金色のネコと初恋修行!

皐月もも

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Act.2-2 踊るネコ

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 翌日、午前中の研修を終えたルーチェはお気に入りの海岸へと足を運んだ。
 いつもは海岸を散歩するけれど、今日はできるだけ遠くまで見たくて高台にやってきた。
 景色を遮る物は何もない。ルーチェの目の前に広がるのは、水色からだんだんと深みを増していく青色。太陽の光を受けて輝く海は写真と同じように……

「グラデーション……」

 色を意識したことはあまりなかったように思う。ただ、水色に透き通る綺麗なものだと眺めるだけだった。
 ルーチェはマーレ王国の海しか見たことがないけれど、きっと世界にはもっとたくさんの青色が海を鮮やかに染めていることだろう。

「そっか。オロ、私に海を見せたかったんだね」

 だから昨日、写真集を持ち出したのだ。
 色の違いを教えるために。

「にゃぁん」
「え、待って、どこに行くの?」

 ルーチェの足をしっぽでひと撫でして走り出し、振り返りもせずに行くオロ。ルーチェは慌てて彼を追いかけた。
 転ばないように坂道を駆け下りて、海岸へ。砂浜に残った小さな足跡を辿っていくと、オロは波打ち際に座ってルーチェを待っていた。
 やっぱり、太陽の下だとオロは金色に見える。

「にゃぁん」

 オロはルーチェが追いつくと、海へ入っていく。

「え!? ちょ、ちょっと、オロってば!」

 まさか、海へ帰るつもりでは――一瞬、そんなことが頭をよぎって、ルーチェは考える間もなく靴を脱いだ。
 しかし、オロを捕まえるために水の中へ入ったものの、さすがに膝の辺りまで浸かったところで足を止める。
 オロは器用に泳いでプカプカとルーチェの視線の先に浮かんでいる。

「オロ! どこ行くの!?」

 まさか、本当に帰るのだろうか……?

「にゃぁん! にゃっ、にゃっ」

 ところが、オロはそれ以上泳ぐつもりはないらしく、今度はその場で前足をバタつかせ始めた。
 彼がバシバシと前足を掻く度に水しぶきがあがる。また踊っている、というか、何やら手招きをしているように見えなくもないが……

「無理だよ! 洋服が濡れちゃうじゃない」

 それに、まだ春になるかならないかの季節。昼間で気温はそれなりにあるけれど、海に入るような暑さではない。

「にゃん!」
「痛っ!? わわわっ――」

 オロが一際大きく鳴くと、ルーチェの膝下にビリビリッと電流が走った気がした。驚いたこともあって、バランスを崩したルーチェはそのまま豪快に倒れ込む。
 バシャッ――

「つ、つめた……何、今の?」

 濡れて肌に張り付いた髪をよけ、身体を起こす。
 明らかに普通の海ではあり得ないことが起こった気がする。だが、足を確認しても特に傷はない。足を攣った――というのもないだろう。

「にゃっ、にゃっ!」

 その声に視線を上げれば、相変わらずルーチェを手招きするオロ。
 ルーチェはそのままオロの方へと歩き出した。どうせ濡れてしまったのだから構わないだろう。すると、オロも更に遠くへと泳いでいく。

「オロ! 待って!」
「にゃん」

 これ以上進んだら戻れなくなってしまいそうだと思ったとき、オロが前進をやめた。ゆらり、ゆらりとオロの身体が波に揺られている。
 そうして、ルーチェのところまで流れてきたオロは、彼女の目の前で止まる。

「もう……オロ、今度は何がしたいの?」

 オロの謎の行動に、ルーチェは混乱するばかり。
 海を見せたがったり、海に入って流れたり……

「にゃ、にゃ」

 オロは前足をくねくねさせた後、また泳いでルーチェから距離を取った。昨日からよく踊っている……ようにしか見えないのだけれど。
 オロの伝えたいことをうまく理解できないルーチェのもとへ、オロが再び流れてくる。
 そして、今度はルーチェの背中側から肩にお腹を乗せた。前足で水を蹴って、ルーチェの頬に鼻をくっつけてゴロゴロと喉を鳴らす。

「……流れろ、ってこと?」

 ルーチェにも、オロと同じ事をやれというのだろうか。

「にゃー」

 ようやく言いたいことをルーチェに理解させたオロは、満足げに鳴いてルーチェの顔を舐めた。

「わかったわよ」

 おそらくオロは、ルーチェがやるまで帰らないだろう。
 ルーチェはゆっくりと前へ進み、少し足が浮くほどの深さの場所で力を抜いて流れに身を任せた。
 ゆったりと、波に揺られて目を閉じると……冷たい水が身体に染み渡るような気がした。心地よいリズムと波の優しい音。
 自分も海になったみたいに、そのメロディに自分の鼓動を合わせるように――…

「ああっ!」

 そうだ、ブリジッタの魔法治療はこんな感覚だった。チャクラの色は穏やかな海のように透き通り、波長は緩やかな波に揺られるのに似ていた。
 ルーチェは早速、チャクラを練り始めた。その色を浅瀬から沖へと変わる青色と重ね合わせようと努め、波の速さも様々に変えて放出していく。

「オロ! すごい!」
「にゃー」

 なんとなく、コツが掴めた気がする。後は、診療所の研修室でも鍛錬ができるだろう。

「これでお風呂掃除1週間は来週で終わるわ!」

 思えば、チャクラをうまく流せないせいで、この2ヶ月ずっとお風呂掃除をさせられていた。痛いからと嫌がるアリーチェを無理矢理鍛錬につき合わせていたので仕方ないと思っていたけれど。

「私に押し付けられなくなって、きっと残念に思う――」
「にゃ」

 バシッ、と叩かれてルーチェはムッと頬を膨らませる。せっかくいい気分だというのに、水を差すなんて!

「もう、オロ。叩かないでって、いっつも――って、あぁぁっ!?」
「にゃぁ」

 大きな声を出したルーチェを、オロが迷惑そうな顔で見る。いや、それどころではない。

「な、なんでこんなっ」

 海岸が遠いのだ? 答えはもちろん――

「流されてるじゃないのー!!」

***

 ――そして翌日。

「うーん……」

 額の冷たい感覚に、ルーチェはうっすらと目を開けた。
 少しだけ頭を持ち上げると、オロがルーチェの胸に乗って、銜えていたタオルを首に置いた。ひんやりとして気持ち良い。

「にゃー」

 オロはルーチェの枕元に丸まって、ルーチェの頬を舐めた。
 昨日、流されたルーチェは、帰りが遅いことを心配した両親に助けられた。かなり沖の方まで流されてしまっていたルーチェを見つけた彼らは、実の親といったところだろうか。
 何はともあれ無事に帰宅したはいいが、冷たい海に長い間揺られたせいで熱が出てしまった。しばらくしたら、アリーチェを学校に送り出したブリジッタが解熱の魔法を施しに来てくれるだろう。

「ねぇ、オロ……」
「にゃう?」

 なんだか聞きたいことがあったはずなのだけれど、頭がボーっとしてうまく考えられない。

「ねこ…………まほう、オロ……?」

 ああ、何を聞こうと思っていたのだろう。
 まとまらない思考と出てこない言葉。
 でも、1つだけ……伝えたいことがあって。

「あのね、オロ……ありがとう」

 また、助けてくれて。

「にゃー」

 それは、いつものYESとは響きが違ったように思えた。
「どういたしまして」と言ってくれた気がしたのだ―― 
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