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interlude acte jumeaux

ロディウス・フェルティウム

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 ある夜、眠っていた僕は起こされ無理矢理馬車に乗せられた。
 何とか引き止めようとする大司祭様に男が何か言うと途端に大人しくなった。
 崩れ落ち、泣きながら何度も「済まない。」と口にする。

 訳がわからないまま連れて行かれたのは大きな屋敷だった。
 王都大教会と王都庭園。僕の世界はこれだけ。初めて見る王都の下町や貴族街。何もかも現実味がなくて呆気に取られる。

 部屋に通され、ソファに座らされた。程なくしてノックの後二人の男が入ってきた。

 一人が何も言わずに対面に座る。もう一人が扉側に立った。

「ふむ。これなら問題なかろう。」
「……あの。あなたは……。」
「約束通り何も話してはおらんようだな。」
 満足気に頷くと立ち上がり出ていった。ぼんやりと座り込んでいたら部屋に案内され、ここで休めと言う。
 不安で眠ることなんて出来ない。
 まんじりともせず夜が明けた。

 また男が来て今度は別の部屋に通された。部屋の中は薄暗く、薬の匂いが染み付いている。空気がどことなく重い。

 ベッドまで案内され、横たわる人を見るよう言われた。

「……僕?」
「……こちらの方はフェルティウム公爵家次男、ロディウス・フェルティウム様です。」
「……。」
「そしてあなた様は嫡男、ルディウス様でごさいます。」
「……?あの。」
 戸惑っていると、瞳を瞑ったままロディウスが口を開いた。

「私が順を追って説明する。お前はもう下がれ。」
 戸惑いながらも男は出ていった。

「初めまして、兄さん。」
 ゆっくりと開かれた瞳は赤みの強いピンクだった。僕と同じ色。髪はよく見ると濃紺だった。暗いところなら見分けがつかないだろう。

「私が知っていることを全て、話すよ。」
 そう言ってロディウスが話し出す。それはフェルティウム公爵家の深淵だった。

 僕とロディウスは双子、産まれた時はどちらも未熟児だった。母は僕にルディウス、弟にロディウスと名付けた。
 産まれた当初、父はタウンハウスではなく領地にいて出産から二ヶ月後に初めて僕たちを見たと言う。
 出てきた言葉は感謝でも労いでもなく罵倒だった。
「貴様、畜生腹か!」
 意味が分からずロディウスに聞くと、畜生腹とは獣を揶揄する言葉で一度に二人以上産むのは獣だと言う意味らしい。人は一度に一人産むのが普通だと、そう言う意味で言ったのだと言う。

 酷い言葉だと思った。
 母はその言葉を聞いて気狂いになった。元々政略ではあったが貴族令嬢らしからぬ愛情深い性格で僕たちをとても愛していた。だから夫の言葉は許せなかったし受け入れられなかった。
 父はどちらかを選んで一人は最初からいなかったことにすると言い、適当に指差されたのが僕だった。

 しかし孤児院に出すことも養子に出すことも出来ない。考えついたのが王都大教会の大司祭に預けることだった。

 大司祭様は母の弟、つまり僕の叔父だった。「お前が預からなければ、このまま甥は死ぬだけだ。」そう言われて叔父は僕を引き取った。俗世から離れ、信仰に生きることを決意し家門を出た叔父にとって僕は厄介者だっただろう。だのに、ここまで育ててくれた。

 ロディウスは一つ息を吐くと、続けた。

「父は僕たちが双子だと言うことを隠す為に出産に関わった使用人たちを皆、殺した。」

 そこまで?

「医師の補助についた産婆。侍女たち。そして乳母。全員だ。母の目の前で。例外は先ほどいた専属執事と医師だけだ。尻拭いさせるものが必要だから。」

 かたかたと震える。

「私が何故知っているのかと言うと、母から聞いた。気狂いとは言え、たまに正気に戻るんだ。そんな時はここに来て、話すんだ。」
「お母様は、今……。」
「……私のところに来るのがバレて離れに押し込まれている。いや、もう亡くなったかもしれない。見なくなって一年以上経つから。それに私も長くはない。」
「……病気、なのか?」
「生まれつき、心臓が弱い。動けばすぐ倒れるし、熱を出せば中々起き上がれない。」
「……。」
「父は、私が死ぬ前に兄さんと入れ替えるつもりだ。」
「……なに、言ってるんだ。」
「私はもうじき死ぬ。医師がそう診断したし自分でも分かる。そうなったらこのフェルティウム公爵家に直系はいなくなる。兄さんしか、いないんだ。」
「い、いやだ。」
「……父は私が死んだらきっと、そこら辺の墓穴にでも放り込む。そうして名も刻まない墓碑を建て終わらせる。残った兄さんにこう言うんだ。お前が今日からロディウス・フェルティウムだって。」
「狂ってるよ。」
「……ああ、本当に。双子がそんなに嫌なら養子でも取ればよかったんだ。なのに何よりも血統を重んじるからね。自分の血を分けた直系しか認めない。傍系なぞ論外なんだよ。」
「……逃げよう。ロディウス。一緒に逃げよう。」
 初めて会った、自分の片割れ。魂の半身。彼は僕で僕は彼だ。
 いやだ。いやだ。失うなんて嫌だ。何でだよ。何で僕から大切なものを奪うんだ。

「兄さん。」
 ゆっくり顔をこちらに向けると、ロディウスが微笑んだ。
 涙が目頭に溜まり、鼻梁を超え枕に滴る。

「ずっと。ずっと会いたかった。元気かな、どんな顔だろう。声はどんなかなって。」
「ロディ……。」
「会ってみたら、私と全く同じで。ああ、本当に片割れなんだなって。嬉しいよ。」
「僕も。僕もロディが片割れで嬉しい。」
「私が死んでも。鏡を見たらいつでも会える。大丈夫、いつも側にいる。」
「ロディ……。」
 涙で弟の顔が見えない。袖で何度も拭う。

「愛してるよ、兄さん。やっと会えた。兄さんには本当に幸せに、なって欲しいんだ。」
「うん……うん……。」
「何も出来なくてごめん。」
 そんなことないと首を振る。

「私がいなくなったら、兄さんはこの家に飲み込まれてしまう。その前に、逃げて。」
「どう、やって……。」
 ごくりと唾を飲み込んだ。
 ロディウスがそっと息を吐く。

「フェルティウム公爵家を。あいつを追い詰めて、この家を没落させるんだ。」
「……分かった。」
 何をすればいいのか、具体的には分からない。でも弟がそれを望むなら。

「生きて。幸せになって、兄さん。」
「ロディウス。一緒に。一緒に……。」
 ぎゅうっと手を握りしめた。冷たくて、細くて。指先から生命が漏れていってるような気がする。

「兄さん。約束だよ。」
「約束する。必ずここから逃げ出して、生きる。」
「うん……。良かった。」

 微笑んだロディウスの笑顔を瞳に焼き付ける。

 弟が亡くなったのはその二日後だった。
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