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第二十二話
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「まだまだ下がりきらないな。勇士、何か食べたいものはあるか? 後で買ってこよう」
ピピッと音が鳴った体温計を取ってボタンを直し、優しく勇士に訊ねる。
「げほっげほっ、……別にいらないよ」
「遠慮はしなくていい。アイスを買ってこようか。勇士はバニラアイスが好きだったもんな」
幼児を相手にするような声色で龍一郎が汗で張り付いた髪を手で梳かす。なんだかいつもの龍一郎じゃなくてそわそわする。けれど優しさが弱った体によく染み渡った。
体は辛いけど目を細めて暖かな幸せに包まれる。こんな気分になったのは久しぶりだった。
しかし勇士は何もかも忘れて幸せに浸れる程、脳内お花畑ではなかった。
樋宮の言葉を思い出す。
『勇気さんとしてお前を深く愛していたんだ』
「苺も買ってこようか。勇士は小さな頃から甘いものが好きだもんな──」
「っいらない……」
梳かしていた手を弱々しく払い除ける。勇士は龍一郎に背を向けるように重い体を動かして横向きになって彼を拒絶する。
「…………」
「…………」
龍一郎の顔は見えないからどんな顔をしているか想像がつかない。どこか悲しい沈黙が二人の間に流れる。先に口を開いたのは龍一郎の方だった。
「勇士が庇ったと聞いて、『アイツは何も悪くない』と樋宮が全てを話してくれた。お前の両親のこと、隠していて悪かった。……なんで隠してたんだって思っただろうが、お前には両親のことをそのままに思い出して欲しかったんだ。無残な最期に囚われてそればっかりを思い出して欲しくなかった。お前にはお前を愛した両親を心に置いて欲しかったんだ」
樋宮の言う通り悪意はなかった。龍一郎は俺のためを想って隠していた。
「俺が筋者だと隠していたのもあの事件があったからだ。組同士の争いに巻き込まれて二人は死んだ。だから一生涯組には関わらせたくなかった」
龍一郎は俺を想って身分を隠していた。だがそれは"俺"を想ってのことじゃない。
龍一郎は勇士には優しいがそれ以外の者に対してはそうでもない。きっと家を出た仕置きを勇士に与えることを樋宮に伝えて本当のことを話させたに違いない。だから樋宮がどうして勇士を連れ出したかも知っているはずなのに、あえてその話を避ける龍一郎に腹が立った。
「俺が一番気にしてることは話してくれないんだね」
聞こえないくらいにそう勇士が小さく呟く。ぎゅっと胸の辺りを鷲掴む。
「まともっぽく言うけど父さんは俺のためにそうしたんじゃない」
「そんなことはない。俺はお前を想って──」
「想っていたのは俺じゃない! 父さんは俺を愛してなんかいなかった!」
「っ……」
「父さんが愛していたのは俺のお父さんだ!」
言い切ってやる。龍一郎が息を呑むのを感じた。
「勇士、それは……、」
龍一郎が弁解しようとするが途中で言い淀む。それもそうだろう、それが真実なのだから。
「父さんは親友を俺に重ねてたんだ。だからこんな下のものまで着けさせて。はっきり言えよ! 俺はただの親友の代わり、そうだろ!?」
「っそうじゃない。俺は、俺は……!」
まるで首を絞められているように龍一郎が苦しそうに訴える。しかしはっきり否定はしない。つまりはそういうことなのだろう。
涙が溢れてくる。
「ひぐっ、じゃあなんで黙るんだよ! 愛してるって一言がどうして言えないんだよ!」
勇士は龍一郎の方へと振り向く。泣く勇士を前に龍一郎はひどく狼狽えていた。
親の愛だけでもと望んでいたのにそれさえも出来ない。
感情が爆発して勇士は涙を雨のように流す。
「うぅ、っひぐっうぐ、どうして……、なんで俺を見てくれないの? ひぐっ、うぅ……ずっと、いい子でいようと頑張ってきたのに。っげほ、ゴホッ」
体が熱い。咳も急に出てくる。
「ゴホッゴホッ、げほっ、ヒュッ──」
「勇士……!」
