【完結】R-15 私はお兄様を愛している《Spin-Off》〜あのときは、これからも〜

遥瀬 ひな

文字の大きさ
上 下
40 / 62
Clive and Elliot you treasures from Theresa・Argan

当惑

しおりを挟む
 わたくしは現実がどう言うものか、分かっていなかったのだわ。

 テレジアは、そっと窓から外を眺めた。見慣れた景色、アーガン伯爵領。遠くに見える大きくて鬱蒼とした森。小さいけれど平和で安全な領都。騎士たちが騒々しく出入りする騎士団棟と演習場。

 何も変わらない、あの夏の前に戻っただけの日常。

 しかし一つだけ、変化はあった。大きく膨らみ、張り出した腹。華奢なテレジアに後から取り付けたような丸く大きなそれはクライヴと愛し合い、授かった子がいる証だった。

 揺り椅子を動かしながら、撫でてみる。

 クライヴと二人、籠りきりで愛し合ったあの夏。二ヶ月半が過ぎた頃、テレジアの懐妊が分かった。二人で手を取り合い、喜んだ。愛しい人と愛しい我が子。幸せを噛み締め、寄り添い合った。クライヴはテレジアを抱いて歩き、座る時は膝に乗せ、食事の時は自ら食べさせた。常に尽くしたがるクライヴは湯浴みも変わらず付きっきりで、テレジアはすっかり、そんな生活に慣れきってしまっていた。

 移動しても問題ないと医師に診断され、アーガン伯爵領へと戻る馬車の中でも気持ちは浮き足だっていた。対してクライヴは領地へ近づくに連れ、少しずつ口数が減りテレジアからますます離れようとはしなくなった。

 そうして帰ってきたアーガン伯爵領では、懐妊したテレジアをカシアたちが暖かく迎えてくれた。だから、夢が覚めたと思わなかったのだ。クライヴとは会えなくなると、分かっていたのに解っていなかった。

 自室に通され、湯浴みをしようとしてクライヴを探した。しかし、そっと手を握り付き添うのは彼ではなく侍女たちだった。

 戸惑いながらも済ませると専属医師の診察を受け、許可が出るまで閨は控えるようにと言われた。それからは自室や庭、食堂くらいしか出歩いていない。日に日に大きくなっていく腹を見つめ、隣に視線をやる。どこに行くにも抱き上げ、膝に乗せてくれた愛する人はどこにもいない。

 領邸を出て、騎士団棟へ行けば会えるのだ。でも、そんなことは許されない。だってこの腹にいる子はクリスの子だと思われている。夫の異母弟に親しげにするなど出来ない。

 わたくし、これまでどうやってクライヴに会えない時間を過ごしていたのかしら。

 彼を想い、泣くことすら出来ない。常に侍女が控えていて、名を口にすることすら叶わない。

 同日に戻ったクリスは相変わらずテレジアに関心はなく、保養地へ行く前となんら変わりなく過ごしていた。子を設けて帰ってきたのだから、少しは夫婦の仲が改善されたのだろうと考えていた使用人たちの予想は外れ、困ったような不思議がるような雰囲気を感じた。

 居心地が悪く、居た堪れない。

 クライヴは、どうしているのかしら。あなたも、わたくしを想ってくれている?

 もうすぐ、クラークが王都から帰ってくる。テレジアの懐妊を喜んでいるらしいが、両親を脅して無理矢理クリスとの婚約を結び、子が出来ないからと息子の代わりに孕まそうとしてくる舅など。会いたくもない。

 頭を振り、負の感情を追い払うと腹を撫でる。

 お前は元気に産まれて来るだけでいいわ。母様が、守るからね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...