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家族の群像
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バーベキュー後、涼華と龍美との別れ際、
「また、来てもいいですか?」
とオレに向かって問う涼華に、言い淀んでいると、
「いつでもおいで、その代わりちゃんとご両親には許可取ってくるんだよ。難しそうなら私がまた電話してあげるから、ここに掛けておいで」
と祖父がオレの後ろから代わりに応えてくれ、携帯の連絡先を渡していた。
「いろいろ協力ありがとうな。これからもよろしく」
「はい!こちらこそありがとうございました!」
「………」
オレの言葉に満面の笑顔で涼華が答える。その隣の龍美の視線は相変わらず冷たい。
涼華は確かに可愛いとは思う。言動にキツイところはあるけれど、素直でまっすぐだ。真生が言うように今日一日で涼華からの好意はよく分かったし、その好意は素直に嬉しい。ただ、オレには妹のような感覚にしか思えないってのが現状だ。
それに、涼華にはオレがどう見えているのだろうか、オレのことを買いかぶり過ぎているようにも思え少し居心地が悪い。そんな一日や二日で人のことなんて分かるはずがないし、そういう気持ちはどうせすぐ醒めるんじゃないだろうかと思ってしまう。
帰り支度を万全に整えて待っていた婆やに急かされるように新幹線に乗り込む涼華たちを見送り、オレたちは帰路へと就いた。
結局、両親が帰宅したのはそれから2日後で、二人とも憔悴しきっていた。
龍濤家当主は龍濤グループの会長でもあり、多忙を極めていたらしく呼びつけておきながらなかなか会える時間がなかったらしい。
代わりに対応した、涼華の言っていた大巫女様とやらが、これまた会長並みに話の通じない人だったらしく、『真生さんが龍の嫁であることは龍神様の天啓です』の一点張りで話にならなかったらしい。
オレが涼華たちに話したようなことも両親たちは伝えたらしいが、頑として否定し真生をいつ龍濤家へ迎え入れるかの話に終始するばかりで埒があかなかったとのことだった。
「あっちに行って唯一の収穫は協力者が出来たことね…」
大きなため息をついて母が言う。
「久しぶりに会ったけど、麗華さんがまだ常識人で助かったわ…」
麗華さんというのは、真生の母親の響華さんの姉で、涼華の姉でもあり、大巫女の跡継ぎのようで巫女をやっているとのことだった。
母曰く、真生の祖母に見た目も性格も似ていて、龍濤本家の中では真面に取り合ってくれる人物とのことだ。
ただ、上にいる会長と大巫女の強烈な二人にはやはりなかなか太刀打ち出来ないようで、今後の動向を連絡くれることと協力は惜しまないと約束してくれるに留まったらしい。
「響華ちゃんのことでだいぶ負い目を感じてたみたいだったわ。何もしてあげられなかったって。元々仲の良い姉妹だったから」
真生の親との出来事で、真生の祖母と同じく疎遠になってしまっていたらしいが、響華さんの結婚のときも真生の祖母と一緒に協力してくれていたようだ。
現状は平行線のままなにも解決してはいないものの、協力者が本丸に居るっていうのは心強いことかもしれない。
「本家の資料も麗華さんの手配で見れるようになったら、もう少し詳しいことが分かると思うし、解決の糸口はあると思うよ!」
父の力強い言葉に、家族全員決意を新たに頷いた。
こちらへ来ていた涼華と龍美についても両親には洗いざらい話をした。青龍がいたこと、白龍の力のこと、涼華を龍の嫁にすることへ協力すること、祖父母へは何も伝えていないことも。
両親は涼華の存在を真生の祖母から聞いて知ってはいたものの、まさか真生の叔母にあたるとは思ってもみなかったようだ。響華さんには、兄と姉がいたため、どちらかの子だと思っていたらしい。
