42 / 62
Clive and Elliot you treasures from Theresa・Argan
攻防
しおりを挟む
テレジアがいつものように自室の窓から、ぼんやりと騎士団棟を眺めていると、ノックが鳴った。
侍女が応え、程なくして扉が開かれる。現れたのはクラークで、後ろにはベントリーが付き従っていた。彼は侍女にそっと目配せし、退室を促すと閉められた扉の側に控えた。気を取られている間に、クラークがソファへと身を沈める。
「テレジア、話がある。」
「……はい。」
こくりと唾を飲み、対面へと座った。クラークの正面にはならないよう距離を取る。
「お前には、感謝している。このアーガン伯爵家の嫡男を無事産んでくれた。改めてきちんと礼を伝えておこうと思ってな。」
「いえ、お気持ちだけで。」
「そう言うな。これからも頑張って貰わねばならぬのだから。」
「これから、でしょうか。」
「ああ。子が一人では心許ないからな。最低でも後一人、出来れば二人は産んでもらいたい。騎士の家門なのだから、子が多いに越したことはない。分かるな?」
「……はい。」
返事を返しながらも、嫌な予感に震えそうになる。まさか。そんな。
「それで、だ。クリスとはどうなんだ?エリオットが産まれて以来、どうやらまた距離があるようだが。」
そう言ってテーブルへと身を乗り出すと、腕を伸ばしテレジアの小さな手を掴んだ。握り込んでいた手の隙間に指が差し込まれ、手のひらを撫で始める。ぞわり、と悪寒が走った。
「何か、困っているのではないか?」
そう言って顔を覗き込む。一瞬目が合ってテレジアは慄いた。黄色の瞳。夫と同じ色のその瞳は昏い情欲をチラつかせ見つめてきた。ジットリと舐めるようにテレジアの全身に視線を這わせる。
途端に肌が泡立ち、手を振り払おうと力を込めた。
「テレジア、心を打ち明けたいのなら私はいつでも。」
その時ノックが鳴り、すかさずベントリーが動いた。扉が開かれ、カシアが現れるとクラークはやっと、手を離した。テレジアは言葉もなく詰めていた息を吐いた。
「あら、旦那様。こちらにいらしているとは。」
「ああ、カシア。テレジアが部屋に籠りがちだと聞いてな。様子を見にきたのだ。」
「……まぁ、そうですか。わたくしもそうですわ。気晴らしにお茶をする約束でしたのよ?旦那様も、ご一緒にいかがでしょうか?」
「いや、私は少し寄っただけだからな。もう失礼する。」
「そうですか。では。」
にっこり微笑み、カシアがクラークを追い立てる。後ろに付いたベントリーがカシアとテレジアだけに分かるよう、小さく頭を下げた。
ベントリーが侍女を走らせ、カシアを呼んでくれたのだと分かるとテレジアは泣そうになった。
クラークとベントリーが退室し、代わりにカシアと侍女のペイジーが残る。テレジアの侍女はカシアが言伝を聞いてそのまま下がらせたようだった。テレジアの隣に座ると、震える手を優しく包む。
「テレジア……。」
「お、お義母様……。」
実際にクラークから情欲を向けられるのは初めてのことだった。話には聞いていたが、こんなに耐え難いとは。
「わたくしが、護るわ。大丈夫、大丈夫よテレジア。」
心強い言葉を有り難く思いながらも、テレジアの心は叫んでいた。側にいて欲しい、守って欲しいと願うのはただ一人だけ。クライヴ。ああクライヴ。わたくしを助けて。
エリオットが産まれたことで、舅が自分に手を出そうとすることは無くなると、そう思っていた。クライヴだってそうだろう。だからもし彼がこのことを知ればきっと傷付く。父を恥に思い、テレジアの為に憤るだろう。もしそんなことになれば。彼の立場は無くなってしまう。言えない。知られてはいけない。ああでも。側にいて守って欲しいのはあなただけなの。クライヴ。
いつしか涙が溢れ、テレジアは顔を覆った。
それからもクラークがテレジアの自室に押し掛け、その度にベントリーが手を回し、カシアが駆け付けるということが何度も続いた。二ヶ月ほど続いたそれは、唐突に終わりを告げる。
