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第三十四話
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なんだか不安になってきた。勇士は恐る恐る「父さん」と声を掛けた。
龍一郎と目が合う。
「父さん、大丈夫?」
龍一郎は掌で顔を覆い、「はあぁぁ」と本当に深いため息を吐く。
「……俺はなんてことを」
龍一郎は後悔を漏らす。
夢心地だった気分が一気に不安一色に染まる。
龍一郎が顔を手で覆ったまま謝ってくる。
「すまない……」
「なんで謝るの?」
「俺はお前の父親なのに……俺はお前を……」
「っ俺は嬉しかったよ。父さんに求められて。父さんもそうだよね?」
そうに違いないと確信していた。だが龍一郎は苦悩しているように吐いた。
「それが問題なんだ」
「問題って? ……もしかして父親が息子を愛してることが問題ってこと? でも父さんは父さんだけど、血の繋がりはないし何の問題も……」
「違う。そういうことじゃない! 俺は誓ったんだ、お前の両親に! 必ず守り立派に育てると。だがこれじゃあ俺は二人に顔向け出来ない……」
勇士は嫉妬した。
自分を愛することより死者への誓いを優先するのかと。
「じゃあ父さんは俺の想いを無視するわけ!?」
「そういうわけじゃあ……」
両想いだと言うのに龍一郎は嬉しさ一つ見せず、罪悪感ばかりの表情を浮かべる。それがどんなに切ないか。
「俺は父さんしか愛せないよ」
そう想いを告げて表情を引き出す。龍一郎は一瞬、感動と高まった愛情が溢れたように泣きそうな顔になるが、すぐにその顔を曇らせる。
龍一郎は俺もそうだと口を開けない。
罪悪感が邪魔をする。
「父さんの想いを聞かせてよ」
本心が知りたいと勇士は縋るように訊いた。龍一郎の口が「俺は、俺は……」と何度も開く。
だがしばらくして龍一郎は顔を伏せて「はあぁぁ」と叫びのような声を吐く。
「駄目だ。俺は選べない……!」
勇士はそんな龍一郎の姿に内心静かに怒りを燃え上がらせる。
龍一郎は死者への誓いを守り通すことも勇士への愛情を貫く決意もしない。
なんと不誠実か。
想いが罪悪感にかき消される。これでは勇士が生殺しの状態だ。どれだけ切ない思いをしてもいいと言うのか。
中途半端な龍一郎に勇士は怒りを静かに爆発させる。
「父さんなんか嫌いだ」
龍一郎を睨みつけ、爆弾を投下する。声は荒げない。その静かに激怒する様は本心からであることを容易に表していた。
龍一郎は瞳を大きく開く。その瞳に光はなく衝撃と絶望といった色をのせていた。
勇士は床に散らばっていた服を雑に拾い、疲労した体を無理に動かして寝室を出る。その間、勇士は龍一郎に振り返ることはしなかった。
勇士は着替え、二階の自分の部屋に籠る。ベッドに腰掛け、怒りに抱えたクッションを腕で強く締め付けて顔を埋める。
「ううぅ~~!」
言葉にならない叫びがクッションに消えていく。
(お父さんとお母さんのことを今も大切に思ってるのは嬉しいけどじゃあ生きてる俺を蔑ろにしてもいいって言うのかよ)
両親が死んだのは自分のせいだと責め、誓いを立てて勇士を育ててきた。
龍一郎が抱えてきたものは本当に重い。
だがもう自分のために生きたっていいだろう。
きっと両親なら龍一郎のことをそもそも恨んでもいないはず。勇士も成人を迎えていた。
龍一郎が幸せになりたいと願って何が悪いのか。
「けど本人は駄目だって思うんだろうなぁ」
ボソッと溢す。
龍一郎が勇士に踏み切れないのはつまりそういうことだろう。
自分のために生きてもらうにはどうしたらいいか。
そんなことを考えるけれど上手い案は浮かんで来ない。
そう唸っている時だった。
バァン!