麗華さんに聞いたところによると、真生が産まれた当時、男だと分かったことで慌てた会長が愛人に産ませたのが涼華で、そのことで真生の祖母とは離婚に至ったとのことだった。そしてその愛人は涼華を置いて別の男と消えたという。
その後、新たに迎えた後妻との間に、跡取りとして育てている10歳になる男の子もいるらしいが、別宅で暮らしていて交流はないらしい。
そんな家庭環境を聞いて、尚更涼華の境遇が不憫に思えた。それでも強気に気丈に振る舞っていた涼華の姿が思い出され、龍の嫁であることが心の拠り所にもなっているのだろうと想像すると危うさを感じた。
「お誕生日おめでとう!!虎白!!」
ゴールデンウィーク最終日の5月5日、部活が終わり家に帰ってリビングへ入った途端、クラッカーの音と共に家族全員からの祝福の言葉を貰う。
祖父母も駆け付けてくれていた。
部活でも木嶋を筆頭に、おめでとうの言葉やお菓子なんかをたくさん貰った。
こうして祝ってくれる人が周りにたくさんいるっていうのは、照れくさくもあるけれど素直に嬉しい。
「父さん、母さん、産んでくれてありがとう」
毎年恒例の言葉なのに、両親の眼はうるうると涙ぐんでいる。
「まだ言ってくれるのね。最近反抗的なことも多くなってきたから言ってくれないのかと思ったわ」
母は強がってそう言うと、オレの頭をガシガシと撫でまわす。
確かに正直うざいと思うこともあるし、中学に入ってからは部活で家にいないことも多く、両親と話をする機会も減っていた。だけど、今回の出来事で、両親や家族の存在が大切で有り難いものだと再確認出来たように思う。
いつも暖かく賑やかな家族。しょっちゅう衝突することもあるけれど、言いたいことが言えて、全部を受け止めてくれる安心感があるから出来るのだと気付いた。
そういう空間を作ってくれているのは紛れもなく両親なのだということも。だから、去年までの言葉より想いは込めて伝えられた気がする。
「さっ、お風呂入っておいで!虎白の好物ばっか作ったから楽しみにしてなさい」
部活で汗まみれだったオレを、父が風呂へと誘導する。
父の言葉の通り、リビング内はオレの好物ばかりの匂いが充満していて、腹の虫が鳴りっぱなしだ。
急いで風呂から上がると、テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。こどもの日のチマキも中にはあった。
最近は、鎧兜やこいのぼりは飾らなくなったけれど、小学生までは毎年、両親と一緒に飾っていたことを思い出す。
『こども』だと言われると反発したくなるけれど、両親にとってはいつまでも『こども』なのだし、自分たちだけでは手に負えないことがたくさんあるのも現実で、やっぱりオレたちはまだまだ『こども』なのだろうと思う。
「じゃ、改めて、虎白、おめでとう!!かんぱーい!!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
「ありがとう!!」
各々の飲み物を片手に乾杯したあとは、全員で『いただきます』の号令後、いつもの食事風景で、主にオレと武玄のおかず争奪戦が始まった。
そんなオレたちの様子を真生たちは笑いながら見ていた。
こんな普通の幸せな日常がずっと続けばいいと願う。
祖父母はオレに誕生日祝いだとお小遣いをくれたあと、帰っていった。
母と武玄は食器の片付けを、父と真生は洗濯ものを畳んでいる。食後になにもしなくていいのは、誕生日の特権だ。
両親からは、ずっと欲しかったシューズを、真生と武玄からは、そのシューズ入れをプレゼントしてもらい、オレは浮き浮きとシューズに紐を通しながら、ソファで寛いでいた。
「お前と武玄の腹ん中どうなってんだよ。食ったとこからすぐ消化してんの?」
真生がそんなオレを見て不思議そうに聞いてくる。締めのケーキまできっちりとたらふく食ったオレの腹はぱんぱんに膨れている。それでも不思議なもんで、寝る前にはこの膨れた腹も萎んでいるのだから、確かにどういう構造になっているのか自分でも気になるところではある。
