く側近の腕も真っ赤に染まっていった。
『お前はそうやって、私の妻を奪い売った。』
『ゲェッ。』
『ミックスは"途方もない高値がつく"。確かそう言っていたな。私や娘から妻を奪い、売ったのはそれが理由か。』
『ハッ……ハッ……。』
『残された私と娘は二人きり、隠れて生きていた。ミックスの子はなんと言うのか。聞いた私にお前は言ったな?"生存率が著しく低いから、すぐ死ぬ。育たないなら呼びようもない"と。』
『なに、を……。』
『その娘すら、お前は奪った。』
『……。』
『妻同様拐った。しかしオークションにかけられる前に男たちに散々嬲られて死んだ。』
『ウゲッ。』
『お前をこうして殺すために、ずっと側にいた。最後にお前が気付かなかったことを教えてやろう。お前は一度だって本当の意味で欲しかったものを手に入れたことはない。お前のものだった人は一人もいない。お前は誰も奪えなかった。お前は死ぬ時までずっと、いや死んでもずっと永遠に一人きりだ。』
ずるっと腕を引き抜く。支えを失ったリーウェンが両膝をつき倒れ込んだ。まだか細いながらも息があるリーウェンの上に屈み込むと、襟元に手を入れネックレスを引きちぎる。それをフィンレーに向かい、放り投げた。
ゆっくりと立ち上がると、ウルを見つめる。
「妻は熊と栗鼠のミックスでね。よく君のように、部屋の隅で小さくなっていた。見た目は人目を惹く容姿なのに、大人しくて臆病で。だから君を見ていてすぐに気付いたよ。ああ、この子もタイプを偽って隠れて生きてきたんだろうと。」
男が再びリーウェンへと視線を移した。既に事切れたようでピクリとも動かない様を見つめ、とつとつと話す。
「この男に絶望感を味合わせながら殺したかった。その為に君の秘密を詳らかにした。申し訳ない。」
急に謝られてウルは固まった。確かに秘密だし、人に知られては困る。でもこの場で知られたのはフィンレーとジュードの二人だけだった。この人たちなら大丈夫だろうとウルは、ふるふると首を振った。
「あの、助けに来てくれた大切な人たちなので。だいじょぶです。」
「そうか。助けになる人たちがいるんだな。」
ほっとしたように頬を緩めた男を見て、言葉に詰まる。この人の家族には、いなかったのだろうか。
「復讐する為に、側近まで上り詰めた私は散々手を汚してきた。たくさんの被害者を生み出す片棒も担いで来た。私の罪は消えないし出来るものなら償いたい。そう思ってる。その前に、けじめをつけたかった。どうしてもこの手でシュウ・リーウェンを殺したかった。」
血塗れの腕をしげしげと見つめた後、フィンレーに問いかける。
「あなたはツェアシュテールのトップで間違いないだろうか。」
「ああ。」
「では、拘束を。それから今まで拐ってきた人たちのリストを提出する。売買リストだ。顧客の情報も載っている。」
「確認しよう。」
「証言も。分かる範囲で全て答える。然るべき処罰を受けると誓う。」
「分かった。」
「あ、あの!」
新が声を上げる。今ここで、声をかけないと、もうこの人とは話す機会がないと思ったから。
「助けてくれて、ありがとうございます。」
「……。」
「ムタチオンを打った時も……規定量より減らしてくれてたんですよね?」
「……気付いていたのか。」
「仕事で各国を訪れるので、犯罪に巻き込まれないよう知識として知ってたんです。もし規定量打たれていたら、僕はウルくんを襲っていたと思います。」
「……時間稼ぎが出来て、良かったよ。君たちだけは、どうにかして無傷で逃したかったんだ。」
きっとあの子を見てると妻と娘を思い出してしまうからだろうね。
そう言ってウルを見た男の瞳から、ぽたりと涙が落ちた。
篤臣が飛びかかったのは側近ではなく自分だったのだから。
グリュンダーに陥ったものは、理性ではなく本能で敵を認識する。つまりリーウェンに対して発現したのだから代わりに側近と戦えと言っても篤臣には通用しない。
左腕はウルを締め上げている。右手は新を掴んでいる。両手が塞がっていては防御出来ない。しかも先程新と揉めてローブが外れたままだった。あれば単なるローブではないのだ。顔を隠す役割もそうだが、銃弾すら跳ね返す防弾性を兼ね備えている。それがない今、リーウェンは完全な丸腰だった。
咄嗟にウルを篤臣目掛けて放り投げる。新は渡さない。絶対にだ。これは自分のものだ。あのガキはいなくても構わない。新さえいれば。
放り投げられたウルを見て、篤臣はぴたりと動きを止め飛びついた。抱え込み、着地する。咳き込んで言葉もないウルは抱き留めた篤臣を見ると泣き出した。
わんわん声を上げて泣くウルの耳が変わって行く。幅広の垂れ耳。服の間から覗く丸くて短い尻尾。それを見てリーウェンの目の色が変わった。
『まさか……。』
『兎、のようですね。』
『生き残れない種……兎……。男の……。」
長年探していた最弱種。兎が目の前にいる。
『欲しい!欲しい!あれはワレのものだ!』
