【完結】R-15 私はお兄様を愛している《Spin-Off》〜あのときは、これからも〜

遥瀬 ひな

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what I should love and protect from Cassia・Argan

心願

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「旦那様、息が苦しくはありませんか?」
「いや?何故だ?」
「いえ、ワインを飲み過ぎになられたのではないかと。」
「?おかしなことを言うな。」

 二人向かい合い、船に座る。こんな風に過ごすのは初めてだった。

「話とは何だ。わざわざ船に乗ってまですることか?」
「聞かれたくない話をするには、うってつけかと思いましたの。」
「?」
「旦那様、息子の嫁を孕まそうとするのは何故ですか?」
「!」
「孫ほども歳の違う嫁を。鬼畜の所業ですわね。」
「……お前が。お前が産めなかった銀髪金瞳を産んだのはテレジアだ。また孕れば銀髪金瞳を産むかもしれん。クリスがやらないから私がやるのだ。それのどこが悪い。」
「悪いところしかございませんわ。旦那様は舅であって、夫ではないでしょう?」
「……瑣末なことを。」
「瑣末、ねぇ。ふふふ。ほら、女を見縊るから、そうなるのです。」

 カシアはにっこり笑って扇でクラークの喉元を指した。怪訝な顔をしたクラークは、次第に喘ぐような息を吐き出す。

「ふふふ。やっと効いてきましたか?やはり騎士は体力がありますのね。体格も大柄ですし。念の為、多めにしておいて良かったですわ。」
「カ、シア。おま、え。」
「実はワインと相性の悪い薬草がありまして。それだけなら風邪によく効くのですが、飲み合わせると、毒になるのです。」
 あまり知られてはおりませんが、と肩を竦める。

「……ガッ。」
「時間と共に、触れた粘膜が腫れるのです。息が出来なくなってきましたか?」

 楽しそうにカシアが笑い声を上げる。岸からは遠く、クラークが悶え苦しむ様は分からない。

「貴方は生きている限り、テレジアに無体を働こうとするでしょう?汚らわしい貴方は、わたくしが一緒に連れて行くことにしましたの。」

 そう言って、微笑む。

「わたくしが飲んだ薬草は強い眠気を誘いますの。そろそろ……効いてくるかと。あとは。」

 そう言って、そっと船底に踵を掛ける。何度か揺り動かすと、めきりと音を立て船が傾いだ。

「気付かれないよう準備するには骨が折れましたわ。外側に細工しましたのよ。内側だと護衛たちが隈なく調べてしまいますから。」
「しょ、うき、か。」
「この上なく。」

 カシアは、ゆったりと縁に肘をかけた。ますます船が傾ぐ。

「わたくしと旦那様は毒で心中したことに致します。ベントリーに遺書を渡しておきました。当主夫妻の服毒自殺。こんな醜聞は晒せませんわね。きっとクリスが揉み消すでしょう。」
「グッ。」
「さぁ旦那様。終わりに致しましょう。」

 ゆっくりと船が沈み始める。岸では護衛たちが声を上げていた。水深が深く、近寄れないはず。視線を向けると、ペイジーが真っ青な顔でこちらを見ていた。

 ごめんね、ペイジー。

 クラークに盛った薬草も。カシアが飲んだ薬草も。どちらもペイジーには知られないよう自分でピアーズ伯爵家の領地から取り寄せた。だが、彼女ならカシアが何をしたのか気付くだろう。船への細工も、乗るのはクラークだけ、ちょっと脅かすだけよと嘘を付いて止めるペイジーを笑いながら宥めた。

 そうして川縁でクラークと二人最後の食事をした後、ペイジーに片付けさせ、目が離れた隙にクラークと共に船へと乗り込んだのだ。

 ペイジーの瞳から涙がこぼれ落ちる。襲いくる強い眠気に必死で抗い精一杯、笑った。わたくしの笑顔を覚えていて、ペイジー。あなたがいてくれたから、幸せだったと、そう胸を張って言える。これは、わたくしが選んで決めたこと。だから、誰のせいでもないわ。

 姉で。妹で。親友で。
 大切な、もう一人の家族。

 愛してるわ、ペイジー。どうか、幸せに。
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