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dazzling you, Bulk from Olivier・Wise
笑顔
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それはオリヴィエが貴族学園に入学し、半年経った初秋の昼下がり。
王都の下町と貴族街の間にある王都中央広場で、オリヴィエは姉イザベラから衆人環視の元、声高に罵倒されていた。家族に疎まれ、顔を合わせれば舌打ちされ、小突き回される日々には慣れていたが、流石に街中では恥ずかしくて居た堪れない。しかもイザベラの声は悲鳴のようで、けたたましく周囲に響き渡っていた。
「まったく!お前ときたら!なんでそんなに気が利かないのよ!」
「……申し訳ありません。」
「使えないわね!」
オリヴィエが刺繍したハンカチを握りしめ、これでは夫の母への贈り物に使えないとイザベラが憤る。しかしそもそも、自分が刺したと嘘をつこうとすること自体おかしいのだ。だがこれ以上怒鳴りつけられるのは耐えられない。俯いて謝罪を口にした。
「申し訳ございません、お姉様。」
「はぁ?お前を妹だと思ったことは一度もないわ!何度言えば、その頭に染み込むのかしら?!」
言い捨てて頬にパシリとハンカチが叩きつけられた。立ち尽くすオリヴィエの足元にポトリと力なく落ちる。
「もういいわ。お前ここからは歩いて帰りなさい。」
「え?」
「当然でしょう?わたくしをこんなに怒らせて。顔も見たくないわ。」
言い捨てると踵を返し去っていく。オリヴィエは慌てて追い縋った。こんな所に一人置いて行かれたら、と恐怖に身が竦む。無理矢理寮から連れ出された為、貴族学園の制服のままなのだ。こんな格好で一人彷徨いていたら絶対危ない目に遭ってしまう。
「ま、待ってください。イザベラ様。」
姉とは呼ぶなと言われたばかりで仕方なく名を呼ぶ。しかしイザベラはそのまま目の前の馬車に乗り込むと、チラリと振り返ることもなく走り去ってしまった。
「そんな……。」
ふらふらと歩き、大きな噴水の近くにあるベンチへ向かうと腰掛けた。置き去りなんて初めてで頭が真っ白になっていく。不安で胸が苦しく、俯き必死になって涙を堪えた。
「おーい。」
ふと、頭上から声が降ってきた。のろのろと顔を上げると逆光で顔は分からないが、がっしりとした体躯の若い男性が目の前に立っていた。
「これ、落ちてたぞ。」
にゅっと差し出されたのは、イザベラに叩きつけられたハンカチだった。
「お嬢さんのだろ?」
「……はい。ありがとう、ございます。」
「これ、どこのハンカチ?」
「え?」
「いやぁ。見事な刺繍だからさ。どこの店のか気になって。」
「……いえ……これは私が。」
「え?!これ、自分で刺したの?!本当に?すごいなぁ!」
手放しに褒められて、ぽかんとする。
男性が陽に透かしてハンカチを見ようと動いたせいか、暗く影を落としていた顔が見えた。明るく軽い口調に反して強面で、一見すると怖く見える。でも陽の光を浴びて浮かべる屈託ない笑顔は、何故かオリヴィエの胸を高鳴らせた。かあぁっと頬に熱が上る。
「なぁ、良かったらさ。このハンカチ売ってくれない?」
「う、売る?」
「ああ。どう?」
「そんな。売るなんて。それに汚れていますし。」
「そんなの洗えばいいだろ?」
「でも。」
「あ、もしかして誰かに贈るつもりだった?」
「いえ、それはありません。」
何故か勘違いして欲しくなくて、ぶんぶんと首を振る。
「だったらさ、頼むよ。」
にかっと笑いながら拝むように片手を上げて覗き込まれた。勢いに飲まれ、頷いてしまう。
「あんがとな!」
そう言って懐から金貨を1枚取り出すと、オリヴィエに差し出す。
「そんな!こんなに貰えません!」
「いやいや。これ、投資だから。」
「投資?」
「そ。俺はカーリア商会のバルク。商人やってる。なぁ、【華】って知ってるか?」
それはオリヴィエが憧れてやまない、カーリア商会専属の刺繍作家たちのことだった。
「はい……。知っています。」
「お嬢さんさ、目指してみない?華。」
ごくり、と唾を飲み込む。
「とは言っても、担当は会頭だから。そっちのお眼鏡に叶わないといけないんだけどね。興味あるなら今からどう?」
