金色のネコと初恋修行!

皐月もも

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Act.8-2 ご機嫌斜めなネコ、オトコ?

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 ――なぜ?

「まぁ、それは大変だったわね。じゃあ、ジュストくんはこのままここで暮らすでしょう?」
「うん。僕、ルーチェのところにいる」

 ブリジッタがニコニコと――いや、デレデレと――しながらジュストに食後のデザートを出し、ジュストはパッと顔を輝かせてフォークを手に取る。
 ちなみに今日はチーズケーキだ。

「じゃあ、ネコに戻ってもジュストって呼んだ方がいいんだ?」
「うん。僕、オロって名前じゃない」

 アリーチェが緩んだ顔で――デレデレと――ジュストがチーズケーキを頬張る様子を見つめていて。

「ジュスト、ルーチェの婿に来るか? アリーチェでもいいぞ」
「ムコって何? 僕、ルーチェがいい」

 グラートも満面の笑みで――つまり、こちらもデレデレと――ジュストに質問攻めだ。
 ジュストはそれぞれの質問に答えながらもチーズケーキから目を離すことなく、瞬く間にお皿は綺麗になった。
 ……おかしい。
 つい昨日まで、ルーチェのことを疲れておかしくなったのではないかとまで言っていた人たちのはずなのに。
 おかしい。
 アリーチェがブリジッタとグラートにジュストのことを報告してしまったため、ルーチェは諦めて彼をリビングへ連れて行った。
 どうせ、ジュストが完全に人間に戻ったら隠すこともできなくなるだろうと諦めに似た気分ですべてを話したのだ。
 家族3人は、なぜかジュストの登場に浮かれている。
 ブリジッタやアリーチェはバラルディ家のアイドルに完全にノックアウトされ、グラートも「俺は息子が欲しかったんだよ」などと言い出す始末。
 ルーチェは思いきりチーズケーキにフォークを突き刺した。一口に食べてしまうには少し大きな塊を口の中に押し込んで、席を立つ。
 一体何だというのだ。
 ジュストと出会ったのも、ジュストについて調べたのも、ジュストが短時間でも人間に戻れるようにしたのも、全部ルーチェなのに。
 ルーチェの言うことなど全く信じてくれなかった家族は、ジュストの言うことはホイホイ聞いて!
 ルーチェが席を立ったことにも気づかずに盛り上がる3人を見て、ルーチェはもやもやとした気持ちになった。
 その中で、ジュストだけはルーチェを琥珀色の瞳に映していて、首を傾げる。

「ルーチェ、部屋に戻るの? 僕も行――」
「ジュストはお母さんたちにチヤホヤされてればいいわよ!」

 思いきりそう言って、ふんっと顔を背けてリビングを出て行く。
 イライラする!
 ルーチェは頭から火が出ているのではないかと思うほどにカッカしながら部屋に戻った。
 もうすぐテオが薬を受け取りにやってくる。引き出しから薬を取り出して、またドアへ向かおうとするとジュストが入ってきた。

「ルーチェ 、どうして置いてくの? 僕――」

 甘えたように近寄ってきたジュストの雰囲気が少し変わる。ルーチェはその視線が手元に注がれていることに気づいて、それをスカートのポケットに入れた。
 そのまま無言でジュストの横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれてしまう。

「ちょっと! もうすぐテオが――」
「ダメ!」

 ジュストが大きな声を出してルーチェは思わずビクッとしてしまった。

「テオに会ったりしないで! テオのお願いを聞いたりしないで! 僕、嫌だ!」
「な、に……言ってるのよ! 訳わかんない!」

 確かに惚れ薬のことは断り損ねたけれど、テオは同級生でお互い何かあったら助け合うことは普通だ。
 それに、ジュストがテオを嫌っているからといってルーチェまで身の振舞い方を強制される筋合いはない。

