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第二十五話
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※龍一郎視点
病院の一室にて。
「かわい~な~」
ふっくらとした頬でぽやぽやとコットで眠る赤ん坊。なんて愛らしいんだと屈んで覗き込んでいた龍一郎は頬をだらんと緩めきる。
龍一郎はベッドで休んでいた舞に訊ねる。
「舞さん抱っこしてもいいか?」
「うん、抱っこしてあげて。やり方は……教えなくても大丈夫だね。龍一郎さん、いっぱいお人形で抱っこする練習してたものね」
龍一郎はそう言われたものの恐る恐る赤ん坊を抱く。命の重さを腕に感じた。
「うん上手、上手。ふふ、龍一郎さん様になってる。私より熱心に育児本読んでたものね」
龍一郎は赤ん坊が生まれるのをとても楽しみに待っていた。もしかすると勇気と舞以上かもしれない。
おもちゃ、ベビー服、ベビーカー、赤ちゃんに必要なあらゆるものからまだ買うには早すぎるだろう自転車まで龍一郎はこの子のために用意していた。
ふにゃふにゃと赤ちゃんが口で遊ぶ。
「本当にかわいいなぁ……。っあ、目が開いた」
赤ん坊がうっすらと目を開く。その愛らしい目は龍一郎をぼんやりと見ているようだった。
「初めまして。龍一郎おじちゃんでちゅよ~」
舞がふふと笑う。
「ん? なんだ?」
「なんかこうして見ると組長さんに全く見えないなって思って」
「ははっ、元々なるつもりはなかったからな。そりゃそうだ」
龍一郎はこの年、大志万組の組長になった。
本当は正妻の息子が組長になることになっていたのだが、父が亡くなり、残していた遺言を読んでみれば龍一郎を組長にすると書かれていたのだ。
全く面倒なことだ。
龍一郎は二人を助けようと組の力を使ってる手前、組の手伝いをしていたのだが、二人が結婚する頃には幹部として務めをしっかり果たせるまでになっていた。しかも面倒見もいいものだから慕う者も多いときた。
対して正妻の息子は性格に難ありで、乱暴なため反感を抱く幹部も多かった。
組をまとめる者として龍一郎が選ばれたのは必然だったかもしれない。
龍一郎は組長になるつもりはなかった。それでも組長となったのは二人を助けたいからだった。
赤ん坊をコットにそっと戻し、舞に言う。
「なぁ舞さん、勇気ともう一度考え直してくれないか? 二人が住む屋敷も使用人も用意してるんだ。そしたらゆっくり二人で子育てが出来る。迷惑を掛けてるなんて思わなくていい。これは俺がしたくてやってることなんだ」
現在二人は龍一郎の囲いから出て、自分たちの力だけで生きている。勇気は建設業で汗を流して働いている。
組長になればもっと組の力を使えて二人を支えることが出来る。そう思ったのに。
「龍一郎さんありがとう。でもいいの。これは私たちが選んだ道。だから私たち自身で生きていきたいの」
「……それはつまりもう俺に関わって欲しくないってことか?」
「違う違う! 龍一郎さんが私たちのためにずっと頑張ってくれていたのはとっても感謝してるの。でもね、これからは自分のために生きて欲しいの。私たちじゃない、自分のために」
とは言ったって二人が最も大切なのだ。二人の幸せが自分の幸せなのだ。
自分のために生きるということがいまいちよく分からず考え込んでいると舞が「そういえば」と話を変える。
「この子の名前決めた?」
「決めたけど……やっぱり二人で決めた方がいい。俺がこの子の名付け親だなんて」
「龍一郎さんに名前をつけて欲しいって二人で決めたの。だからほら早く教えて」
急かされて龍一郎は遠慮気味に命名書を鞄から取り出す。見えやすいように掲げたそれに舞はぱぁっと笑みを浮かべる。
「舞さんは勇気の名前が好きだって言ってただろ? 俺も勇気の名前は好きだから『勇』って文字を一つもらって、それから心も体も健康で強く生きて欲しいって意味を込めて『勇士』って名前にしました」
龍一郎は命名を頼まれ一週間ほぼ徹夜で悩んでいた。それでやっと決まったが、それでもこれでいいのかと自信がなくて「どうだろうか?」と舞の様子を窺う。
舞は花が咲いたように笑っていた。
「うん、ぴったり! 勇士、勇士……。響きもこの子にとっても似合ってるし、名前の意味もとても素敵」
「そ、そうか……?」
「うん。龍一郎さん、この子のためにいっぱい悩んで考えてくれたんだよね。素敵なお名前をこの子に贈ってくれてありがとう」