「今はお腹ぽっこり出てっけどな。いやぁ、ケーキも美味くてつい食べ過ぎたわ~。真生、また腕上げたな」
「そうだろ~。ネットでいろいろ情報収集して、試行錯誤した甲斐があったな~」
父と同じく甘党で、一緒に作っているうちにケーキ作りに嵌まったようで、ここ最近の誕生日ケーキは真生が作ることが多い。美術部なだけあって、デコレーションも完璧だった。
『将来はパティシエになろうかな』なんて言うぐらい楽しいみたいだ。
ケーキを見た祖父母も『店で売ってるのと大差ないな!』なんて褒めちぎっていた。
「真生が嫁だったら最高だろな~。上手い飯にケーキまで作れるとか最強じゃん」
洗い片付けが終わった武玄がそう言いながらイスに腰掛ける。
「あら、武玄古いわよ!今は、料理男子がモテる時代なんだからね!そんなこと言ってるとすぐ彼女に振られるわよ!」
「え゛~、オレ、料理とか無理なんだけどー」
「武玄は片付け上手いじゃん。オレは逆に片付け苦手だしなぁ。洗濯畳むのも未だに下手くそだし」
「家族はみんなでお互い尊重して補っていけばいいんだよ。誰が何をしなきゃいけないとか堅苦しく考えなくていいんじゃないかな」
「そうね、私も料理は苦手だし…青嗣さんにお任せしちゃうこと多いしなぁ。いつも美味しいご飯、ありがと、青嗣さん」
「どういたしまして。整理整頓は君の方が得意だから、仕事でも助かってるよ。こちらこそありがとう、朱美さん」
洗濯を畳み終わった父に、母が後ろから抱きついている。
また始まった…と言った表情で、オレたち兄弟は顔を見合わせ、そっとリビングをあとにした。
こういうのを隠そうとはしない両親に、年頃のオレたちはちょっと辟易してたりもするけれど、ああいう姿を幼い頃から見ていたから、お互いを尊重し大事にすること、感謝を忘れないことは自然に身についているように思う。
「おやすみ~」
「お~」
武玄が自分の部屋へと入り、オレも自分の部屋へ向かおうとしたところで、真生に腕を掴まれ強制的に真生の部屋へ連れて行かれる。
「なに?どした?」
「ちょっと渡したいもんあってさ」
オレの腕を離すと机の引き出しからラッピングされたものを取り出し、こちらへ手渡してくる。
「ん」
「え、なにコレ。さっきプレゼント貰ったけど」
「これは誕生日プレゼントじゃなくて…」
「なくて?」
渡されたものを受け取り、問いただすオレに、真生はどこか恥ずかしそうに目を逸らす。
「その…日頃の御礼…って、いうか」
「なんの」
「~~~っっ、オレが、龍の嫁とかよく分かんねぇやつの候補になんなきゃ、虎白も守護者になんてならなくてよかったし、白龍の力を使うための特訓とかすることなんてなかったわけじゃん。なのに、お前なんも文句も言わねぇし、助けてくれたりもしたから、だから…」
照れてる時は早口になる真生のクセが出てて、思わず頬が緩む。人のことばっか考えて自分のことは後回しにするところも昔から変わっていない。
「そんなの、真生が気にすることじゃねぇじゃん。むしろ、真生も巻き込まれてるだけだし。それに、オレは真生の守護者がオレで良かったって思ってる。武玄よりオレのが頼りになるだろ?」
「自信満々かよ」
真生がやっとこちらを向いて笑う。
この笑顔を、大切な家族を守れるなら、どんなことでも耐えられる。そんな力をくれたことはむしろ感謝している。まぁそもそも龍の嫁なんてものがなければこんな力もなかったんだろうけど…。
そんなことを考えていたら、嫁を守る力なら、嫁自身が持っていた方がいいんじゃないかとふと思う。なぜわざわざ守護者にこの力があるのか、矛盾のようなものを感じて疑問が湧いた。
「開けて見ろよ」
真生の言葉に思考が遮断され、その疑問は思考の奥へと追いやられた。
促されるままにラッピングを解くと、中からマフラータオルが出てきた。
「おっ、格好いいじゃん」
「だろぉ?虎白が好きそうだと思ったんだ。部活でも使えるかなって」
