風と階段

伊藤龍太郎

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とある年の1月20日。立澤大学の一般入試が行われた。「始め!」試験監督の掛け声と共に受験生が一斉に問題用紙を開いた。しかし、2秒ほど目をつぶっている女がいた。がいた。制服を着ているため現役生だろう。彼女はこころの中で「お兄ちゃん。私、頑張るからね。」と呟くとパッと目を開けて試験問題に取り組んだ。この女子高校生が彼女と兄となにをしていたのか。これから、この兄妹の挑戦の一部始終をお見せしよう。

「牧田!お前このまま過ごしてたら、目標の大学に行けないぞ!まだ一年あるから大丈夫と思っていたら痛い目に遭うぞ!」牧田という名の女子生徒が職員室の前で担任である北村と話していた。北村は上下黒のジャージ姿で黒縁の眼鏡をかけている体育教師で、周りの生徒からは「熱々メガネ」と呼ばれている。
「いいか。お前が目標としている立澤大学は全国的にも有名な難関校だ。」
牧田は肩を狭めて「はい。わかってます。」と今にも消えてしまいそうな声で答えた。「とにかく、気を引き締めて勉強に勤しめ!」先生はそう言うと踵を返して職員室に入っていった。その場に残った牧田は職員室の先生に聞こえないように小さくため息をついた。牧田は時間を確認しようとスマホの画面をチラッと見た。16:46と書いてある下に12月14日と書いてあった。牧田はあと一年あるじゃん。とため息をついた。
牧田はミディアムヘアが似合う今どきの高校生というような風貌だ。
「美奈、一緒に帰ろう~。」と声がした。美奈が振り向くとクラスメイトの外山優佳と小村奈津美が立っていた。美奈は一瞬だけ迷ったがまだ時間があるから後で考えればいいやと思い、一緒に帰ることにした。美奈は2人に挟まれ歩きながら、先生に言われたことを反芻した。
「このままじゃダメ。か~。」
美奈も表情に出さないために周囲の人間からは気づかれにくいが、焦りや危機感を抱いている。解決策を見出したいが、いい案が浮かばない。おそらく誰かに相談したのならば返ってくる答えは、『勉強しろ。』その一択であろうから周りには聞かない。美奈があれこれと考えを巡らせていると隣から美奈?と自分の名前を呼ぶ優佳の声が聞こえた。ハッと振り向くと
「美奈大丈夫?何かあった?」
「ううん。何もない。」「そっか。じゃあ私たちはこっちだからじゃあね。また明日。」「また明日。」
美奈はひとまず作り笑いで考えていることがバレないようにその場を過ごした。
1人になった美奈はトボトボといつもよりゆっくりなペースで歩いていた。