カシアから急遽、王都のタウンハウスへ行くよう、告げられたのだった。
侍女が応え、程なくして扉が開かれる。現れたのはクラークで、後ろにはベントリーが付き従っていた。彼は侍女にそっと目配せし、退室を促すと閉められた扉の側に控えた。気を取られている間に、クラークがソファへと身を沈める。
「テレジア、話がある。」
「……はい。」
こくりと唾を飲み、対面へと座った。クラークの正面にはならないよう距離を取る。
「お前には、感謝している。このアーガン伯爵家の嫡男を無事産んでくれた。改めてきちんと礼を伝えておこうと思ってな。」
「いえ、お気持ちだけで。」
「そう言うな。これからも頑張って貰わねばならぬのだから。」
「これから、でしょうか。」
「ああ。子が一人では心許ないからな。最低でも後一人、出来れば二人は産んでもらいたい。騎士の家門なのだから、子が多いに越したことはない。分かるな?」
「……はい。」
返事を返しながらも、嫌な予感に震えそうになる。まさか。そんな。
「それで、だ。クリスとはどうなんだ?エリオットが産まれて以来、どうやらまた距離があるようだが。」
そう言ってテーブルへと身を乗り出すと、腕を伸ばしテレジアの小さな手を掴んだ。握り込んでいた手の隙間に指が差し込まれ、手のひらを撫で始める。ぞわり、と悪寒が走った。
「何か、困っているのではないか?」
そう言って顔を覗き込む。一瞬目が合ってテレジアは慄いた。黄色の瞳。夫と同じ色のその瞳は昏い情欲をチラつかせ見つめてきた。ジットリと舐めるようにテレジアの全身に視線を這わせる。
途端に肌が泡立ち、手を振り払おうと力を込めた。
「テレジア、心を打ち明けたいのなら私はいつでも。」
その時ノックが鳴り、すかさずベントリーが動いた。扉が開かれ、カシアが現れるとクラークはやっと、手を離した。テレジアは言葉もなく詰めていた息を吐いた。
「あら、旦那様。こちらにいらしているとは。」
「ああ、カシア。テレジアが部屋に籠りがちだと聞いてな。様子を見にきたのだ。」
「……まぁ、そうですか。わたくしもそうですわ。気晴らしにお茶をする約束でしたのよ?旦那様も、ご一緒にいかがでしょうか?」
「いや、私は少し寄っただけだからな。もう失礼する。」
「そうですか。では。」
にっこり微笑み、カシアがクラークを追い立てる。後ろに付いたベントリーがカシアとテレジアだけに分かるよう、小さく頭を下げた。
ベントリーが侍女を走らせ、カシアを呼んでくれたのだと分かるとテレジアは泣そうになった。
クラークとベントリーが退室し、代わりにカシアと侍女のペイジーが残る。テレジアの侍女はカシアが言伝を聞いてそのまま下がらせたようだった。テレジアの隣に座ると、震える手を優しく包む。
「テレジア……。」
「お、お義母様……。」
実際にクラークから情欲を向けられるのは初めてのことだった。話には聞いていたが、こんなに耐え難いとは。
「わたくしが、護るわ。大丈夫、大丈夫よテレジア。」
心強い言葉を有り難く思いながらも、テレジアの心は叫んでいた。側にいて欲しい、守って欲しいと願うのはただ一人だけ。クライヴ。ああクライヴ。わたくしを助けて。
エリオットが産まれたことで、舅が自分に手を出そうとすることは無くなると、そう思っていた。クライヴだってそうだろう。だからもし彼がこのことを知ればきっと傷付く。父を恥に思い、テレジアの為に憤るだろう。もしそんなことになれば。彼の立場は無くなってしまう。言えない。知られてはいけない。ああでも。側にいて守って欲しいのはあなただけなの。クライヴ。
いつしか涙が溢れ、テレジアは顔を覆った。
それからもクラークがテレジアの自室に押し掛け、その度にベントリーが手を回し、カシアが駆け付けるということが何度も続いた。二ヶ月ほど続いたそれは、唐突に終わりを告げる。
カシアから急遽、王都のタウンハウスへ行くよう、告げられたのだった。
37
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる