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événement principal acte 8 始動
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ノーマンとサマンサが応接室でファロン男爵家の面々と対峙していた頃。
エリオットは侍従を連れ、家門の紋章がない馬車に乗り王都にあるレストランへ向かっていた。
そのレストランは完全予約制で、シークレット・ロータスの系列店に当たる。
こじんまりとしており、個室が三室のみ。出入り口や馬車乗り場がそれぞれに設けられ、他の客と顔を合わせることはない。前室があり、使用人はそこに待機する。給仕は秘匿契約を結ぶことが条件で雇われていた。
その一室で、エリオットはマーカス・オルコットと向き合っていた。
料理が運ばれ、ワインが注がれる。
給仕に退室を促すと、完全に二人だけになった。料理とワインに舌鼓を打ちながら、マーカスは軽妙に話しかける。
どうやら、何故ここで会っているのか忘れているらしい。
「マーカス・オルコット殿。」
エリオットが口を挟むと、マーカスはピタッと口を閉じた。
窺うように視線を送ってくるのを鬱陶しく感じながら、話を続ける。
「手紙でも伝えたが、紹介頂いたパーマー子爵令嬢を解雇することにした。」
「それは。何かの間違いじゃ。」
「どのような間違いだと?」
「いや、だから。」
「どのような間違いかと、聞いている。」
歳は下だが、エリオットは伯爵家当主。かたやマーカスは侯爵家前当主の三男。今や当主は長兄で本人は最早侯爵家の三男とは言えない。爵位を持たない、実家が貴族と言うだけの只の文官だ。
エリオットには敬意を払わねばならない。
じっと見つめると、マーカスは誤魔化すように笑った。
「いや、失礼。その、ブリジットが迷惑をかけたようだね。謝罪するよ。」
「あぁ。そう言うのは結構。」
「その為に呼び出したんだろう?」
「いや。謝罪を受けたところで処分は変わらない。事情を聞きたいだろうと思って呼び出しただけだ。どうやら父とは懇意にしていたようなのでね。」
「そうだ。クリスとは随分歳が離れてはいるが親友だよ。」
「親友。」
「ああ、そうだ。彼とは良く話をした。酒も葉巻も楽しいことはみんな私が教えたんだ。夜通し語り合ったこともある。」
得意気に話すマーカスを見やって顳顬を揉んだ。
「その割には見舞いの言葉ひとつも貰っていないが。長く臥せっていると言うのに。」
皮肉ると途端に気まずそうに視線を逸らした。
「父はあなたからの便りを心から待っているようだ。以前貰った手紙も大事に取ってあって読ませてもらった。」
「手紙?」
「ああ。娘に会えて良かったな、と。」
「あれを読んだのか?」
「読んだが?」
睨め付ける。
「読ませてもらったと言っただろう?」
「それは……じゃあ知っているのか?腹違いの姉がいることを。」
「姉?娘としか聞いていない。」
「そうか。王都の下町にいるはずだ。焦茶の髪と瞳。なかなかの美人だった。」
「会ったのか?」
「偶然、見かけたんだ。」
肩を竦めて、あっさりと経緯を話し始めた。
流行病が流行った三年前。王家は対応に追われていた。感染率はそこまで高くはないが死亡率が高い為、感染者は絶対に自宅から出ないように国中通達が出された。配給は教会で行う為、感染者の家族たちは指定された時間に訪れるよう指示された。その管理と司祭との連絡係。それが当時のマーカスに与えられた仕事だった。貴族の嫡男や既婚者は外され、次男三男で独身者が選ばれたのは万が一感染しても困らないからだ。体のいい捨て駒扱いにマーカスはクサクサしていた。
当時を思い出し、憤慨しながらワインを煽る。
「まったく。私だって貴族だ。青い血が流れていると言うのに。」
ブツブツいいながらワインを自分で注ぐ。
「で、王宮に戻って文官室に向かってたらクリスが前を歩いていたんだ。」
滅多に登城しないクリスを見つけたマーカスは声をかけて愚痴でも聞いてもらおうと後を追った。するとクリスの服から何かハンカチのようなものが落ちたと言う。拾い上げると間違いなくそれはハンカチで、しかし何かを包んでいた。落ちた弾みで蓋が開いたそれは鎖の切れた懐中時計で蓋裏には絵姿が入っていた。
それは先ほど訪れた自分が管轄している教会にいた女性だった。
「目元はなんか、もっと吊り気味だったが。まぁ色は同じだし。ただなんでクリスがその女性の絵姿を忍ばせているのか分からなくてね。若い平民の女を囲っているのかと思って揶揄ったんだ。」
そうしたら、クリスが掴みかかって所在を聞いてきたと言う。何故か理由を聞いても判然としない。もしかして愛人ではなくて隠し子か?ならば明言しないのも頷ける。