咳がひどくて呼吸する暇もない。龍一郎が慌てて勇士のそばに来て背中を摩る。そんな手はいらないと、摩る手を払い除けようとするけれど弱々しくて触るだけになってしまう。
ピピッと音が鳴った体温計を取ってボタンを直し、優しく勇士に訊ねる。
「げほっげほっ、……別にいらないよ」
「遠慮はしなくていい。アイスを買ってこようか。勇士はバニラアイスが好きだったもんな」
幼児を相手にするような声色で龍一郎が汗で張り付いた髪を手で梳かす。なんだかいつもの龍一郎じゃなくてそわそわする。けれど優しさが弱った体によく染み渡った。
体は辛いけど目を細めて暖かな幸せに包まれる。こんな気分になったのは久しぶりだった。
しかし勇士は何もかも忘れて幸せに浸れる程、脳内お花畑ではなかった。
樋宮の言葉を思い出す。
『勇気さんとしてお前を深く愛していたんだ』
「苺も買ってこようか。勇士は小さな頃から甘いものが好きだもんな──」
「っいらない……」
梳かしていた手を弱々しく払い除ける。勇士は龍一郎に背を向けるように重い体を動かして横向きになって彼を拒絶する。
「…………」
「…………」
龍一郎の顔は見えないからどんな顔をしているか想像がつかない。どこか悲しい沈黙が二人の間に流れる。先に口を開いたのは龍一郎の方だった。
「勇士が庇ったと聞いて、『アイツは何も悪くない』と樋宮が全てを話してくれた。お前の両親のこと、隠していて悪かった。……なんで隠してたんだって思っただろうが、お前には両親のことをそのままに思い出して欲しかったんだ。無残な最期に囚われてそればっかりを思い出して欲しくなかった。お前にはお前を愛した両親を心に置いて欲しかったんだ」
樋宮の言う通り悪意はなかった。龍一郎は俺のためを想って隠していた。
「俺が筋者だと隠していたのもあの事件があったからだ。組同士の争いに巻き込まれて二人は死んだ。だから一生涯組には関わらせたくなかった」
龍一郎は俺を想って身分を隠していた。だがそれは"俺"を想ってのことじゃない。
龍一郎は勇士には優しいがそれ以外の者に対してはそうでもない。きっと家を出た仕置きを勇士に与えることを樋宮に伝えて本当のことを話させたに違いない。だから樋宮がどうして勇士を連れ出したかも知っているはずなのに、あえてその話を避ける龍一郎に腹が立った。
「俺が一番気にしてることは話してくれないんだね」
聞こえないくらいにそう勇士が小さく呟く。ぎゅっと胸の辺りを鷲掴む。
「まともっぽく言うけど父さんは俺のためにそうしたんじゃない」
「そんなことはない。俺はお前を想って──」
「想っていたのは俺じゃない! 父さんは俺を愛してなんかいなかった!」
「っ……」
「父さんが愛していたのは俺のお父さんだ!」
言い切ってやる。龍一郎が息を呑むのを感じた。
「勇士、それは……、」
龍一郎が弁解しようとするが途中で言い淀む。それもそうだろう、それが真実なのだから。
「父さんは親友を俺に重ねてたんだ。だからこんな下のものまで着けさせて。はっきり言えよ! 俺はただの親友の代わり、そうだろ!?」
「っそうじゃない。俺は、俺は……!」
まるで首を絞められているように龍一郎が苦しそうに訴える。しかしはっきり否定はしない。つまりはそういうことなのだろう。
涙が溢れてくる。
「ひぐっ、じゃあなんで黙るんだよ! 愛してるって一言がどうして言えないんだよ!」
勇士は龍一郎の方へと振り向く。泣く勇士を前に龍一郎はひどく狼狽えていた。
親の愛だけでもと望んでいたのにそれさえも出来ない。
感情が爆発して勇士は涙を雨のように流す。
「うぅ、っひぐっうぐ、どうして……、なんで俺を見てくれないの? ひぐっ、うぅ……ずっと、いい子でいようと頑張ってきたのに。っげほ、ゴホッ」
体が熱い。咳も急に出てくる。
「ゴホッゴホッ、げほっ、ヒュッ──」
「勇士……!」
咳がひどくて呼吸する暇もない。龍一郎が慌てて勇士のそばに来て背中を摩る。そんな手はいらないと、摩る手を払い除けようとするけれど弱々しくて触るだけになってしまう。
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