突然の大きな音に勇士はびくりと肩を震わせる。
「なんだ!?」
一階から響いてきた銃声のような音。……いや銃声そのものだ。
勇士は慌てて階段を降りる。浮かんだのは絶望に瞳の色をなくす龍一郎の顔だった。
冷や汗がじわりと背中を伝う。
龍一郎は普段から銃を所持していた。もしや自分の愚かな言動であらぬ事を先走ったのではないか。
寝室に駆けて勇士はドアノブに手を伸ばす。
龍一郎と目が合う。
「父さん、大丈夫?」
龍一郎は掌で顔を覆い、「はあぁぁ」と本当に深いため息を吐く。
「……俺はなんてことを」
龍一郎は後悔を漏らす。
夢心地だった気分が一気に不安一色に染まる。
龍一郎が顔を手で覆ったまま謝ってくる。
「すまない……」
「なんで謝るの?」
「俺はお前の父親なのに……俺はお前を……」
「っ俺は嬉しかったよ。父さんに求められて。父さんもそうだよね?」
そうに違いないと確信していた。だが龍一郎は苦悩しているように吐いた。
「それが問題なんだ」
「問題って? ……もしかして父親が息子を愛してることが問題ってこと? でも父さんは父さんだけど、血の繋がりはないし何の問題も……」
「違う。そういうことじゃない! 俺は誓ったんだ、お前の両親に! 必ず守り立派に育てると。だがこれじゃあ俺は二人に顔向け出来ない……」
勇士は嫉妬した。
自分を愛することより死者への誓いを優先するのかと。
「じゃあ父さんは俺の想いを無視するわけ!?」
「そういうわけじゃあ……」
両想いだと言うのに龍一郎は嬉しさ一つ見せず、罪悪感ばかりの表情を浮かべる。それがどんなに切ないか。
「俺は父さんしか愛せないよ」
そう想いを告げて表情を引き出す。龍一郎は一瞬、感動と高まった愛情が溢れたように泣きそうな顔になるが、すぐにその顔を曇らせる。
龍一郎は俺もそうだと口を開けない。
罪悪感が邪魔をする。
「父さんの想いを聞かせてよ」
本心が知りたいと勇士は縋るように訊いた。龍一郎の口が「俺は、俺は……」と何度も開く。
だがしばらくして龍一郎は顔を伏せて「はあぁぁ」と叫びのような声を吐く。
「駄目だ。俺は選べない……!」
勇士はそんな龍一郎の姿に内心静かに怒りを燃え上がらせる。
龍一郎は死者への誓いを守り通すことも勇士への愛情を貫く決意もしない。
なんと不誠実か。
想いが罪悪感にかき消される。これでは勇士が生殺しの状態だ。どれだけ切ない思いをしてもいいと言うのか。
中途半端な龍一郎に勇士は怒りを静かに爆発させる。
「父さんなんか嫌いだ」
龍一郎を睨みつけ、爆弾を投下する。声は荒げない。その静かに激怒する様は本心からであることを容易に表していた。
龍一郎は瞳を大きく開く。その瞳に光はなく衝撃と絶望といった色をのせていた。
勇士は床に散らばっていた服を雑に拾い、疲労した体を無理に動かして寝室を出る。その間、勇士は龍一郎に振り返ることはしなかった。
勇士は着替え、二階の自分の部屋に籠る。ベッドに腰掛け、怒りに抱えたクッションを腕で強く締め付けて顔を埋める。
「ううぅ~~!」
言葉にならない叫びがクッションに消えていく。
(お父さんとお母さんのことを今も大切に思ってるのは嬉しいけどじゃあ生きてる俺を蔑ろにしてもいいって言うのかよ)
両親が死んだのは自分のせいだと責め、誓いを立てて勇士を育ててきた。
龍一郎が抱えてきたものは本当に重い。
だがもう自分のために生きたっていいだろう。
きっと両親なら龍一郎のことをそもそも恨んでもいないはず。勇士も成人を迎えていた。
龍一郎が幸せになりたいと願って何が悪いのか。
「けど本人は駄目だって思うんだろうなぁ」
ボソッと溢す。
龍一郎が勇士に踏み切れないのはつまりそういうことだろう。
自分のために生きてもらうにはどうしたらいいか。
そんなことを考えるけれど上手い案は浮かんで来ない。
そう唸っている時だった。
バァン!
突然の大きな音に勇士はびくりと肩を震わせる。
「なんだ!?」
一階から響いてきた銃声のような音。……いや銃声そのものだ。
勇士は慌てて階段を降りる。浮かんだのは絶望に瞳の色をなくす龍一郎の顔だった。
冷や汗がじわりと背中を伝う。
龍一郎は普段から銃を所持していた。もしや自分の愚かな言動であらぬ事を先走ったのではないか。
寝室に駆けて勇士はドアノブに手を伸ばす。
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