「子供みたいなこと言わないで」
「ねぇ、どうしてイジワルするの? 僕のことが好きだったら、優しくしてよ。僕、イジワルは嫌だよ」

 イジワルするな、好き、優しくして……

「もう!!」

 ルーチェは先ほどからイライラしていたせいもあって、乱暴にジュストの手を払った。

「優しくしてほしいなら、してくれる人のところへ行けばいいでしょ!」

 ジュストに負けないくらいの大きな声で言い捨て、駆け足で階段を下りた。
 玄関を出て、息を整えようと呼吸をしているとパタパタと足音が近づいてくる。

「ルーチェ。悪い、なんだか急いでるみたいだけど都合悪かった?」

 どうやらすでに近くまで歩いて来ていたテオは、勢い良く出てきたルーチェを見つけて走ってきてくれたらしい。

「ううん。違う……はい、これ」

 ルーチェは首を振ってポケットから小瓶を出してテオの手に乗せた。

「これ? やっぱり、俺は薬の調合がうまくないんだな。色が全然違う」

 苦笑いをしたテオは「ありがとな」とお礼を言う。

「でも、効くかはわからないよ」
「うん。なぁ、ルーチェ」

 少し真剣になったテオの声。ルーチェは彼としっかり視線を合わせた。

「ん。何?」
「お前は……好きな奴、いないの?」
「え……?」

 突然の質問。ルーチェは速い鼓動を抑えるように胸に手を当てた。
 どうして――?
 違う。
 鼓動が速いのは、階段を駆け下りたせいだ。階段を駆け下りなくてはいけなかったのは、ジュストが子供みたいなことを言ったせいだ。
 だから、ジュストの顔が浮かんだ。ただ、それだけ……

「こんな薬に頼って、バカだって思うだろ」
「そ、れは……」

 話を聞いたときはそう思ったけれど。

「でも、好きなんでしょ? うまく気持ちが伝わらなくて、薬に頼りたくなるくらい、好きなんでしょ?」

 それだけ真剣な想いなのかな、と……惚れ薬を作りながら思い直したことも事実だった。詳しい事情を知らないルーチェに、頭ごなしに馬鹿にする権利はない。

「ああ。でもさ、薬はずるいだろ? だからもう1回……やっぱり、ちゃんと言おうかと思って」
「そうなんだ」

「好き」という言葉は、年齢を重ねるごとに比例するように重さを増していって……伝えるのが難しい。
 だから、ジュストの「好き」はルーチェを戸惑わせる。彼のそれはどれくらいの重さなのだろう。

「ルーチェ」
「うん?」

 ああ、なんだか変だ。
 テオと話しているのに、どうして?

