【完結】R-15 私はお兄様を愛している《Spin-Off》〜あのときは、これからも〜

遥瀬 ひな

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first generation Philip・Argan

叙爵

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「ただいまより叙爵式を執り行う。フィリップ・アーガン伯爵。前へ。」

 朗々とした声に背中を押され、フィリップは赤い絨毯を踏みしめながら前へと進み出た。玉座の前で立ち止まると浅く俯き跪く。片膝を立て、右拳を軽く握ってから左胸に押し当てた。そのまま、声が掛かるのを待つ。

「此度の働き、誠に大義である。数々の戦場で戦果を挙げ、遂には単騎で敵将を討ち取り長き戦を終結へと導いた功績は殊の外大きい。よって姓をアーガンとし、伯爵位を授ける。今後シーヴァス王国の盾として、辺境の地を治めるように。」
「有難き幸せ。」

 言葉短く答えるフィリップ。余計なことは一切口にせず、そのまま戦勝を祝う夜会に参加すると、それなりに顔を売ってから夜会場を後にした。参加者には戦死した家門から招かれた者たちもいる。つまり、会いたくない人がいるのだ。

「フィリップ。」

 今まで、一度として名を呼んだことなどなかった女が声を掛けてきた。いたことには気付いていたので驚きはしない。周囲に人がいないことを確かめると、ゆっくりと振り向いた。

 眩い照明を背に、窶れた女が縋るようにこちらを見ていた。黒に近い緑の髪と同じ色の瞳。フィリップの母だった女。

「……どちら様でしょうか。」
「そんな。嘘でしょう?分からないなんて。そんなこと言わないわよね?」

 戦場で父も長兄も次兄も死に、ベリベル子爵家を継ぐものはフィリップしかいなかった。しかしずっと疎まれ、憎まれ、無視されてきたのだ。馬も与えられず、前線に送り出された時フィリップは全てを棄てることを決めた。ただの平民フィリップとなり、武功を挙げて生きていくと決めたのだ。

 シーヴァス王国では長きに亘る戦で、当主や後継が亡くなった家門も多く、貴族家が軒並み減っていた。そういった状況から武功を挙げた平民を叙爵し貴族にすることがあったのだ。そこに一縷の望みをかけた。そうして手に入れた爵位と領地と褒賞金。今更ベリベル子爵家とは関わりたくもない。

「ねぇ。フィリップ。私よ。」
「生憎存じ上げません。どなたかと間違われているのでは。」
「息子を間違えるはずないでしょう?」

 こうやって縋ってくるのは夜会のあと、当主や後継がいない家門は爵位も領地も王家へ返還することが決まっているからだ。代わりに与えられるのは僅かばかりの慰労金。今や母にとって伯爵位を賜り、領地を拝領し、褒賞金を与えられたフィリップだけが頼みの綱なのだ。

「私には父も母も。兄弟すらおりません。天涯孤独の元平民です。」

 言い捨てて、そのまま馬車寄せへと向かう。今日は王家から手配された馬車で王都のホテルへ向かい泊まるのだ。明朝、ルブルの待つ森へと発つ。

 不貞を疑われ、原因となった自分を憎むことでしか居場所がなかったのだろう。しかしそれは母の都合であってフィリップには預かり知らぬこと。選んでこの色に産まれたわけでなし。自分にはどうしようもないことでずっと不当に扱われてきた過去は消えない。いまさら、縋られても。もうお互い歩み寄る時期はとうに過ぎたのだ。

 背後で女が啜り泣く。しかしフィリップは歩みを止めなかった。
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