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my lord from Emma

出立

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 アーガン伯爵家当主夫妻クラーク・アーガンとカシア・アーガンが亡くなって十年余り経った冬。エリオットは三ヶ月後の貴族学園入学の為、王都のタウンハウスへ向けて領邸を発とうとしていた。

 幼い頃から騎士として研鑽を積み、10歳から領地経営に携わってきたエリオットはアーガン伯爵領の領民全てから崇拝され、慕われる次期当主となっていた。

 立派に育ったエリオットを見て、エマは知らず胸を熱くした。誇らしい気持ちが溢れる。きっとテレジア様も、今のエリオット様を見れば同じように誇らしく思ってくださるだろう。エマはカシアが亡くなった後、王都に向かっていた往路を引き返し葬儀に参列したテレジアとの邂逅を思い出していた。

「エマ……。わたくしはこのまま、タウンハウスに居を移すわ。」
「テレジア様……それでは、エリオット様も一緒に?」
「いいえ。」

 緩く頭を振ると続ける。

「エリオットはいずれアーガン伯爵家当主となり、私設騎士団を率いることになるわ。その為には後継者教育を受け、騎士として鍛われないといけないの……どれもタウンハウスに居ては、学べないでしょう?」
「ならば……テレジア様がこちらにいらしては……。」
「わたくしには、やることがあるの。王都で。」
 そう言って、自嘲気味にテレジアは微笑んだ。

「わたくしの、我儘よ。」

 一介の使用人、しかも今となっては平民の乳母にこれ以上何が言えるだろう。エマは黙って俯いた。

「エマ、この前エリオットに渡したペリドット。あなたが持っているわよね?」
「はい。」
「あの子が剣を持つようになったら。その時はポンメルに使ってもらえるかしら?」
「畏まりました。」
「わたくしからだとは、言わないでちょうだい。」
「ですが。テレジア様からだと知れば、きっとお喜びになられるかと。」
「いいの。お願い。」
「……はい。」


「……マ?エマ?」
「はい!」
 ぼんやりしていると、エリオットが訝しげに瞳を細め覗き込んできた。

「体調でも悪いのか?」
「いえ、問題ございません。」
「そうか。」
「はい。エリオット様、お気をつけて。」
「ああ。」

 言葉少なに返し、馬車に乗り込む。その後ろ姿を見送った。あれからテレジアは何度かエリオットに王都へ出てくるよう手紙を寄越していた。しかしエリオットは5歳のあの日から女性を毛嫌いするようになり、領地から出ようとはしなくなっていた。母親であるテレジアも例外ではなく、むしろ今まで交流がなかった分どう接して良いのか分からず避けている節があった。今回王都のタウンハウスに三年間滞在する間、その溝が僅かなりにでも埋まると良いのだけれどと見送りながらエマは思った。
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