家に着き、「ただいま」とドアを開けた途端「おかえり。」と抑揚のない声が部屋の奥から聞こえてきた。すると、部屋のドアが開き、中から1人の男が出てきた。男はメガネをかけ、背中を少し猫背気味に丸め、髪は暗めの印象を与えるなんとも形容し難い平凡な髪型をしている。その男とは牧田の兄である京介だ。牧田家は両親と京介そして、美奈(牧田)の4人家族だ。両親は共働きで夜まで帰ってこない。京介は、立澤大学に通っているのだが、現在は脳腫瘍が見つかったため休学中。そのため、家には京介と美奈がいるのだ。
美奈が浮かない顔をしているのを京介が気付き、「学校で何かあったか?」と聞くと「実は、」美奈は一瞬話そうと思ったが、考え直し「ううん!なんでもない!」笑みを浮かべながらと答えた。「手を洗ってくるね。」美奈はそう言うと洗い場に向かった。手を洗おうと水を出した時、美奈はどこか悔しそうな表情を浮かべた。するとそのとき美奈の腕にある傷跡が見えた。数年前に家の階段でこけたときにできた痣の跡だ。その頃、美奈のことを気にしている京介は自分の部屋に戻りながら「何かあったな。」と悟った。しかし、美奈が話してくれないならいいか。と諦めた。
美奈は自分の部屋に入ると早速勉強を始めた。美奈は勉強に対する向上心こそ先生から認められているのだが、その勉強内容が身についているかと問われると、あまり身についていない。美奈は直近の定期テストで勉強の成果を発揮できなかった自分に苛立ちを覚えていた。
しかし、その苛立ちは声でも、動きでもなく、涙となって美奈の頬を伝った。
必死に声を殺して涙を流す美奈だったが、その声はドアの前にいた京介に聞こえていた。すると京介は何か思い立ったように自分の部屋へと向かった。
京介は本棚に置いていた1冊の参考書を取り出すと、ページをペラペラとめくりながら「美奈の問題を解決しないとな。」と呟いた。
 翌日の朝、学校に行こうとする梨沙を京介は呼び止めた。「今日、帰ったら話があるんだ。」美奈は靴を履きながら「え、なに?怖いんだけど。」と引き気味に答えた。「とにかく、話があるから。」「わかった。いってきます。」と美奈は家を出た。美奈を見送ると京介はすぐに自分の麦茶の入ったコップを手に部屋へ戻り、参考書を開いた。
京介は時計には目もくれず、ひたすら参考書に向き合った。ふと、時計を見ると12時を過ぎていた。京介はキッチンに向かうと冷蔵庫にあった昨日の残りのチャーハンを電子レンジで温めた。チャーハンを食べ終わり、洗い物を済ませると再び自分の部屋に戻り、勉強を再開した。
そして、再び時計を見ないまま集中し続けた。すると突然、ガチャッと鍵が開く音がした。その音で京介は我に返った。
ふと時計を見ると5時だった。ひとまず、勉強を終わらせるとリビングで待った。数分後、美奈がリビングに入ってきた。京介は美奈を正面に座らせると早速本題に入った。「美奈。お前、勉強に困ってるんだろ?」美奈はいきなり図星をつかれドキッとした。「なによ。いきなり。」美奈は一生懸命、動揺を悟られないように努めたが、京介の目を欺くことはできなかった。「もし、勉強に困ってるなら僕がサポートしてあげる。」京介は美奈に提案をしたが、美奈は大丈夫と断った。「話はそれだけ?じゃあ私勉強しないといけないから。」美奈は自分の部屋に戻っていった。部屋に戻り少し大げさにドアを閉めると勉強を始めた。
しかし、なかなか集中できない。
美奈は最近、『勉強』に集中しようとすればするほど、集中できなくなってしまうのだ。すると、美奈の脳裏に京介の提案がよぎった。美奈は悩んだ。京介の提案を受けようか、受けまいか。
しかし、このまま過ごしてたら間違いなく立澤大学に合格することはできない。
それなら、現役の立澤大学生にすがるしかない。そう考えた美奈は京介の部屋のドアをノックした。ドアが開くと京介は
美奈を部屋に入れた。美奈は床に座ると
話を始めた。「さっきの提案のことなんだけど、お願いしてもいいかな?」
京介は驚いた。さっきまで遠慮していた美奈が急に寝返ったのだ。「どうして、急に?」不思議に思った京介は理由を尋ねた。美奈は訥々と理由を話し始めた。「私ね、お兄ちゃんと同じ立澤大学に行きたくて、1年生の夏から勉強した。でも、全然立澤大学のレベルに達しないの。それで、このままじゃ絶対に受からない。それなら、お兄ちゃんの提案を受けて見たほうがいいかなって。一回断ってる人間がなにを言ってるんだ。って思われるかもしれないけど。」
京介は美奈の目を見て「美奈。これだけはわかっておいて。僕がサポートをしたとしても受かるとは限らない。大事なのは、美奈がどう動くかだ。」と語った。
美奈はわかってる。と頷いた。
「それじゃあ、今からビシバシいくからな。ついてこいよ。」京介は冗談じみた様子で言った。「もちろん。よろしくお願いします。」美奈は覚悟はできてるぞと言わんばかりの声で返した。
この瞬間から、兄妹二人三脚の一大プロジェクトが幕を開けた。
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