【完結】誓いの鳥籠

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第三十五話

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「父さん!」
 扉を開こうとするがびくともしない。ガチャガチャとドアノブを捻る。ひっかかりのある感触に内側から鍵をかけられていることを察する。
 ますます不穏さが増す。
 蹴りを扉に何度も入れるが、足が痛いだけだ。確か物置部屋に工具があったはずだ。勇士は慌てて駆けて、バールを部屋から持ち出してくる。扉の隙間にねじ込み、てこの原理を使って試みる。何度か繰り返して、やっと扉が開いた。
「っ父さん──」
 絶句する。床に広がる血。部屋の中心には血溜まりの上でへたり込む龍一郎の背中が見えた。片手にはやはり銃が握られている。
「……父さん」
 震える足取りで龍一郎に近寄り、正面に来る。彼は手から血を流しながら頬に一筋の涙を流していた。生きている。最悪の事態ではないことに安堵し、手の怪我のことが真っ先に頭に浮かぶ。
「父さん、待ってて。今、救急車呼ぶから!」
 携帯を取って来ようとする。そんな勇士を龍一郎は銃を床に放り、腕を掴んで止める。
「……呼ばなくていい」
「っでも!」
「いいんだ。自分で処置出来る」
 そう言って龍一郎はベッドのシーツを破いて銃弾が貫通して血をドクドクと流す手を義務的にぐるぐると巻く。やはりこんな処置じゃ心許ない。そばに屈んで訴えるように言う。
「やっぱり救急車を呼ぼう」
「呼んだところで銃を使ったなんて説明出来ない」
「じゃあ闇医者は? 組にかかりつけ医がいるんじゃないの?」
 龍一郎は勇士と銃を交互に見て何か諦めたらしい。「分かった」と一言言って、携帯で組員だろう人に電話する。通話を切ると教えてくれた。
「あと十分で医者が到着するそうだ」
 ひとまずは安心出来そうだ。それからこんなことになってしまった自分の軽はずみな言動に頭を下げた。
「ごめんなさい、父さんのことを嫌いだなんて言って。ああ言ったけどやっぱり父さんのこと俺嫌いになれないよ」
「お前は何も悪くない。これは自責の念に駆られて俺が勝手にやったことだ」
 龍一郎は至極大人だった。淡々と経緯を話していく。
「俺は勇士の自由を奪って、その上想いに応えることも出来ずに散々お前を苦しめた。だから罰を受けるべきだと思ったんだ。だが少し視野が狭かったな。心配させてしまってすまない」
 そう謝るけれど視野が狭いという部分にひっかかりを感じる。その発言だと自分がいなかったらもっと酷い罰を与えていたという風にも捉えることが出来る。
 不安から約束を結ぶように訊ねる。
「もうこんなことはしないよね?」
「ああ、勿論だ」
 龍一郎は立ち上がって「床の掃除をしないとな」と話題を早速変えてしまう。その異様に速い動作の切り替えが、勿論だという言葉が嘘であることを強く主張する。
 きっと龍一郎は勇士がいないところで同じことをするのだろう。そして最終的には生きることをやめるのか。
 彼にあるのは親友夫婦を殺したという罪悪感と確固たる誓いから招く勇士への不誠実さ故に抱く苦しみに押し潰される未来だけか。
 抱いたのは悲しみで終わるしかない龍一郎に対する憐憫だった。
「父さん、やっぱり自分のために生きてはくれないの?」
 龍一郎は振り返る。だがすぐに顔を背けて「その話は後にしよう。時間が経つと床に痕がついてしまう」と言って部屋を出ようとしてしまう。
 おそらく返事はノーということだろう。
 勇士は床に放ってあった銃を握って自身のこめかみに銃口を押し付けた。
「父さん!」
 叫ぶように龍一郎を呼ぶ。振り向いた彼は自身の頭に銃を突きつける勇士の姿に大きく目を見開く。
「何やってるんだ!? 今すぐ銃を捨てなさい!」
 すぐさま怒鳴られるが、勇士の意志は固かった。近付く龍一郎に「来ないで!」と言い放つ。途端、本気の物言いに龍一郎はピタリと体を止めた。