「俺が好きなのは、ル――」
「ルーチェは僕の!」

 どうして、ジュストが――

「へ!?」

 急に後ろへと引っ張られて、ルーチェは目を瞬かせた。次の瞬間には、ジュストがルーチェの肩から手を回してガバッと抱きついてくる。

「えっと……誰?」

 テオも驚いて目を見開いている。

「僕はジュスト。僕とルーチェはコイビトで、僕はムコにくるの」
「は……え!? 恋人? 婿!?」

 テオは更に目を大きくしてルーチェとジュストの顔を交互に見た。

「違っ! 違うの! テオ、ジュストは――」
「僕、君のこと嫌いだから!」

 ジュストはそう言ってルーチェに回した腕に力を込めた。

「ちょっと、ジュスト!」

 ジュストの言葉を否定しなくてはいけない。ジュストから離れなくてはいけない。けれど、そのどちらもジュストが許すことはなく、テオを睨み続ける。

「君はルーチェにイジワルされたことがある?」
「へ? イジワル……? ない……けど」

 困惑したようにテオが眉を顰める。

「ほら! ルーチェは君のこと嫌いなんだ! 僕にはいっぱいイジワルするんだから!」
「……う、ん……?」

 嬉しそうに声を弾ませるジュストと首を傾げるテオ。
 どうやら完全にジュストの中でイジワルが好きの基準になってしまっているらしい。

「ルーチェは僕のこと好きだし、僕の方が君よりルーチェのこと好きだよ。ルーチェのこと、取ったら許さない!」

 最後は噛み付くかのような勢いでテオに向かって叫び、ジュストは軽々とルーチェを抱きかかえて玄関のドアを閉めてしまった。

「ちょ、ちょっと! ジュスト、降ろしてよ」

 そう言いつつも、不安定な体勢が怖くてルーチェはジュストの首にしがみついた。
 すると、ジュストは先ほどテオと対峙していたときに悪かった機嫌もすっかり直った様子で、ウキウキしたオーラを出しながら階段を上がっていく。
 ルーチェ1人を軽々と運ぶ様子はやっぱりオトコ。それを意識した途端、ルーチェの体温が上がった気がした。

「ルーチェって、小さくて軽いんだね」
「そんなことない! お、降ろして!」

 ジュストの背中を叩いてみるが、降ろしてくれる気配はない。
 結局そのまま階段を上りきって、ルーチェの部屋に入った。
 それなのに、ジュストはルーチェを担いだままだ。

「それに……ルーチェ、ホントに柔らかい」
「へ、きゃ!? ちょ、ちょっと、どこ触って――や、やだっ!」

 ジュストはあろうことか抱えていたルーチェのお尻を撫で、更にもう片方の手で膝裏から太ももの感触を確かめるかの如く撫でる。
 別にいやらしい手つきではない……と思う。そもそもルーチェはいやらしい手つきで触られたこともないので比べられないが。
 ただ、恥ずかしくて、くすぐったくて。なんだかふわふわして、これ以上はダメな気がする。
 とにかく、何か危険だ!

「っ、ジュ――ぎゃっ!?」

 ドスッ
 内臓が一瞬浮いたような感覚と、そのすぐ後に膝が思いきり床と衝突した。咄嗟に手をついて顔を打つことは免れたが、かなり痛い。

「イタタタ……」

 ルーチェはそのまま冷たい床に蹲った。膝からジンジンと痺れが広がる。

「にゃうー……『ルーチェ、大丈夫?』」

 呻くルーチェのもとへ、ネコに戻ったジュストが寄って来て顔を覗き込む。

「大丈夫、に……見えるの?」

 なぜ、このタイミングでネコに戻ったのだ? いや、助かったのか?
 もうわからない!

「今、何時?」
『わかんない』

 そういえばジュストは時計も読めないのだ。
 ルーチェは床を這ってベッドによじ登り、目覚まし時計を確認する。2時半を少し過ぎたところ――薬の効果は2、3時間といったところか。

『あのね、ルーチェ。ムコってずっとルーチェと一緒にいられる人のことなんだって! だから僕、ムコになるよ』
「あ、そう……」

 ルーチェは大きくため息をついて枕に顔を埋めた。
 小さな男の子が「大きくなったらお母さんと結婚する」と言うのに似たものだと思おう。
 そうでなければ、やっていられない。
 そのうち、ジュストの「好き」の重さは誰か違う女の子に傾いていく。それと同時に彼の「好き」の天秤に乗ったルーチェも徐々に軽くなっていく。
 そうだ。そうなのだ。
 外見だけは年相応に成長しているジュストが言うせいで混乱していたけれど、それだってルーチェが意識し過ぎているだけだ。
 ジュストの好きは、本当の恋を見つけるまでの、短い重さ。そのことを考えると少し寂しい気もするけれど。

「お母さんって、こんな気持ちなのかも……」

 思わず笑ってしまうと、枕元にやってきたジュストが不思議そうにルーチェを見た。

『ルーチェ、嬉しいの?』
「ん……嬉しくて、寂しい、かな……」

 そう言ってジュストの頭を撫でてあげたら、ジュストは気持ち良さそうにルーチェの手に頬を摺り寄せた。
 もう少しだけ……こんな時間が続けばいいな、と思いながらルーチェはジュストを抱っこしてあげた。
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