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événement principal acte 23 欲望
Quatre
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サムはぐったりと力を抜くと、ぽつりぽつりと話し出した。
王都の下町で産婆をしていた祖母は経験豊富でよく、難産だと言われるお産の補助に医師から声がかかったと言う。その時も、公爵家の医師から「どうも難しいお産になりそうだから手伝って欲しい。相手は公爵家なので秘匿契約を結んでくれ。」そう言われ二つ返事で頷き補助をするべくお産前から医師について通うことになった。
やがて程なくして、若い頃男に溺れ駆け落ちした娘が息子を連れ訪ねて来る。その息子がサムだった。サムを預けると、母は再び家を出てそのまま戻ることはなかった。祖母はサムを育てることにし、時折今通っている公爵家の話をしてくれた。美しい奥様と優しい乳母や侍女たち。そして産まれて来る子たちのことを。祖母は「双子だろうよ。」そう言った。サムは産まれて来る子たちを心待ちにした。双子など滅多に聞かない。本当にそっくりなんだろうか。
祖母は幼子に話す寝物語くらいの気持ちだったのだろう。秘匿契約を破っている意識は全くなかった。やがて産まれた子たちは髪の色以外は瓜二つでサムがねだると祖母は笑いながら話してくれた。「内緒だよ。」そう言って。
このシーヴァス王国では貴族の出生届は当主が出す。レスターが領地に行って不在の間、双子が生まれたことは周囲に秘されていた。二人が未熟児だったこともある。時折手伝いに公爵家を訪れていた祖母はようやく親子の対面だと笑顔で家を出てそのまま帰らなかった。真実が知りたいと公爵家に下男として入ったサムはそこで双子ではなく一人きりのロディウスを見つける。
もう一人は?何故最初から一人しかいないと、そう思われているんだ?
しかし下男が嫡男に近づけるわけもなく、何も分からないまま時間だけが過ぎていった。
ある日、偶然見かけたロディウスを見てサムは「違う。」と気が付いた。
いつの間にか、入れ替わっている。
じゃあ、ロディウス様は?あの方はどこへ?この方は?もしかして、片割れなのか?
居ても立ってもいられず、何とか近づけないかと考えた。
そうして、機会が訪れる。
わざと粗相をしてルディウスの前で鞭打たれたのだ。激しく打擲され、右足を少し引き摺るようになった。しかし予想通り、彼は止めに入ってくれた。
それから、見かけると少しずつ声をかけてくれるようになった。
体の弱かったロディウスの自室は一階の端にあり、専用の庭に面した窓がある。その窓の下や壁にサムが身を寄せ隠れる。ルディウスは窓に肘をついて外を眺めている風を装った。そうしてひっそりと交流が続いた。
やがてサムは何故自分がここにいるのか打ち明けた。聞いた後、ルディウスは一言「また明日、ここでこの時間に。」そう言ってその日は別れた。
翌日、ルディウスは「字は読めるか。」と聞いて来た。幸い祖母や孤児院で習っていた為書けなくても読める。頷くと手紙を渡された。「読んだら燃やすように。」そう言って。
一人になって読んだそれは、ルディウスとロディウスの悲劇だった。便箋には所々滲んだ箇所があり、ルディウスがどれだけ心を痛めて書いたのか知れた。
あの方は何も悪くない。
サムは一人咽び泣いた。理不尽に命を奪われた祖母。ずっとこの悪夢に囚われ亡くなったロディウス。そして要らないと捨てられたのに今度は連れ戻され亡くなった弟ロディウスとして生きることを押し付けられた兄ルディウス。
それから二人はより親しくなった。表向き何の接点もない、公爵家嫡男と下男。特に下男と下女は沢山いて、貴族出身の使用人たちからは端からいないものだと思われている。
ある日、ルディウスが綺麗な宝石を見せてくれた。透き通る茶色。きらきら輝いていて言葉もなく見つめた。
「愛する人の、瞳の色なんだ。」
微笑んだルディウスはとても幸せそうだった。