「父さんは俺を必ず守り立派に育てるとお父さんとお母さんに誓って、今まで律儀に誓いを守ってくれた。そこまで出来るくらい父さんは死者を大事にする人だ。だから俺と誓って欲しいんだ、『自分のために生きる』って」
 こうでもしないと龍一郎は自分のために生きてくれない。それに自身への想いと両親との誓いがせめぎ合い、龍一郎が苦しむのはもう見たくない。だがこれで終わりだ。
 引き金に手を添えると龍一郎は察したらしい。「やめろ!」と途轍もない剣幕で駆ける。
「信じてるよ、父さん」
 部屋に銃声が響き渡る。勇士に龍一郎が重なるように二人が床に倒れる。龍一郎の手には銃身が握られていた。
「勇士……!」
 龍一郎が上体を起こし、祈る。仰向けにされた勇士は床に体を打ちつけたことで痛みに顔を歪ませていた。だがそれ以外は傷一つさえもない。壁には銃弾がめり込んでいた。
 龍一郎はホッと安堵の息を吐く。勇士も思惑が失敗したことを悟った。龍一郎は心配そうに勇士の体に視線を巡らせる。
「大丈夫か? どこも怪我はないか?」
「大丈夫だけど……」
 打ちつけた体の痛みが引き、天井を見つめながらボソッと呟く。
「上手くいくと思ったんだけどなぁ」
 龍一郎が自分のために生きてくれるにはそれしかないと思ってたのに。内心、死ぬことに結構怯えてた。引き金引く時だって指先は震えていた。
 龍一郎がそんな勇士をじっと見下ろし、サラッと言う。
「もうやめよう」
「えっ……?」
 戸惑う勇士を余所に龍一郎は手慣れた様子で手にした銃を分解する。
「目の前の大切な人を大切に出来ないなんて、こんなことをさせる俺はとんだ大馬鹿者だ」
「父さん?」
 龍一郎は自身への怒りが滲み出ているようだった。勇士も上体を起こす。目の前でバラバラと銃の部品が溢れていき、遂には手に何も残らなくなった。
「勇士、全て話そう」
 そう龍一郎は勇士と向かい合い、真剣な眼差しで話し始めた。
「貞操帯のことだがお前の両親のこともあって俺は過剰に守ろうとしていた。だが欲情があったのも事実だ。罪の意識に霞んでいたが、俺は何もかも自分の手で支配したいとそんな欲求をお前に抱いていたんだ。お前を家に閉じ込めていたのもただ危険から守りたかったからじゃない、強い執着があったからだ。お前のその姿を他の誰にも見られたくはなかった。樋宮をそばに置いたのも本当は嫌だった」
 そんなことを思っていただなんて意外だった。だが今思えば貞操帯で下を管理するなんて健全とは言えないだろう。けれどそれを聞いてすっと納得出来る自分がいた。幻滅は全くしなかった。
「お前が再びこの家に足を踏み入れた際、俺がお前を遠ざけようとしたのもまた自由を奪って俺の中だけで囲いたい気持ちに駆られたからだ。ここにいちゃいけないんだとお前に背を向けた。勇士、お前は鳥籠にいていいような存在じゃない。こんな欲深くて情けない男に飼われていい存在じゃない。それでも俺は願ってしまうんだ」
 龍一郎の手が頬に添えられる。一度彼の息が詰まる。だが彼は思い切った様子で口を開いた。
「二人にどんなに責められても俺はお前が欲しい。全てが欲しいんだ」
 そんな彼は愛おしそうに目を細め、やっと言えたと泣きそうな踏ん切りがついたような表情を浮かべていた。
 勇士は受け身ではなかった。龍一郎に自ら唇を重ねる。舌でつついて自身へと招き入れる。龍一郎は最初驚いていたようだったが、その誘いを受け入れ抱き合うように舌を絡ませる。
 長い口付けだった。離れたお互いの頬はふんわりと赤みがのっていた。
「俺は父さんに鳥籠へ閉じ込められるわけじゃないよ。自分から鳥籠へ入るんだ」
 あくまで自分の意志だということを伝えたかった。「……そうか」と龍一郎は許されたような面持ちで返す。
「もし父さんが、お父さんとお母さんにあの世で責められたら俺がどんなに父さんを大好きか語るよ。『お互いが好きなんだからいいでしょ』って。お父さんもお母さんも駆け落ちしたんだからきっとそれで許してくれるよ」
 勇士が心の枷を外すようになんてことないのだと微笑むと龍一郎は幸せに浸るように瞳に涙の膜を張りながら、柔らかな笑みを浮かべた。
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