「使う使う!シロの力使うときにも活躍するな。よく濡らされるし」
真生の肩に乗っかっている白龍の方をちらりと見やると、気まずそうに目線を逸らす。
龍美から教えてもらった力の使い方は、いろんなことを試しつつ徐々に慣れつつある。
その中で気づいたのは、白龍が近くに居ないと発動しないことだ。おおよそ自分を中心に半径2m以内に白龍がいないと物を動かす事も水を操る事も出来なかった。
水を操る練習中に、白龍が真生に付いてまわり、たまたまオレから離れたことで発覚した。
オレの頭上で操っていた水が操作不能になり、オレは頭から水を被りそこら中を水浸しにした。その時の、『しまった!』といった表情をした白龍をオレは見逃さなかった。知ってたんだよな、お前。
数日、白龍と過ごすうちにそれなりに意思の疎通は出来るようになってきたように思う。よくよく観察していると結構表情も豊かだ。
家では、真生が好きなようで、ライと一緒によく真生についてまわっている。
真生もそんな白龍が可愛いようで、[シロ]と名付けてライ同様に可愛がっている。
白龍は特にご飯を食べたり、水を飲んだりすることはなく、手が掛かることはないがどうやらオレからエネルギーを得ているようだ。
というのも、オレが部活後ヘトヘトになっていると、白龍の元気もなく、ご飯で復活すると同じく元気になるのだ。
真生の体調が悪いときにもエネルギー供給が行われてたことからも、オレの体調管理は最重要事項だということだ。
記憶のある限り、風邪をひいたこともないぐらい健康体ではあるけれど、これからはより一層万全に体調を整えていくことが大切だな。
それに気づいてからの食欲は倍増し、『一升のご飯があっという間になくなるんだけど!?』と母が嘆いていた。
「ありがとな、真生」
「いや、こっちこそありがとう」
「じゃ、おやすみ」
「ん」
真生の部屋を出て、自分の部屋へと向かう。
真生から貰ったマフラータオルを持つ手からいろんなぬくもりが伝わり、心が暖かくなるのを感じ顔が綻ぶ。
「また、来てもいいですか?」
とオレに向かって問う涼華に、言い淀んでいると、
「いつでもおいで、その代わりちゃんとご両親には許可取ってくるんだよ。難しそうなら私がまた電話してあげるから、ここに掛けておいで」
と祖父がオレの後ろから代わりに応えてくれ、携帯の連絡先を渡していた。
「いろいろ協力ありがとうな。これからもよろしく」
「はい!こちらこそありがとうございました!」
「………」
オレの言葉に満面の笑顔で涼華が答える。その隣の龍美の視線は相変わらず冷たい。
涼華は確かに可愛いとは思う。言動にキツイところはあるけれど、素直でまっすぐだ。真生が言うように今日一日で涼華からの好意はよく分かったし、その好意は素直に嬉しい。ただ、オレには妹のような感覚にしか思えないってのが現状だ。
それに、涼華にはオレがどう見えているのだろうか、オレのことを買いかぶり過ぎているようにも思え少し居心地が悪い。そんな一日や二日で人のことなんて分かるはずがないし、そういう気持ちはどうせすぐ醒めるんじゃないだろうかと思ってしまう。
帰り支度を万全に整えて待っていた婆やに急かされるように新幹線に乗り込む涼華たちを見送り、オレたちは帰路へと就いた。
結局、両親が帰宅したのはそれから2日後で、二人とも憔悴しきっていた。
龍濤家当主は龍濤グループの会長でもあり、多忙を極めていたらしく呼びつけておきながらなかなか会える時間がなかったらしい。
代わりに対応した、涼華の言っていた大巫女様とやらが、これまた会長並みに話の通じない人だったらしく、『真生さんが龍の嫁であることは龍神様の天啓です』の一点張りで話にならなかったらしい。
オレが涼華たちに話したようなことも両親たちは伝えたらしいが、頑として否定し真生をいつ龍濤家へ迎え入れるかの話に終始するばかりで埒があかなかったとのことだった。