「それでまぁ、娘かと聞いたんだ。倍くらい歳が離れているからね。」
話を詳しく聞く為、そのまま飲みに誘った。孕った女が行方知れずでずっと探していたと言う。会って確かめたい。恐らく娘だと。
よくもまぁ、口が回ったものだ。娘は娘でもクリスの娘ではない。ダビデとメアリの娘だ。アルマがティアナを孕ったことは知らなかったようだから、きっと探し出した時は驚いただろう。
微妙に話が噛み合ったことが気持ち悪い。
水を飲み、テーブルに戻すとマーカスを見た。ワインを飲みながら、話し続けている。
「で、その後会えたか聞いたんだ。なんでも娘は子を産んでいて、その子が感染しているって言うじゃないか。会えなかったが間違いなかったと喜んでてね。なにか礼がしたいと言うから。」
チラッとエリオットを見る。
「ブリジットを行儀見習いで雇ってくれと言ったんだ。」
なるほど、そう言うことか。
「ブリジットは君に惚れ込んでいてね。次兄の妻、まぁ要するに私に取っては血の繋がらない義姉だね。可愛い姪のためにアーガン伯爵様に頼んでもらえないかって言うからさ。私がクリスと親しいのは話してあったからね。頼られてたのを思い出して雇って貰ったんだ。」
そう言ってニヤニヤ嗤う。
「だからまぁ、手紙は確かに読んだよ。ブリジットがした事は許し難いが。ここは君の父と異母姉の再会に免じて、流してくれないか?」
そう言ってグラスを掲げ、ワインを飲む。
何が再会だ。
巫山戯た調子で再び料理に手を付けるマーカスを見て、ナプキンで口を拭うと腕を組んで見据えた。
「断る。」
「は?」
「早急に引き取りにくるよう両親に伝えるように。来ないのならば、王都憲兵団に突き出す。」
「おい!」
「あんな生ゴミ、いるだけで臭くてかなわん。」
マーカスは立ち上がるとエリオットを睨みつけた。
しかし立ち位置は優位なはずなのに、マーカスはそれ以上口を開けない。
「何か盛大な勘違いをしているようだが。」
ゆっくりと一言一言口にするエリオットを見て、唾を飲み込む。
「貴様が父と親しかろうが。父が貴様に恩を感じていようが。そんな事私には一切関係がない。」
「っ!」
「話は以上だ。」
そう言ってエリオットは立ち上がると、扉に向かう。
が、ぴたりと立ち止まって振り向くと、うっすら口角を上げて付け足した。
「次兄の妻と火遊びか。」
マーカスが喘ぐように口を開いた。
「な、なんで。」
「なんで?今の会話で気付くだろう?よほどの馬鹿でもないかぎり。」
首を傾げると続けた。
「兄の妻を寝とるとは。恐れ入る。」
言い捨てて出ていった。
エリオットは侍従を連れ、家門の紋章がない馬車に乗り王都にあるレストランへ向かっていた。
そのレストランは完全予約制で、シークレット・ロータスの系列店に当たる。
こじんまりとしており、個室が三室のみ。出入り口や馬車乗り場がそれぞれに設けられ、他の客と顔を合わせることはない。前室があり、使用人はそこに待機する。給仕は秘匿契約を結ぶことが条件で雇われていた。
その一室で、エリオットはマーカス・オルコットと向き合っていた。
料理が運ばれ、ワインが注がれる。
給仕に退室を促すと、完全に二人だけになった。料理とワインに舌鼓を打ちながら、マーカスは軽妙に話しかける。
どうやら、何故ここで会っているのか忘れているらしい。
「マーカス・オルコット殿。」
エリオットが口を挟むと、マーカスはピタッと口を閉じた。
窺うように視線を送ってくるのを鬱陶しく感じながら、話を続ける。
「手紙でも伝えたが、紹介頂いたパーマー子爵令嬢を解雇することにした。」
「それは。何かの間違いじゃ。」
「どのような間違いだと?」
「いや、だから。」
「どのような間違いかと、聞いている。」
歳は下だが、エリオットは伯爵家当主。かたやマーカスは侯爵家前当主の三男。今や当主は長兄で本人は最早侯爵家の三男とは言えない。爵位を持たない、実家が貴族と言うだけの只の文官だ。
エリオットには敬意を払わねばならない。
じっと見つめると、マーカスは誤魔化すように笑った。
「いや、失礼。その、ブリジットが迷惑をかけたようだね。謝罪するよ。」
「あぁ。そう言うのは結構。」
「その為に呼び出したんだろう?」
「いや。謝罪を受けたところで処分は変わらない。事情を聞きたいだろうと思って呼び出しただけだ。どうやら父とは懇意にしていたようなのでね。」
「そうだ。クリスとは随分歳が離れてはいるが親友だよ。」
「親友。」
「ああ、そうだ。彼とは良く話をした。酒も葉巻も楽しいことはみんな私が教えたんだ。夜通し語り合ったこともある。」
得意気に話すマーカスを見やって顳顬を揉んだ。
「その割には見舞いの言葉ひとつも貰っていないが。長く臥せっていると言うのに。」
皮肉ると途端に気まずそうに視線を逸らした。
