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événement principal acte 8 始動

Neuf

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 セリーナがエリオットの鍛錬室に行ったと使用人たちの間で噂が広まったのは、その日の夜だった。
 どうやら前日の夜、面談を受けたことは知られていないらしい。

 交代で夕食を摂る、使用人用の食堂は異様な空気に包まれていた。
 元々余り愛想が良くないセリーナは敬遠されがちだった。
 そのセリーナがエリオットの居住フロアに入ることを許されたのは一重にティアナの専属侍女になれたからだと噂されている。まだ正式な発表はされていないがそれ以外考えられなかった。
 まさか専属侍女になればエリオットに近付けると思っていなかった侍女たちは揃って歯噛みした。

 エリオットとティアナが仲睦まじくしているところなど、一度も見たことがない。別邸に滞在しているシュトラウ子爵とその娘が一度だけエリオットと晩餐を共にしたことは知っていたし、ティアナが毎日タウンハウスで淑女教育を受けていることももちろん知っていた。だがエリオットがティアナに構っているところなど、誰も見たことがなかったのだ。

 晩餐の席ではティアナがエリオットをお兄様と呼んでいたらしいが対応は淡白なものでやはり親しいとは思われていなかった。

 ところがエリオットは出迎えたティアナを抱き上げ、あやした。
 与えている客室まで抱いて運び、そのまま暫く出てこなかった。

 そして今日、三階フロアにセリーナを呼んだのだ。
 お仕着せではなく、乗馬服のような格好で向かったことも噂になっていたので色良い話ではなさそうだ。
 だが、エマ以外は侍女長サマンサしか女性は立ち入れないようになっている。そこに同じ使用人が立ち入ったのだ。
 何があったのか気になって仕方がなかった。

「ねぇ、あなた。」
 お仕着せを着た一人の侍女が食事を摂るセリーナの前に立ち、見下ろす。
 後ろには同じくお仕着せを着た三人の侍女たちがいた。

 黙ってスプーンでスープを口に運びながら、セリーナは視線を送った。
「エリオット様に呼ばれて三階に行ったんでしょう?何をしたの?」

 エリオット様と来た。
 この女、いつ名を呼ぶことを許されたのかしら。

 そのまま尚もスープを飲み続けているとイライラしたのか四人で口々に声を上げる。

「聞こえないの?」
「何があったのか言いなさい!」
「なんで呼ばれたの?」
「返事しなさいよ!」

 スプーンを戻すとセリーナはぽつりと言い返した。

「返事。」
「は?」
「返事。したわよ。」
 にやぁと笑うと全員真っ赤になった。

「何様のつもりよ!」
 最初に声をかけてきた侍女にセリーナは視線を向けた。

「あんたこそ何様よ。」
「あ、あんた?」
「そう、あんた。あんたで十分でしょ?本当に侍女?貴族?なんで旦那様を名で呼んでいるの?あんたいつ、許可もらったの?」
 ぐっと唇を噛み締めたのを見て、続ける。

「旦那様はこのタウンハウスの中で誰にも名を呼ぶことを許していないわよ。専属侍女のエマ様は許されていても自らされないわ。なのになんであんた、呼んでんの?」
 歯噛みする侍女を取り巻く他の侍女たちは、途端に所在なげにしている。

「私たちは使用人よ。旦那様はご主人様。勝手に名を呼んで良いと本気で思っているなら五歳から淑女教育やり直してきなさいよ。」
 吐き捨てると悔しそうに睨み返してくる。

「そしてあんたと私は同僚。仮に親の持つ爵位が違ってもここでは立場は変わらない。」
 そう言って肩を竦める。

「まぁ中には子爵令嬢だからって男爵を下に見て何勘違いしてんのか命令したり仕事押し付けてくるのもいるけど。」
 溜め息をついて腕を組んだ。

「頭悪過ぎでしょうよ。爵位持ってるのは親であって私たちじゃないわ。何かやらかして平民に落とされることだってあるし、運良く嫁げば夫の爵位で立場はあっさり変わるのよ?虐げた相手が自分より上になったらどうするわけ?」
 見上げると全員怯んだ。考えてもいなかったらしい。

「で?聞いてどうすんのよ。」
「気に、なったから。」
「そ。でも旦那様の居住フロアがどんなだったかなんて答えられないし何を話したのかも答えられないわ。もちろん何をしたのかも答えられない。」
「なんでよ!」
「答える意味が分からないからよ。あんたに関係ないでしょう?」
「それは!」
「私、あんたの部下かなんかだっけ?」
「違う、わ。」
「そうね、それに友達どころか知り合いでもないわ。なんなら今初めて喋ったわよね?単なる同僚。」
「……。」
「仮にどんなに親しくても、無駄口叩くつもりはないわ。」
 そう言ってスープボウルとスプーンを持つとちらっと視線を送った。

「でも一つだけヒントをあげる。」
 全員一斉にセリーナを見た。

「ブリジットとケイシー、一昨日の午後から見ていないでしょ?今どこにいるのかしらね?」
 全員唖然とする。二人はセリーナ同様専属侍女候補だった。毎日交代でティアナと交流していたが、ブリジットはティアナの悪口を散々言いケイシーは絶対やりたくないとグチグチ言っていた。

 その二人がそう言えば、いない。出迎えの場でも見なかった。

 よく分からないけど何かが起きた。

 四人固まって身を寄せ合うのを見てセリーナはにやぁと笑った。

「勝手に名を呼んでたの、耳に入らないといいわね。」
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