「あっちに行って唯一の収穫は協力者が出来たことね…」
大きなため息をついて母が言う。
「久しぶりに会ったけど、麗華さんがまだ常識人で助かったわ…」
麗華さんというのは、真生の母親の響華さんの姉で、涼華の姉でもあり、大巫女の跡継ぎのようで巫女をやっているとのことだった。
母曰く、真生の祖母に見た目も性格も似ていて、龍濤本家の中では真面に取り合ってくれる人物とのことだ。
ただ、上にいる会長と大巫女の強烈な二人にはやはりなかなか太刀打ち出来ないようで、今後の動向を連絡くれることと協力は惜しまないと約束してくれるに留まったらしい。
「響華ちゃんのことでだいぶ負い目を感じてたみたいだったわ。何もしてあげられなかったって。元々仲の良い姉妹だったから」
真生の親との出来事で、真生の祖母と同じく疎遠になってしまっていたらしいが、響華さんの結婚のときも真生の祖母と一緒に協力してくれていたようだ。
現状は平行線のままなにも解決してはいないものの、協力者が本丸に居るっていうのは心強いことかもしれない。
「本家の資料も麗華さんの手配で見れるようになったら、もう少し詳しいことが分かると思うし、解決の糸口はあると思うよ!」
父の力強い言葉に、家族全員決意を新たに頷いた。
こちらへ来ていた涼華と龍美についても両親には洗いざらい話をした。青龍がいたこと、白龍の力のこと、涼華を龍の嫁にすることへ協力すること、祖父母へは何も伝えていないことも。
両親は涼華の存在を真生の祖母から聞いて知ってはいたものの、まさか真生の叔母にあたるとは思ってもみなかったようだ。響華さんには、兄と姉がいたため、どちらかの子だと思っていたらしい。
麗華さんに聞いたところによると、真生が産まれた当時、男だと分かったことで慌てた会長が愛人に産ませたのが涼華で、そのことで真生の祖母とは離婚に至ったとのことだった。そしてその愛人は涼華を置いて別の男と消えたという。
その後、新たに迎えた後妻との間に、跡取りとして育てている10歳になる男の子もいるらしいが、別宅で暮らしていて交流はないらしい。
そんな家庭環境を聞いて、尚更涼華の境遇が不憫に思えた。それでも強気に気丈に振る舞っていた涼華の姿が思い出され、龍の嫁であることが心の拠り所にもなっているのだろうと想像すると危うさを感じた。
「お誕生日おめでとう!!虎白!!」
ゴールデンウィーク最終日の5月5日、部活が終わり家に帰ってリビングへ入った途端、クラッカーの音と共に家族全員からの祝福の言葉を貰う。
祖父母も駆け付けてくれていた。
部活でも木嶋を筆頭に、おめでとうの言葉やお菓子なんかをたくさん貰った。
こうして祝ってくれる人が周りにたくさんいるっていうのは、照れくさくもあるけれど素直に嬉しい。
「父さん、母さん、産んでくれてありがとう」
毎年恒例の言葉なのに、両親の眼はうるうると涙ぐんでいる。
「まだ言ってくれるのね。最近反抗的なことも多くなってきたから言ってくれないのかと思ったわ」
母は強がってそう言うと、オレの頭をガシガシと撫でまわす。
確かに正直うざいと思うこともあるし、中学に入ってからは部活で家にいないことも多く、両親と話をする機会も減っていた。だけど、今回の出来事で、両親や家族の存在が大切で有り難いものだと再確認出来たように思う。
いつも暖かく賑やかな家族。しょっちゅう衝突することもあるけれど、言いたいことが言えて、全部を受け止めてくれる安心感があるから出来るのだと気付いた。
そういう空間を作ってくれているのは紛れもなく両親なのだということも。だから、去年までの言葉より想いは込めて伝えられた気がする。
「さっ、お風呂入っておいで!虎白の好物ばっか作ったから楽しみにしてなさい」
部活で汗まみれだったオレを、父が風呂へと誘導する。
父の言葉の通り、リビング内はオレの好物ばかりの匂いが充満していて、腹の虫が鳴りっぱなしだ。