サムがルディウスを支え、力になりたい。なにか出来ることはないかと思うようになるまで、そう時間はかからなかった。
王都の下町で産婆をしていた祖母は経験豊富でよく、難産だと言われるお産の補助に医師から声がかかったと言う。その時も、公爵家の医師から「どうも難しいお産になりそうだから手伝って欲しい。相手は公爵家なので秘匿契約を結んでくれ。」そう言われ二つ返事で頷き補助をするべくお産前から医師について通うことになった。
やがて程なくして、若い頃男に溺れ駆け落ちした娘が息子を連れ訪ねて来る。その息子がサムだった。サムを預けると、母は再び家を出てそのまま戻ることはなかった。祖母はサムを育てることにし、時折今通っている公爵家の話をしてくれた。美しい奥様と優しい乳母や侍女たち。そして産まれて来る子たちのことを。祖母は「双子だろうよ。」そう言った。サムは産まれて来る子たちを心待ちにした。双子など滅多に聞かない。本当にそっくりなんだろうか。
祖母は幼子に話す寝物語くらいの気持ちだったのだろう。秘匿契約を破っている意識は全くなかった。やがて産まれた子たちは髪の色以外は瓜二つでサムがねだると祖母は笑いながら話してくれた。「内緒だよ。」そう言って。
このシーヴァス王国では貴族の出生届は当主が出す。レスターが領地に行って不在の間、双子が生まれたことは周囲に秘されていた。二人が未熟児だったこともある。時折手伝いに公爵家を訪れていた祖母はようやく親子の対面だと笑顔で家を出てそのまま帰らなかった。真実が知りたいと公爵家に下男として入ったサムはそこで双子ではなく一人きりのロディウスを見つける。
もう一人は?何故最初から一人しかいないと、そう思われているんだ?
しかし下男が嫡男に近づけるわけもなく、何も分からないまま時間だけが過ぎていった。
ある日、偶然見かけたロディウスを見てサムは「違う。」と気が付いた。
いつの間にか、入れ替わっている。
じゃあ、ロディウス様は?あの方はどこへ?この方は?もしかして、片割れなのか?
居ても立ってもいられず、何とか近づけないかと考えた。
そうして、機会が訪れる。
わざと粗相をしてルディウスの前で鞭打たれたのだ。激しく打擲され、右足を少し引き摺るようになった。しかし予想通り、彼は止めに入ってくれた。
それから、見かけると少しずつ声をかけてくれるようになった。
体の弱かったロディウスの自室は一階の端にあり、専用の庭に面した窓がある。その窓の下や壁にサムが身を寄せ隠れる。ルディウスは窓に肘をついて外を眺めている風を装った。そうしてひっそりと交流が続いた。
やがてサムは何故自分がここにいるのか打ち明けた。聞いた後、ルディウスは一言「また明日、ここでこの時間に。」そう言ってその日は別れた。
翌日、ルディウスは「字は読めるか。」と聞いて来た。幸い祖母や孤児院で習っていた為書けなくても読める。頷くと手紙を渡された。「読んだら燃やすように。」そう言って。
一人になって読んだそれは、ルディウスとロディウスの悲劇だった。便箋には所々滲んだ箇所があり、ルディウスがどれだけ心を痛めて書いたのか知れた。
あの方は何も悪くない。
サムは一人咽び泣いた。理不尽に命を奪われた祖母。ずっとこの悪夢に囚われ亡くなったロディウス。そして要らないと捨てられたのに今度は連れ戻され亡くなった弟ロディウスとして生きることを押し付けられた兄ルディウス。
それから二人はより親しくなった。表向き何の接点もない、公爵家嫡男と下男。特に下男と下女は沢山いて、貴族出身の使用人たちからは端からいないものだと思われている。
ある日、ルディウスが綺麗な宝石を見せてくれた。透き通る茶色。きらきら輝いていて言葉もなく見つめた。
「愛する人の、瞳の色なんだ。」
微笑んだルディウスはとても幸せそうだった。
サムがルディウスを支え、力になりたい。なにか出来ることはないかと思うようになるまで、そう時間はかからなかった。
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