「父はあなたからの便りを心から待っているようだ。以前貰った手紙も大事に取ってあって読ませてもらった。」
「手紙?」
「ああ。娘に会えて良かったな、と。」
「あれを読んだのか?」
「読んだが?」
睨め付ける。
「読ませてもらったと言っただろう?」
「それは……じゃあ知っているのか?腹違いの姉がいることを。」
「姉?娘としか聞いていない。」
「そうか。王都の下町にいるはずだ。焦茶の髪と瞳。なかなかの美人だった。」
「会ったのか?」
「偶然、見かけたんだ。」
肩を竦めて、あっさりと経緯を話し始めた。
流行病が流行った三年前。王家は対応に追われていた。感染率はそこまで高くはないが死亡率が高い為、感染者は絶対に自宅から出ないように国中通達が出された。配給は教会で行う為、感染者の家族たちは指定された時間に訪れるよう指示された。その管理と司祭との連絡係。それが当時のマーカスに与えられた仕事だった。貴族の嫡男や既婚者は外され、次男三男で独身者が選ばれたのは万が一感染しても困らないからだ。体のいい捨て駒扱いにマーカスはクサクサしていた。
当時を思い出し、憤慨しながらワインを煽る。
「まったく。私だって貴族だ。青い血が流れていると言うのに。」
ブツブツいいながらワインを自分で注ぐ。
「で、王宮に戻って文官室に向かってたらクリスが前を歩いていたんだ。」
滅多に登城しないクリスを見つけたマーカスは声をかけて愚痴でも聞いてもらおうと後を追った。するとクリスの服から何かハンカチのようなものが落ちたと言う。拾い上げると間違いなくそれはハンカチで、しかし何かを包んでいた。落ちた弾みで蓋が開いたそれは鎖の切れた懐中時計で蓋裏には絵姿が入っていた。
それは先ほど訪れた自分が管轄している教会にいた女性だった。
「目元はなんか、もっと吊り気味だったが。まぁ色は同じだし。ただなんでクリスがその女性の絵姿を忍ばせているのか分からなくてね。若い平民の女を囲っているのかと思って揶揄ったんだ。」
そうしたら、クリスが掴みかかって所在を聞いてきたと言う。何故か理由を聞いても判然としない。もしかして愛人ではなくて隠し子か?ならば明言しないのも頷ける。
「それでまぁ、娘かと聞いたんだ。倍くらい歳が離れているからね。」
話を詳しく聞く為、そのまま飲みに誘った。孕った女が行方知れずでずっと探していたと言う。会って確かめたい。恐らく娘だと。
よくもまぁ、口が回ったものだ。娘は娘でもクリスの娘ではない。ダビデとメアリの娘だ。アルマがティアナを孕ったことは知らなかったようだから、きっと探し出した時は驚いただろう。
微妙に話が噛み合ったことが気持ち悪い。
水を飲み、テーブルに戻すとマーカスを見た。ワインを飲みながら、話し続けている。
「で、その後会えたか聞いたんだ。なんでも娘は子を産んでいて、その子が感染しているって言うじゃないか。会えなかったが間違いなかったと喜んでてね。なにか礼がしたいと言うから。」
チラッとエリオットを見る。
「ブリジットを行儀見習いで雇ってくれと言ったんだ。」
なるほど、そう言うことか。
「ブリジットは君に惚れ込んでいてね。次兄の妻、まぁ要するに私に取っては血の繋がらない義姉だね。可愛い姪のためにアーガン伯爵様に頼んでもらえないかって言うからさ。私がクリスと親しいのは話してあったからね。頼られてたのを思い出して雇って貰ったんだ。」
そう言ってニヤニヤ嗤う。
「だからまぁ、手紙は確かに読んだよ。ブリジットがした事は許し難いが。ここは君の父と異母姉の再会に免じて、流してくれないか?」
そう言ってグラスを掲げ、ワインを飲む。
何が再会だ。
巫山戯た調子で再び料理に手を付けるマーカスを見て、ナプキンで口を拭うと腕を組んで見据えた。
「断る。」
「は?」
「早急に引き取りにくるよう両親に伝えるように。来ないのならば、王都憲兵団に突き出す。」
「おい!」
「あんな生ゴミ、いるだけで臭くてかなわん。」
マーカスは立ち上がるとエリオットを睨みつけた。
しかし立ち位置は優位なはずなのに、マーカスはそれ以上口を開けない。
「何か盛大な勘違いをしているようだが。」
ゆっくりと一言一言口にするエリオットを見て、唾を飲み込む。
「貴様が父と親しかろうが。父が貴様に恩を感じていようが。そんな事私には一切関係がない。」
「っ!」
「話は以上だ。」
そう言ってエリオットは立ち上がると、扉に向かう。
が、ぴたりと立ち止まって振り向くと、うっすら口角を上げて付け足した。
「次兄の妻と火遊びか。」
マーカスが喘ぐように口を開いた。
「な、なんで。」
「なんで?今の会話で気付くだろう?よほどの馬鹿でもないかぎり。」
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