急いで風呂から上がると、テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。こどもの日のチマキも中にはあった。
最近は、鎧兜やこいのぼりは飾らなくなったけれど、小学生までは毎年、両親と一緒に飾っていたことを思い出す。
『こども』だと言われると反発したくなるけれど、両親にとってはいつまでも『こども』なのだし、自分たちだけでは手に負えないことがたくさんあるのも現実で、やっぱりオレたちはまだまだ『こども』なのだろうと思う。
「じゃ、改めて、虎白、おめでとう!!かんぱーい!!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
「ありがとう!!」
各々の飲み物を片手に乾杯したあとは、全員で『いただきます』の号令後、いつもの食事風景で、主にオレと武玄のおかず争奪戦が始まった。
そんなオレたちの様子を真生たちは笑いながら見ていた。
こんな普通の幸せな日常がずっと続けばいいと願う。
祖父母はオレに誕生日祝いだとお小遣いをくれたあと、帰っていった。
母と武玄は食器の片付けを、父と真生は洗濯ものを畳んでいる。食後になにもしなくていいのは、誕生日の特権だ。
両親からは、ずっと欲しかったシューズを、真生と武玄からは、そのシューズ入れをプレゼントしてもらい、オレは浮き浮きとシューズに紐を通しながら、ソファで寛いでいた。
「お前と武玄の腹ん中どうなってんだよ。食ったとこからすぐ消化してんの?」
真生がそんなオレを見て不思議そうに聞いてくる。締めのケーキまできっちりとたらふく食ったオレの腹はぱんぱんに膨れている。それでも不思議なもんで、寝る前にはこの膨れた腹も萎んでいるのだから、確かにどういう構造になっているのか自分でも気になるところではある。
「今はお腹ぽっこり出てっけどな。いやぁ、ケーキも美味くてつい食べ過ぎたわ~。真生、また腕上げたな」
「そうだろ~。ネットでいろいろ情報収集して、試行錯誤した甲斐があったな~」
父と同じく甘党で、一緒に作っているうちにケーキ作りに嵌まったようで、ここ最近の誕生日ケーキは真生が作ることが多い。美術部なだけあって、デコレーションも完璧だった。
『将来はパティシエになろうかな』なんて言うぐらい楽しいみたいだ。
ケーキを見た祖父母も『店で売ってるのと大差ないな!』なんて褒めちぎっていた。
「真生が嫁だったら最高だろな~。上手い飯にケーキまで作れるとか最強じゃん」
洗い片付けが終わった武玄がそう言いながらイスに腰掛ける。
「あら、武玄古いわよ!今は、料理男子がモテる時代なんだからね!そんなこと言ってるとすぐ彼女に振られるわよ!」
「え゛~、オレ、料理とか無理なんだけどー」
「武玄は片付け上手いじゃん。オレは逆に片付け苦手だしなぁ。洗濯畳むのも未だに下手くそだし」
「家族はみんなでお互い尊重して補っていけばいいんだよ。誰が何をしなきゃいけないとか堅苦しく考えなくていいんじゃないかな」
「そうね、私も料理は苦手だし…青嗣さんにお任せしちゃうこと多いしなぁ。いつも美味しいご飯、ありがと、青嗣さん」
「どういたしまして。整理整頓は君の方が得意だから、仕事でも助かってるよ。こちらこそありがとう、朱美さん」
洗濯を畳み終わった父に、母が後ろから抱きついている。
また始まった…と言った表情で、オレたち兄弟は顔を見合わせ、そっとリビングをあとにした。
こういうのを隠そうとはしない両親に、年頃のオレたちはちょっと辟易してたりもするけれど、ああいう姿を幼い頃から見ていたから、お互いを尊重し大事にすること、感謝を忘れないことは自然に身についているように思う。
「おやすみ~」
「お~」
武玄が自分の部屋へと入り、オレも自分の部屋へ向かおうとしたところで、真生に腕を掴まれ強制的に真生の部屋へ連れて行かれる。
「なに?どした?」
「ちょっと渡したいもんあってさ」