「いま、か、ら。」
「そ。ああ、帰りは心配しなくても馬車で送るから。」
そう言ってオリヴィエに声をかけてくれたのが、バルクだった。
王都の下町と貴族街の間にある王都中央広場で、オリヴィエは姉イザベラから衆人環視の元、声高に罵倒されていた。家族に疎まれ、顔を合わせれば舌打ちされ、小突き回される日々には慣れていたが、流石に街中では恥ずかしくて居た堪れない。しかもイザベラの声は悲鳴のようで、けたたましく周囲に響き渡っていた。
「まったく!お前ときたら!なんでそんなに気が利かないのよ!」
「……申し訳ありません。」
「使えないわね!」
オリヴィエが刺繍したハンカチを握りしめ、これでは夫の母への贈り物に使えないとイザベラが憤る。しかしそもそも、自分が刺したと嘘をつこうとすること自体おかしいのだ。だがこれ以上怒鳴りつけられるのは耐えられない。俯いて謝罪を口にした。
「申し訳ございません、お姉様。」
「はぁ?お前を妹だと思ったことは一度もないわ!何度言えば、その頭に染み込むのかしら?!」
言い捨てて頬にパシリとハンカチが叩きつけられた。立ち尽くすオリヴィエの足元にポトリと力なく落ちる。
「もういいわ。お前ここからは歩いて帰りなさい。」
「え?」
「当然でしょう?わたくしをこんなに怒らせて。顔も見たくないわ。」
言い捨てると踵を返し去っていく。オリヴィエは慌てて追い縋った。こんな所に一人置いて行かれたら、と恐怖に身が竦む。無理矢理寮から連れ出された為、貴族学園の制服のままなのだ。こんな格好で一人彷徨いていたら絶対危ない目に遭ってしまう。
「ま、待ってください。イザベラ様。」
姉とは呼ぶなと言われたばかりで仕方なく名を呼ぶ。しかしイザベラはそのまま目の前の馬車に乗り込むと、チラリと振り返ることもなく走り去ってしまった。
「そんな……。」
ふらふらと歩き、大きな噴水の近くにあるベンチへ向かうと腰掛けた。置き去りなんて初めてで頭が真っ白になっていく。不安で胸が苦しく、俯き必死になって涙を堪えた。
「おーい。」
ふと、頭上から声が降ってきた。のろのろと顔を上げると逆光で顔は分からないが、がっしりとした体躯の若い男性が目の前に立っていた。
「これ、落ちてたぞ。」
にゅっと差し出されたのは、イザベラに叩きつけられたハンカチだった。
「お嬢さんのだろ?」
「……はい。ありがとう、ございます。」
「これ、どこのハンカチ?」
「え?」
「いやぁ。見事な刺繍だからさ。どこの店のか気になって。」
「……いえ……これは私が。」
「え?!これ、自分で刺したの?!本当に?すごいなぁ!」
手放しに褒められて、ぽかんとする。
男性が陽に透かしてハンカチを見ようと動いたせいか、暗く影を落としていた顔が見えた。明るく軽い口調に反して強面で、一見すると怖く見える。でも陽の光を浴びて浮かべる屈託ない笑顔は、何故かオリヴィエの胸を高鳴らせた。かあぁっと頬に熱が上る。
「なぁ、良かったらさ。このハンカチ売ってくれない?」
「う、売る?」
「ああ。どう?」
「そんな。売るなんて。それに汚れていますし。」
「そんなの洗えばいいだろ?」
「でも。」
「あ、もしかして誰かに贈るつもりだった?」
「いえ、それはありません。」
何故か勘違いして欲しくなくて、ぶんぶんと首を振る。
「だったらさ、頼むよ。」
にかっと笑いながら拝むように片手を上げて覗き込まれた。勢いに飲まれ、頷いてしまう。
「あんがとな!」
そう言って懐から金貨を1枚取り出すと、オリヴィエに差し出す。
「そんな!こんなに貰えません!」
「いやいや。これ、投資だから。」
「投資?」
「そ。俺はカーリア商会のバルク。商人やってる。なぁ、【華】って知ってるか?」
それはオリヴィエが憧れてやまない、カーリア商会専属の刺繍作家たちのことだった。
「はい……。知っています。」
「お嬢さんさ、目指してみない?華。」
ごくり、と唾を飲み込む。
「とは言っても、担当は会頭だから。そっちのお眼鏡に叶わないといけないんだけどね。興味あるなら今からどう?」
「いま、か、ら。」
「そ。ああ、帰りは心配しなくても馬車で送るから。」
そう言ってオリヴィエに声をかけてくれたのが、バルクだった。
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