【完結】誓いの鳥籠

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第二十一話

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「その血……」
「返り血だ。俺の血じゃない」
「よかった。……っまさか樋宮のじゃ」
「違う」
 淡々と龍一郎が言う。ほっと安堵するが。
「帰るぞ」
 突然の一言に我に返る。龍一郎が勇士を抱きかかえる。
「嫌だ! 帰らない! 父さん、離してくれ!」
 逃げようと暴れる。拍子に地面に倒れるが、龍一郎が決して勇士を離さない。彼の腕が鎖のように体を拘束して上手く動けない。
「勇士……!」
「離して! 俺はもう父さんのそばにいたくないんだ!」
 ピタリと龍一郎の動きが止まる。その隙に鎖から這い出る。あともう少しで自由が手に入る。しかしそこで龍一郎の手が勇士の顔を覆う。
 口元が布で塞がれる。
「んーー! んぅ…………」
 意識が消えていく。抵抗する術はなかった。


 誰かの泣き声が聞こえる。悲しみじゃない。あの泣き声は嬉し泣きだ。
 うつらうつらと意識が浮上する。
(……車?)
 窓の背景は流れるように過ぎていく。
 ぼやぼやとした視界に男の影を見る。男は涙をボロボロと流して勇士を強く抱いていた。
「……勇士、良かった。無事で本当に……!」
(父さん……?)
 見たこともない乱れた様子で龍一郎は泣いていた。まるで別人のようだ。
 うっすらと自分に何があったのかを思い出す。
(俺、捕まったのか。あ、……樋宮)
「ひ、……の」
 自分が捕まったのなら樋宮も危ないかもしれない。それに樋宮は組を裏切ったのだ。捕まったのなら無事ではないだろう。
 しかし体がどうにも重くて声が出ない。やっとのこと呟くと龍一郎は聞き逃さなかったようで「勇士?」と呼びかける。
「はぁはぁ…………ひの、ゴホッゴホッ」
 雪が降ってるのかと勘違いするくらい体が寒い。喋ろうとすると咳が出て苦しい。
 龍一郎が勇士の額に手を添える。
 大きくて暖かい。大好きな手だ。うっとりと目を細めて浸っていると龍一郎が難しい顔をして運転手へ言う。
「進路を変えろ。帰る前に医者へ寄っていく」
「げほっゴホッ……さむい」
 虫のような小さな声はしっかりと龍一郎の耳に届いたようで、彼は自身の上着を脱いで勇士にかける。それから体温を奪わないようにと、ついた雨粒をハンカチで拭っていく。
「父さん……」
 勇士にはどうしようもない。だが龍一郎なら。
「なんだ?」
 そう優しく言葉を待つ龍一郎の姿は昔に戻ったようだった。懐かしくて愛おしい。
 だからきっと自分の願いを聞いてくれると思った。
「樋宮を、どうか許して。げほっげほ、……アイツは、俺に巻き込まれただけなんだ」
「分かった。よく分かったから今は目を瞑って眠るんだ」
 そっと手で目元を遮られ、視界にカーテンが出来る。眠気があったのは事実で勇士は逆らうことは出来ずに意識を落とした。
 次に目を覚ましたのは龍一郎が使う家の寝室だった。彼のベッドに横になっていて、天井をぼうっとした意識で眺める。
 車で眠ってから何時間経ったのかも分からない。寝室のカーテンは閉め切っていて、灯りが部屋をオレンジ色にうっすらと染める。
 ベッドからは龍一郎のちょっと色っぽい匂いがふんわりと漂って勇士を包み込む。
 起きてはいるのに意識がはっきりしない。体も怠く、熱があるだろうということは明らかだった。けれど龍一郎の匂いに包まれて心地だけは良かった。
「目が覚めたか」
 扉が開き、龍一郎がトレイを両手に入ってくる。
「父さん……」
 樋宮のことが頭に過ぎる。だが勇士が訊く前に龍一郎は答えてくれた。
「樋宮は大丈夫だ。多少怪我はあるが、一ヶ月もあれば治る。……もう俺たちのことは知っているな? 俺たちヤクザはケジメを必ずつけなければならない。樋宮は破門にした。もう組に戻ることは出来ない」
(樋宮……)
 ここまでで済んだのは良かったのかもしれない。だがこうなったのは結局勇士が原因だ。責任は感じる。
「体調はどうだ?」
「大丈夫だとは言えないかな」
「そうか。熱を測ってみよう」
 龍一郎が体温計を持って勇士の寝間着のボタンを外す。
「腕を少しだけ上げれるか?」
「う、うん……」
 そっと脇に体温計を挟むと、寒くないようにと上に布団を掛ける。
 体調が悪いからか龍一郎が優しい。逆に心が落ち着かない。
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