オレの腕を離すと机の引き出しからラッピングされたものを取り出し、こちらへ手渡してくる。
「ん」
「え、なにコレ。さっきプレゼント貰ったけど」
「これは誕生日プレゼントじゃなくて…」
「なくて?」
渡されたものを受け取り、問いただすオレに、真生はどこか恥ずかしそうに目を逸らす。
「その…日頃の御礼…って、いうか」
「なんの」
「~~~っっ、オレが、龍の嫁とかよく分かんねぇやつの候補になんなきゃ、虎白も守護者になんてならなくてよかったし、白龍の力を使うための特訓とかすることなんてなかったわけじゃん。なのに、お前なんも文句も言わねぇし、助けてくれたりもしたから、だから…」
照れてる時は早口になる真生のクセが出てて、思わず頬が緩む。人のことばっか考えて自分のことは後回しにするところも昔から変わっていない。
「そんなの、真生が気にすることじゃねぇじゃん。むしろ、真生も巻き込まれてるだけだし。それに、オレは真生の守護者がオレで良かったって思ってる。武玄よりオレのが頼りになるだろ?」
「自信満々かよ」
真生がやっとこちらを向いて笑う。
この笑顔を、大切な家族を守れるなら、どんなことでも耐えられる。そんな力をくれたことはむしろ感謝している。まぁそもそも龍の嫁なんてものがなければこんな力もなかったんだろうけど…。
そんなことを考えていたら、嫁を守る力なら、嫁自身が持っていた方がいいんじゃないかとふと思う。なぜわざわざ守護者にこの力があるのか、矛盾のようなものを感じて疑問が湧いた。
「開けて見ろよ」
真生の言葉に思考が遮断され、その疑問は思考の奥へと追いやられた。
促されるままにラッピングを解くと、中からマフラータオルが出てきた。
「おっ、格好いいじゃん」
「だろぉ?虎白が好きそうだと思ったんだ。部活でも使えるかなって」
「使う使う!シロの力使うときにも活躍するな。よく濡らされるし」
真生の肩に乗っかっている白龍の方をちらりと見やると、気まずそうに目線を逸らす。
龍美から教えてもらった力の使い方は、いろんなことを試しつつ徐々に慣れつつある。
その中で気づいたのは、白龍が近くに居ないと発動しないことだ。おおよそ自分を中心に半径2m以内に白龍がいないと物を動かす事も水を操る事も出来なかった。
水を操る練習中に、白龍が真生に付いてまわり、たまたまオレから離れたことで発覚した。
オレの頭上で操っていた水が操作不能になり、オレは頭から水を被りそこら中を水浸しにした。その時の、『しまった!』といった表情をした白龍をオレは見逃さなかった。知ってたんだよな、お前。
数日、白龍と過ごすうちにそれなりに意思の疎通は出来るようになってきたように思う。よくよく観察していると結構表情も豊かだ。
家では、真生が好きなようで、ライと一緒によく真生についてまわっている。
真生もそんな白龍が可愛いようで、[シロ]と名付けてライ同様に可愛がっている。
白龍は特にご飯を食べたり、水を飲んだりすることはなく、手が掛かることはないがどうやらオレからエネルギーを得ているようだ。
というのも、オレが部活後ヘトヘトになっていると、白龍の元気もなく、ご飯で復活すると同じく元気になるのだ。
真生の体調が悪いときにもエネルギー供給が行われてたことからも、オレの体調管理は最重要事項だということだ。
記憶のある限り、風邪をひいたこともないぐらい健康体ではあるけれど、これからはより一層万全に体調を整えていくことが大切だな。
それに気づいてからの食欲は倍増し、『一升のご飯があっという間になくなるんだけど!?』と母が嘆いていた。
「ありがとな、真生」
「いや、こっちこそありがとう」
「じゃ、おやすみ」
「ん」
真生の部屋を出て、自分の部屋へと向かう。
真生から貰ったマフラータオルを持つ手からいろんなぬくもりが伝わり、心が暖かくなるのを感じ顔が綻ぶ。
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