【完結】誓いの鳥籠

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第十六話

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「勇士、顔を上げなさい」
 静かに龍一郎が声を掛ける。恐る恐る勇士は目線を上げる。
「修学旅行は一度きりだ。お前には色々と我慢をさせてしまっているし、お前のその気持ちも分かる。だが嘘はいけない。お前を学校に通わせたのは俺以外にも人間関係を築いて欲しいと思ったからだ。しかしお前がそのような嘘を吐いて自ら危険に晒すような行為をするなら俺も考え直さなければならない」
 龍一郎が迷いなく言い放つ。
「もう学校へは通わせない。家にいるんだ」
「そんな……」
 それは厳しすぎるだろうと思った。脅しとか冗談だろうと思ったけれどその態度は変わらず、どうやら龍一郎は本気のようだった。
「父さんごめんなさい! 本当に反省してる。もう二度とこんなことしないから学校だけは通わせてください! お願いします!」
 頭を深く下げて懇願する。
(友達と会えないなんて嫌だ。友達ともっと話したい、色んなことを一緒に経験したい)
「勇士、一度目が許されない過ちもあるんだ」
 けれど龍一郎は願いを聞き入れる気はないようだった。諭すように言う彼の表情は何故か悲しげで、まるで罪悪感に苦しんでいるようだった。だがもう学校へは通えないという自身の境遇に意識が向いてしまっている勇士は見たことがない龍一郎の一面に気付くはずがなかった。
 それからというもの勇士は一日をずっと家で暮らしていた。勉強なんかは、パソコンを通して一対一で授業をしてもらっていたが、実際会う人は龍一郎以外いなくてまるで引きこもりのような生活になっていた。
 頑丈な柵で囲われているわけでもないから外に出ようとすれば出ることは出来る。しかしそれは再び龍一郎の信頼を裏切るということだから嫌われたくない勇士は決して外には出なかった。
「ピンポーン!」
 けたたましくインターホンが鳴り、机に広げた課題から顔を上げる。最初に浮かんだのは何故という疑問だった。いつもの食材調達は置き配だからインターホンは鳴らないはず。
 それに友達とはいえ学校以外の龍一郎の目がない密室で他人と一緒にいることも一律禁止されていたため家に誰かクラスメイトを遊びに誘ったことはない。だから友達が訪ねに来たという線も消える。
 勿論、龍一郎の部下が来るなんてことは絶対ない。
 勇士は宗教勧誘かセールスマンだろうかと目星をつける。滅多に来ない来客に警戒心を抱いたまま勇士は自室から出て階段を降り、玄関のドアノブを捻る。
「鐵!」
「樋宮……。お、おい!」
 扉の奥から鬼気迫る様子で中に入って来たのは樋宮だった。止める暇もなかった。
「何勝手に入って来てんだよ」
「すまん。けど時間がないんだ!」
「はあ!?」
 樋宮は靴を脱ぐとすぐさまリビングへ向かい、そしてまた廊下に戻って来る。首を忙しなく動かしていて、どうやら彼は何かを探しているようだった。
「鐵、お前の部屋どこだ?」
「二階の突き当たりだけど……」
 聞くや否や急いで階段を上がっていく。何をするつもりだと勇士も後を追いかけた。自室では樋宮がクローゼットから衣服を取り出して、部活用の大きなスポーツバッグにぐちゃぐちゃと詰め込んでいた。
「おい、何やってんだよ!?」
 樋宮は何も答えない。精神が昂った危なげな瞳でただ手だけを動かす。流石の勇士も何か異常な状況であることを悟る。
 スマホの充電器も無造作にバッグに入れて、一旦部屋を見渡す。そしてまるでもう用は済んだとばかりに樋宮は肩に膨れたバッグをかけ、勇士の腕を強く掴み部屋から引っ張り出す。
「鐵、来てくれ!」
「っちょ──!」
 訊く猶予も与えない。
 樋宮から連れられるまま玄関から庭に出る。頑なな背中が不気味で怖かった。
「おい! マジでなんなん!? こんなことして急になんのつもりだよ!」
「話は後だ」
「はあ!? てかどこ連れてく気だよ!?」
「…………」
「言っとくが、俺家からは出られねーぞ」
 けれど向かう方向は真っ直ぐ門だ。
「だから外は無理だっての! おい話聞いてんのか!? ……だから出ねーぞ。おい引っ張んな。痛いって! 手離せよ!」
 歩みは止まらない。
 緑の芝生から灰色のアスファルトに足を踏み出す直前、勇士は「止めろっての!」と腕を掴む手を振り払った。
「一体なんなんだよ! なんで無理に外に連れ出そうとすんだよ!」
「勇士、今は説明する時間がないんだ。頼むから俺について来てくれ」
「嫌だ! そんな強引な手を使っていいのは父さんだけだ。今ここで説明しなきゃ絶対動かないからな! それとお前、俺が内緒で修学旅行に行こうとしてたこと父さんに告げ口しただろ。そこもきちんと説明しろ!」
 全く気付かれていなかったのに、樋宮に話した途端龍一郎に全てがバレた。偶然とは思えないタイミング。樋宮が龍一郎に告げ口したと勇士は確信していた。
 コンクリートで足を埋められたように勇士は全く動く気を見せない。それでようやく樋宮は観念したようだった。
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