掴んでいた新を離すと側近に詰め寄る。
『あれこそが最弱種!ワレが求めていたものだ!奪え!早く奪え!』
『リーウェン様……。』
『何をしている!早く奪え!』
『アラタはもう良いのですか?』
『馬なぞ何処にでもいるだろう!だが兎はいない!滅多に見つからないんだ!何をしている!早くあの男から奪え!』
側近に掴みかかるリーウェン。苦笑した側近は新に向かって片手を上下にひらひらとさせた。
まるで早く逃げろと言うように。
はっと我に返った新が駆け出すといち早く気付いた狗狼も駆け寄り手を掴んだ。そのまま引き寄せ背に庇う。リーウェンは気付かない。
『リーウェン様。しかもあの子供、ミックスです。』
『……なに?』
『容姿はフェイ。性質はグラス。ミックスの兎です。』
『本当か?間違いないのか?』
『恐らく間違いありません。』
『希少種ではないか!絶対に捕まえろ!奪え!』
『……。』
『何をしている!早く……。』
どっと何かを押し出すような音がした。リーウェンの声が止まる。
『……は。』
『奪え、ですか。』
『おま、え。』
『捕まえろ、ですか。』
『なに、して。』
ゴボリ、とリーウェンの口から赤黒い血が噴き出る。ダラダラと流れ、首から胸、腹にかけて垂れていく。身体の中心を貫く側近の腕も真っ赤に染まっていった。
『お前はそうやって、私の妻を奪い売った。』
『ゲェッ。』
『ミックスは"途方もない高値がつく"。確かそう言っていたな。私や娘から妻を奪い、売ったのはそれが理由か。』
『ハッ……ハッ……。』
『残された私と娘は二人きり、隠れて生きていた。ミックスの子はなんと言うのか。聞いた私にお前は言ったな?"生存率が著しく低いから、すぐ死ぬ。育たないなら呼びようもない"と。』
『なに、を……。』
『その娘すら、お前は奪った。』
『……。』
『妻同様拐った。しかしオークションにかけられる前に男たちに散々嬲られて死んだ。』
『ウゲッ。』
『お前をこうして殺すために、ずっと側にいた。最後にお前が気付かなかったことを教えてやろう。お前は一度だって本当の意味で欲しかったものを手に入れたことはない。お前のものだった人は一人もいない。お前は誰も奪えなかった。お前は死ぬ時までずっと、いや死んでもずっと永遠に一人きりだ。』
ずるっと腕を引き抜く。支えを失ったリーウェンが両膝をつき倒れ込んだ。まだか細いながらも息があるリーウェンの上に屈み込むと、襟元に手を入れネックレスを引きちぎる。それをフィンレーに向かい、放り投げた。
ゆっくりと立ち上がると、ウルを見つめる。
「妻は熊と栗鼠のミックスでね。よく君のように、部屋の隅で小さくなっていた。見た目は人目を惹く容姿なのに、大人しくて臆病で。だから君を見ていてすぐに気付いたよ。ああ、この子もタイプを偽って隠れて生きてきたんだろうと。」
男が再びリーウェンへと視線を移した。既に事切れたようでピクリとも動かない様を見つめ、とつとつと話す。
「この男に絶望感を味合わせながら殺したかった。その為に君の秘密を詳らかにした。申し訳ない。」
急に謝られてウルは固まった。確かに秘密だし、人に知られては困る。でもこの場で知られたのはフィンレーとジュードの二人だけだった。この人たちなら大丈夫だろうとウルは、ふるふると首を振った。
「あの、助けに来てくれた大切な人たちなので。だいじょぶです。」
「そうか。助けになる人たちがいるんだな。」
ほっとしたように頬を緩めた男を見て、言葉に詰まる。この人の家族には、いなかったのだろうか。
「復讐する為に、側近まで上り詰めた私は散々手を汚してきた。たくさんの被害者を生み出す片棒も担いで来た。私の罪は消えないし出来るものなら償いたい。そう思ってる。その前に、けじめをつけたかった。どうしてもこの手でシュウ・リーウェンを殺したかった。」
血塗れの腕をしげしげと見つめた後、フィンレーに問いかける。
「あなたはツェアシュテールのトップで間違いないだろうか。」
「ああ。」
「では、拘束を。それから今まで拐ってきた人たちのリストを提出する。売買リストだ。顧客の情報も載っている。」
「確認しよう。」
「証言も。分かる範囲で全て答える。然るべき処罰を受けると誓う。」
「分かった。」
「あ、あの!」
新が声を上げる。今ここで、声をかけないと、もうこの人とは話す機会がないと思ったから。
「助けてくれて、ありがとうございます。」
「……。」
「ムタチオンを打った時も……規定量より減らしてくれてたんですよね?」
「……気付いていたのか。」
「仕事で各国を訪れるので、犯罪に巻き込まれないよう知識として知ってたんです。もし規定量打たれていたら、僕はウルくんを襲っていたと思います。」
「……時間稼ぎが出来て、良かったよ。君たちだけは、どうにかして無傷で逃したかったんだ。」
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