龍一郎は安堵と嬉しさで顔を綻ばせる。
病院の一室にて。
「かわい~な~」
ふっくらとした頬でぽやぽやとコットで眠る赤ん坊。なんて愛らしいんだと屈んで覗き込んでいた龍一郎は頬をだらんと緩めきる。
龍一郎はベッドで休んでいた舞に訊ねる。
「舞さん抱っこしてもいいか?」
「うん、抱っこしてあげて。やり方は……教えなくても大丈夫だね。龍一郎さん、いっぱいお人形で抱っこする練習してたものね」
龍一郎はそう言われたものの恐る恐る赤ん坊を抱く。命の重さを腕に感じた。
「うん上手、上手。ふふ、龍一郎さん様になってる。私より熱心に育児本読んでたものね」
龍一郎は赤ん坊が生まれるのをとても楽しみに待っていた。もしかすると勇気と舞以上かもしれない。
おもちゃ、ベビー服、ベビーカー、赤ちゃんに必要なあらゆるものからまだ買うには早すぎるだろう自転車まで龍一郎はこの子のために用意していた。
ふにゃふにゃと赤ちゃんが口で遊ぶ。
「本当にかわいいなぁ……。っあ、目が開いた」
赤ん坊がうっすらと目を開く。その愛らしい目は龍一郎をぼんやりと見ているようだった。
「初めまして。龍一郎おじちゃんでちゅよ~」
舞がふふと笑う。
「ん? なんだ?」
「なんかこうして見ると組長さんに全く見えないなって思って」
「ははっ、元々なるつもりはなかったからな。そりゃそうだ」
龍一郎はこの年、大志万組の組長になった。
本当は正妻の息子が組長になることになっていたのだが、父が亡くなり、残していた遺言を読んでみれば龍一郎を組長にすると書かれていたのだ。
全く面倒なことだ。
龍一郎は二人を助けようと組の力を使ってる手前、組の手伝いをしていたのだが、二人が結婚する頃には幹部として務めをしっかり果たせるまでになっていた。しかも面倒見もいいものだから慕う者も多いときた。
対して正妻の息子は性格に難ありで、乱暴なため反感を抱く幹部も多かった。
組をまとめる者として龍一郎が選ばれたのは必然だったかもしれない。
龍一郎は組長になるつもりはなかった。それでも組長となったのは二人を助けたいからだった。
赤ん坊をコットにそっと戻し、舞に言う。
「なぁ舞さん、勇気ともう一度考え直してくれないか? 二人が住む屋敷も使用人も用意してるんだ。そしたらゆっくり二人で子育てが出来る。迷惑を掛けてるなんて思わなくていい。これは俺がしたくてやってることなんだ」
現在二人は龍一郎の囲いから出て、自分たちの力だけで生きている。勇気は建設業で汗を流して働いている。
組長になればもっと組の力を使えて二人を支えることが出来る。そう思ったのに。
「龍一郎さんありがとう。でもいいの。これは私たちが選んだ道。だから私たち自身で生きていきたいの」
「……それはつまりもう俺に関わって欲しくないってことか?」
「違う違う! 龍一郎さんが私たちのためにずっと頑張ってくれていたのはとっても感謝してるの。でもね、これからは自分のために生きて欲しいの。私たちじゃない、自分のために」
とは言ったって二人が最も大切なのだ。二人の幸せが自分の幸せなのだ。
自分のために生きるということがいまいちよく分からず考え込んでいると舞が「そういえば」と話を変える。
「この子の名前決めた?」
「決めたけど……やっぱり二人で決めた方がいい。俺がこの子の名付け親だなんて」
「龍一郎さんに名前をつけて欲しいって二人で決めたの。だからほら早く教えて」
急かされて龍一郎は遠慮気味に命名書を鞄から取り出す。見えやすいように掲げたそれに舞はぱぁっと笑みを浮かべる。
「舞さんは勇気の名前が好きだって言ってただろ? 俺も勇気の名前は好きだから『勇』って文字を一つもらって、それから心も体も健康で強く生きて欲しいって意味を込めて『勇士』って名前にしました」
龍一郎は命名を頼まれ一週間ほぼ徹夜で悩んでいた。それでやっと決まったが、それでもこれでいいのかと自信がなくて「どうだろうか?」と舞の様子を窺う。
舞は花が咲いたように笑っていた。
「うん、ぴったり! 勇士、勇士……。響きもこの子にとっても似合ってるし、名前の意味もとても素敵」
「そ、そうか……?」
「うん。龍一郎さん、この子のためにいっぱい悩んで考えてくれたんだよね。素敵なお名前をこの子に贈ってくれてありがとう」
龍一郎は安堵と嬉しさで顔を綻ばせる。
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