【完結】誓いの鳥籠

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第二十六話

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※龍一郎視点


「あっ勇気くん」
「舞ちゃん~。お、龍一郎も来てたのか」
 扉を開けて入ってきたのは勇気だった。仕事帰りだろうに赤ん坊のことを考えてか、一度着替えて清潔な身なりになっている。
「ばぶちゃ~ん。パパがきましたでちゅよ~」
 入って早々、勇気は赤ん坊の所にやって来て顔を綻ばせる。
「ふふふ。勇気くん、今ねこの子の名前が決まったところなんだ」
「おい嘘だろ~。舞ちゃん、先駆けはなしだって~」
「ふふ、ごめんなさい」
「で? 龍一郎、この子の名前なんて決めたんだ?」
 『勇士』と名前に込められた意味を教える。勇気は自分の名の一部が入っていることに照れているようだった。
「なんだか腰が引けるなぁ。でも勇士かぁ。うん、とってもいい名前だ。龍一郎、ありがとうな。これでお前も正式な家族の一員だな」
 龍一郎は嬉しかった。
 ああそうかと合点がいく。
 二人が囲いから離れ暮らし始めたことで龍一郎は寂しさを感じていた。二人はそんな龍一郎を想って名付け親として家族に入れてくれたのだ。
「あばぶぶ」
 突如赤ん坊から笑い声が溢れてくる。見ると龍一郎を見て赤ん坊がにっこりと笑っていた。しかし何故か勇気が激しく喜ぶ。
「おお笑った。舞ちゃん、勇士が俺を見て笑った!」
「何言ってんだ。勇士は俺を見て笑ったんだ」
 即座に否定する。だが勇気は納得していないようで。
「はぁ!? 何見てんだよ! 勇士は俺を見て笑ったんだよ」
 こっからは喧嘩だった。喧嘩は勇士が遂に泣くまで続き、舞に怒られて終わりになった。冷静になった二人は勇士を泣かせたこと、産後の母親に負担を掛けたことに大いに反省するのであった。
 二人は一戸建て賃貸に住んでおり、龍一郎はよく育児を手伝いに行っていた。勇士はすくすくと育ち、そして龍一郎にとても懐いた。
 会いに行けば笑顔でとてとてと走って出迎え、帰る時には足にしがみついて大泣きする。龍一郎はそんな勇士をとことん可愛がった。
 龍一郎が勇士を抱っこしているとぷくぷくした頬を緩ませて舌足らずに呼ぶ。
「おじゅちゃ、おじゅちゃ」
「うんうん。俺のことが大好きかぁ。おじちゃんもゆうのことが好きだぞぉ~」
「どう聞いたってそこまで言ってないだろ」
 見ていた勇気がつっこむ。
「分かってないなお前は。勇士の言う『おじゅちゃ』にはな、二種類の意味があるんだよ。一つが俺のこと、もう一つは俺が大好きだっていう意味だ」
「はぁ。お前親バカすぎ」
 ふふとキッチンでバーベキューの下拵えをしていた舞が微笑む。
「龍一郎、外の準備一緒に手伝ってくれないか?」
「ああ」
「おじゅちゃ! やーや」
 勇士を降そうとすると離れるのが嫌なのだろう駄々を捏ねる。
「ゆう、ごめん。少しだけおじちゃん貸してな~」
「やーや! おじゅちゃ、やーや」
「パパは? 高い高いしてあげるよ」
「や。おじゅちゃいーの」
 勇気がかなりショックを受ける。龍一郎は優越感を感じていた。
「勇気、諦めるんだな」
 勇気は心底悔しがる。だが勇士にバーベキューを楽しんでもらいたいのも事実。勇士の興味を子ども番組で逸らすことにして舞に見ててもらうことにする。
 勇気と共に庭でバーベキューの用意を進めていく。勇気が一旦作業を止めて訊ねてくる。
「組のこと大丈夫なのか? 民間人が銃で発砲されたって。舞ちゃんも心配していたぞ」
「ああ、そのことか」
 ここ一年程、龍一郎率いる大志万組は正妻の息子が仕切る蒼天会と抗争状態になっている。
 龍一郎は積極的に組長になったわけではないが、かと言って正妻の息子に座を譲るつもりはなかった。
 乱暴な息子に組を任せたら治安が悪くなるに決まっている。そんな中で二人と勇士が安全に暮らせるとは思えない。
「安心しろ。詳細は話せないが、発砲されたのは民間人じゃなくてウチの組の者だ。堅気に手を出さないのが組織の決まりだ。だからお前たちが巻き込まれることはない」
「そうじゃなくて。お前大丈夫なのか? 危険な目に遭ってるなんてことないのか?」
 どうやら勇気は龍一郎のことを心配していたらしい。
 表には出ていないが実際、奇襲されるなど危険な目に遭ってはいた。しかし龍一郎は二人に心配を掛けたくなかった。
「大丈夫だ。守りは堅めてある。この俺だぞ? 大勢がかかってきたって拳だけで自分の身は守れる」
 自信満々に言ってみせるが、勇気は納得しない。まだ心配そうに龍一郎を見つめる。
「俺はお前が心配だよ。なぁ俺たちは二人でしっかり生きていける。だからいつでも組から抜けていいんだぜ。大丈夫。治安が悪くなったら最悪街から引っ越すし、お前も俺たちと一緒に来ればいい」
「勇気、そう簡単にはいかないんだよ……」
 そうポロッと溢したのは現実の辛さだった。
 もし今、龍一郎が組長を降りてもこれで抗争に決着がつくわけがない。蒼天会を仕切るあの男なら反乱の可能性を少しでも消そうと龍一郎を殺すはずだ。
 命が狙われる日々は精神を削る。龍一郎は弱気になっていた。
「龍一郎、俺はお前の力にはなれないかもしれない。でもお前は独りじゃない。俺がいる」
「…………っ」
 勇気の言葉は龍一郎にとって心強いものであった。だから龍一郎は弱音を心の奥に押し込む。
 二人と勇士を守るため自分が死ぬわけにはいかない。絶対に負けられない。
 だがその十日後、龍一郎の心は折れた。
「俺のせいだ。俺が、二人を……」
 勇士は自分が預かるからと二人に旅行を勧めていた。だがそれが間違いだった。
 蒼天会は堅気に手を出さないという決まりを破ったのだ。
 二人の遺体が頭から離れない。彼らはあんな酷い目に遭っていいような人間じゃない。あんな最期なんて相応しくない。
 龍一郎はすぐに復讐を始めた。
 だが復讐を終え、抗争に決着がついても心は立ち直らなかった。
(……俺が二人を旅行に勧めなかったら、俺が組長になって二人を支えるなんて押し付けがましいことをしなかったら、俺が最初から勇気に関わらなければ)
 ぐるぐると変えられない過去の『もし』を考える。二人に暮らしてもらうつもりだった家。明かり一つついてない真っ暗な居間で龍一郎はソファに座り項垂れていた。
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