【完結】誓いの鳥籠

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第八話

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 けれど貞操帯を着けていることにやり過ぎなんじゃないかと疑問を抱く度、毎回樋宮は『普通』だと言って勇士を安心させる。勇士はその言葉を信じて今まで貞操帯を着けることに抵抗はしなかった。
 けれどやはりこれはおかしいんじゃないかと思うことがある。普通の親は子どもに貞操帯なんて着けないんじゃないかと。だからその度に勇士は樋宮に問いてこれは普通のことなんだと安心させてもらっていた。
「そうだよな、普通だよな」
 そう自分に言い聞かせるように言う。ふと樋宮に視線を向けると、彼はどうしてか顔を曇らせていた。
「樋宮?」
 樋宮はあっさりした性格なものだからあまり見ない思い詰めている様子に勇士は心配になる。悩みか、どこか体調が悪いのだろうかと顔色を窺おうとすると突然、樋宮の手が両腕を強く掴んだ。
「鐵──!」
 もう耐えきれない。そんな感情が発露しているようだった。
「おい! ここで何をしているんだ!?」
 眩しさに目を細める。腕で視界を埋める光を遮りながら顔を向けると懐中電灯を持った般若がいた。辺りを見ると既に夕陽は沈んでいて真っ暗になっていた。
「すみません、すぐ帰ります……!」
 樋宮の腕を引っ張ってすぐ立ち去ろうとする。けれど「待ちなさい!」と前を塞がれてしまった。男性教師がスマホを取り出し、誰かに連絡を取る。その後、懐中電灯を手にした教師が大勢集まってきた。
「良かった。見つかったんですね」
「皆心配していたんですよ」
 各々が安心した様子で二人を囲む。きっと下校時刻を過ぎてしまったからだろうが、それだけで教師総勢で生徒を探すようなことも、こんな大事にすることもないだろう。それに教師達は二人ではなく、勇士を見て安堵しているように感じる。
「勇士」
 どっしりとした低い声。親猫の鳴き声に反応する子猫のように勇士が気付くのは早かった。
「……父さん」
 龍一郎は勇士の姿を足から頭までざっと視認すると、教師たちに「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」と頭を下げる。思わず目を見開いた。
「い、いえいえ。見つかって良かったです」
 教師達も驚きながらも腰を引かせる。あの龍一郎が頭を下げている。自分は大きなしでかしをした、そうやっと勇士は理解した。
「えっと、迷惑かけてしまってすみませんでした……!」
 下校時刻を過ぎただけでそれ以上にどんなやらかしをしてしまったのかは察しがつかない。けれど龍一郎が謝っているのだからと勇士も頭を下げた。
「勇士、行くぞ」
 龍一郎の声に勇士はすぐに背中についていくが、その前に「樋宮またな」と後ろを振り返る。
「……ああまたな」
 いつもの仏頂面で返事が来るが、樋宮は目線を勇士の背後へと向ける。視線を追うと、その先には龍一郎がいた。二人はじっと目を合わせ、勇士でも間に入る余地がないようななんとも言えない沈黙が広がる。
「勇士」
 再び龍一郎に名前を呼ばれて、勇士は父の後をついていく。
「……父さん、樋宮と知り合いなのか?」
「いや、会ったこともない」
 龍一郎はそう言い切るが、何かを隠しているようでならなかった。けれど深く訊いてはいけないような雰囲気に嫌われたくない勇士に迫る勇気などあるはずはない。
「そう……」
 車に乗り込む。壁を感じて寂しさを感じている勇士に対して龍一郎は硬い表情に怒りを含ませていた。
「勇士、下校時刻は過ぎている。どれだけ待ったと思っているんだ」
「ごめんなさい」
 龍一郎は勇士を迎えに行くことになっていた。待ち合わせはもっと明るい時間だったはず。随分と父を待たせていたに違いない。勇士はすぐに謝った。
「いつまで経っても来ない。何度連絡しても返事一つもない。何かあったのかと先生にも協力してもらってお前を探したんだぞ」
「っえ」
 慌ててバッグからスマホを取り出すと、画面にはいくつもの不在着信とメッセージの通知が表示されていた。下にばかり意識が行ってしまって気付かなかった。
 勇士が通う私立の小中高一貫校に龍一郎は多額の寄付をしている。だからある程度龍一郎の要望は聞き入れられる。教師に協力を仰ぐなど造作もないこと。
 教師が勇士を見て安堵していた理由もそれかと納得する。けれどスマホの表示では時間はまだ下校時刻を少し過ぎただけで、それ以上のやらかしは一切ない。正直それだけでと思わざるを得なかった。
「ここまで遅くなる程部活が忙しいとは思っていなかった。こんな夜道を子どもに帰らせるなど教師の意識が完全に欠けている。学校には一言言っておくべきだな」
 過ぎ去っていく光景を背後にハンドルを握る龍一郎の横顔は厳しくしかめられている。
「違うんだ父さん! 部活はいつも通りの時間に終わったんだ。けど樋宮とつい話が盛り上がってしまって……」
 そんなことをされては敵わないと勇士は慌てた。すると龍一郎は何故か不機嫌そうに更に顔をしかめさせる。勇士に向ける表情は苦言を言いたげで、けれど何かを抑え込んだ様子で視線を前に戻す。
「そういうことならいい。だがこれからは陽が落ちるのも早くなる。春になるまで迎えは毎日しよう」
「そんなのいいよ! 今だって忙しくてまともに休んですらないのに。父さんにそこまで迷惑かけたくない」
「迷惑だなんて今まで一度も思ったことはないし、お前がそう思う必要もない。これは親の責任だ」
 そう言われてしまっては龍一郎を止める返しは何も思いつかない。
(……また親の責任か)
 子を心配するからではなくあくまで責任があるから。寂しさの溜め息をぐっと堪える。窓ガラスから走る景色を見ると暗がりの景色がもっと暗くなったように感じた。
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