金色のネコと初恋修行!

皐月もも

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Act.13-2 ご機嫌斜めなオトコ

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「――っ」
「あらまぁ」
「なるほど」

 テオは真っ赤になって視線を逸らし、大人な2人はクスクスと笑っている。

「もう、バカジュスト!」
「あ、ルーチェ!」

 ルーチェはジュストの足を思いきり踏みつけてジュストの拘束から抜け出した。そのまま一目散に会場を出て、廊下を走った。
 角を曲がったところで壁に背をついて、大きく息を吐く。廊下は会場と違って寒くて、火照った身体を冷ましてくれた。
 少し落ち着こう。振り回されたらダメだ。

「もう……っ」

 1人呟きながら、ルーチェは髪の毛を乱暴に梳いて、再び耳元を隠した。
 だが、ふと……先ほどジュストの指が触れた印に触れてみる。そんなはずはないのに、そこだけ温度が高い気がして……それを意識した途端、また心臓が騒ぎ始めた。
 あの日、試験から帰った日に初めてつけられたキスマークは、毎日のように上書きされて消えることがない。
 ルーチェが逃げることを理解しているジュストは、ルーチェが起きる前に人間の姿になって印をつけているのだ。

「はぁ……」

 しばらくそのまま壁に寄りかかり、なんとか呼吸を整えたルーチェは、まだ少し速めのビートを刻む心臓を押さえながら来た道を引き返し始めた。
 冷静に――そう、何度も自分に言い聞かせながら会場へ戻ると、先ほどまでジュストとルーチェがいた辺りに人だかりができていた。
 色とりどりのドレスに囲まれて、ジュストはニコニコしている。
 ルーチェは無意識に心臓の辺りの布をギュッと掴んでいた。
 苦しい。温度差の激しい場所を行き来したせいだろうか。

「あ、ルーチェ、戻ってきたのね?」

 挨拶回りを済ませたらしいデボラが、入り口近くに立ち尽くすルーチェに気づいて近寄ってきた。少し俯き加減のルーチェの顔を覗きこんで、フッと笑う。

「浮気、されちゃうわよ? 貴女は印つけてないんでしょう?」
「……っ。ジュストは、そんなんじゃ……」

 軽く笑おうとしたけれど、うまく出来なくて、ルーチェは女の子たちとその中心にいるジュストを視界から外した。
 ジュストは、外の世界を知らなくてはいけない。
 人間として生きるために必要なことだ。
 人と関わりを持って、ルーチェ以外の女の子と恋に落ちて……それが、自然なこと。

「ジュストは婿だなんて言うけど、わ、たし……ジュストのお姉さんみたいなもので、ジュストはただ懐いてくれてるだけで」

 自分で言いながら、どんどん締め付けられるように胸が痛くなった。
 わかっていると……思っていたのに。

「そうかしら?」

 デボラが真剣な声を出し、ルーチェは顔を上げて彼女を見つめた。

「確かに、少し幼いところがあるみたいだけど……でも、ジュストくんはちゃんと男の人の目をしていたわ」

 男の人の目――ルーチェを見つめる琥珀色の瞳。
 いつもは色々なことに目を向けて、好奇心旺盛で、でも……ルーチェを見つめるときに、たまに見せる熱を秘めたような揺れる色。
 それが、オトコだというのなら……

「テオのこと、あんなに威嚇して……独占欲が強いのね。うちの旦那様は、のんびりしているから……ちょっとだけ、羨ましいかも」

 ふふっと笑って、デボラはルーチェの頭を撫でた。

「それに、ルーチェ。貴女もそんなにつらそうな顔をして……それ、嫉妬っていうのよ? どう見てもお姉さんでいいって表情じゃないしね」

 ドクン、と。
 今まで目を背けていたことを指摘されて、ルーチェの鼓動が一際大きく音を立てた。
 嫉妬。ヤキモチ。その、意味は――

「あ、ほら。貴女のお婿さん、迎えにくるわよ。それじゃあ、またね?」

 デボラは最後に「素直になるのよ」と言い残して旦那さんの方へと歩いて行ってしまった。

「ルーチェ!」

 それと入れ替わりに、ジュストがルーチェに向かって駆けて来る。
 その手には何やら紙束が握られていて、ルーチェの視線に気づいたジュストはその中の1枚を広げて見せた。

「見てよ。皆がルーチェの好きなもの、いっぱい教えてくれたの。ご飯とか、お菓子とか、いっぱい作ってあげるからね?」

 その紙には、ジュストの筆跡でルーチェがよくカフェテリアで食べていた物が書かれていた。
 こんなにもルーチェのことを考えて、ルーチェを喜ばせようとして、好きだと屈託なく笑ってくれる。
 そう思ったら、さっきまで苦しくて仕方なかった気持ちがスッと軽くなって、嬉しくなった。
 ルーチェはふらりと、何かに引き寄せられるみたいにジュストへ一歩近づいた。

「ルーチェ?」

 ジュストは不思議そうな表情で、ルーチェを見つめていた。
 近づきたい。
 触れたい――ゆっくりと手を伸ばしたら、ジュストはその手を取ってくれる。

「ルーチェ、帰る? 僕、料理の材料を買い物して帰りたい」
「……うん」

 ルーチェが頷くと、ジュストはニコッと笑ってルーチェの手を引いて歩き出した。受付でコートを受け取って、外へと出る。

「僕、ルーチェがワッフル好きだって初めて知ったよ」
「…………うん」

 歩きながら、ジュストは何かと話しかけてくれて。
 それはいつものことなのに、ルーチェはくすぐったくて、嬉しかった。

「ねぇ、ルーチェ。デボラ先生がね、恋人はいっぱい相手のことを知って、それから婿と嫁になるんだって教えてくれたの」

 そう言って、ジュストはルーチェの手を握る手に力を込めた。
 その温度は優しくて、温かい。

「もっと、ルーチェのこと知りたい。僕のことも教えてあげるから。いいでしょ?」

 ルーチェのことも、それ以外のことも、もっと、いろいろなことを知ったら?
 それでも、ジュストはルーチェを好きでいてくれるのだろうか。
 突然、歩みを止めたルーチェをジュストが振り返る。
 冷たい風が吹いて、2人の繋いだ手が温かいことを教えてくれる。鼻の奥がツンとするのは、風のせい?

「ルーチェ? ダメだった? 僕、また間違ったの?」
「……っ」

 ルーチェは言葉が出てこなくて、首を横に振った。

「でも、ルーチェ……泣いてる…………」

 また、だ。泣くつもりなんてないのに、涙が止まらない。
 でも、今は理由がハッキリとわかる。
 ジュストが離れていくのは嫌だ。ジュストが「好き」の意味に気づいたとき、隣にいられないことを考えたら苦しいのだ。
 だから、違うと言い聞かせていたのに。こんな片想いが、初めての恋だなんて思わなかった。

「ルーチェ、泣かないで?」

 ジュストは優しくルーチェを引き寄せる。
 こんな風に触れられたら、期待してしまう。ジュストの好きはルーチェと同じかも、と。
 ルーチェはジュストの背中に手を回し、胸に顔を埋めて静かに涙を流した。

「ルーチェ?」
「ジュストっ……」

 ああ、ルーチェは、ジュストのことが好きだ――
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