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第五話
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体に同じように絵が描いてあるからきっと友達。
突発的な脈絡に、子ども特有の肝心なところで過程をすっ飛ばした話し方に、龍一郎は混乱することはなく意味をしっかり受け取ったようでどこか重い面持ちのまま言う。
「ゆうはたこ焼きのおじさんと父さんがお友達だと思ったのか?」
「うん。違うの?」
「うーん、友達とは言えないな」
「じゃあちじんってやつ?」
「……以前は舎弟だったが、今はそうではないからな。ゆうの言う通り知人という呼び方が正しいかもな」
意味を全て汲み取れず、勇士は「ふーん」とだけ流す。けれど一つ知人の言っていた『どうかもどってきてください』という言葉が引っかかる。
「父さんはちじんさんの所にもどっちゃうの? ……父さん遠くへ行っちゃうの?」
そう訊いた途端、龍一郎が驚いたように目を見開く。そうしてしばらく考え込むように黙っていると段々と勇士の自信は失っていく。
「……やっぱり僕は父さんの本当の子どもじゃないから」
迷っているようなのはそれが原因だろうと萎んだ声でぼそりと呟く。それを龍一郎は聞き逃しはしなかった。途端、真剣な面持ちで龍一郎が言う。
「……ゆうは俺の大切な息子だ。たとえ血が繋がってなくとも俺はゆうを本当の子どものように想い、愛してる」
『愛してる』その一言は勇士の心を震わせる。
「俺はゆうを必ず守り立派に育てると命に懸けて、そしてお前の両親にそう誓った。だから戻ったりも遠くに行ったりもしない。ずっとゆうと一緒だ」
それを聞いて勇士はひどく安堵したのに驚いた。思ったよりあのおじさんの言葉に不安を覚えていたのかもしれない。
だが広がる安堵も先程湧いた愛の一言の歓喜にかき消される。もうこれ以上は何もいらない。あの龍一郎の一言はそこまでの気持ちにさせた。
確実にあの頃は息子への愛があったと言えよう。だが結局龍一郎は戻ってしまったし、遠くへ行ってしまった。
龍一郎はあまり家には帰って来なくなった。激務な職場に転職したと話すが、それが嘘だと勇士は気付いていた。
龍一郎は家に仕事の話など一切持ち込まないタイプだが、一度家の前に高級車が止まってガタイのいい男たちが父を出迎えていたことがあった。龍一郎はこっぴどく叱っていたようだったが、その交わされる会話のなかで「組長」と父を呼んでいた。
決定的に分かったのは中学の頃。情報の授業の最中、こっそり調べてみたら、「大志万」の元組長が再びトップに返り咲いたというネットニュース記事がすぐに出てきた。その組長は徹底して自身に関する全ての情報を消しており、顔も年齢も一切分からなかったが、自宅に舎弟らしき人物が現れたのは同じ時期だし、地域もばっちり記事と同じだった。
元組員だとは気付いていたが、まさか本当にトップだったとは。
そして龍一郎が勇士を遠ざけたのも同じ時期だった。それは勇士が小学校三年生になって初めて学校に通い始めた時期だ。
小学生に上がる頃になってもランドセルすら買わせず卒業まで勉強は俺が面倒を見ると言って、親の同伴なしに家から一歩たりとも出ることを許さない、正に鳥籠に囚われたような状態だった。けれど突然厳しいルールの下ではあるが急に登校を許可し、体調だったり、一日の様子を一時間単位で訊いたりなんかの干渉も一切なくなった。
愛故の過保護から責任故の過保護に変わった、感覚から言えばそんな感じだろう。
それから龍一郎は表情を絶えず変化させることもなく、慈愛に満ちた微笑みは勇士に向けられることは一切なくなってしまった。
まるで他人のような、勇士に向けられる態度はそんな冷たいものだった。
子どもには一番かわいい時期があるという。その時期を終えてしまったからもう自分に愛情を抱かなくなってしまったのだろうか。
龍一郎は組長に返り咲き、息子との距離を置いて遠い存在になってしまった。
けれど勇士はまた感情豊かな、柔らかな微笑みを浮かべる龍一郎に会いたいと思う。あの優しい日々を一度経験してしまったら諦めることなんて出来なかった。
(父さんと仲良くなりたい)
誕生日に勇気を出して外食に誘ったのもそのためだった。
突発的な脈絡に、子ども特有の肝心なところで過程をすっ飛ばした話し方に、龍一郎は混乱することはなく意味をしっかり受け取ったようでどこか重い面持ちのまま言う。
「ゆうはたこ焼きのおじさんと父さんがお友達だと思ったのか?」
「うん。違うの?」
「うーん、友達とは言えないな」
「じゃあちじんってやつ?」
「……以前は舎弟だったが、今はそうではないからな。ゆうの言う通り知人という呼び方が正しいかもな」
意味を全て汲み取れず、勇士は「ふーん」とだけ流す。けれど一つ知人の言っていた『どうかもどってきてください』という言葉が引っかかる。
「父さんはちじんさんの所にもどっちゃうの? ……父さん遠くへ行っちゃうの?」
そう訊いた途端、龍一郎が驚いたように目を見開く。そうしてしばらく考え込むように黙っていると段々と勇士の自信は失っていく。
「……やっぱり僕は父さんの本当の子どもじゃないから」
迷っているようなのはそれが原因だろうと萎んだ声でぼそりと呟く。それを龍一郎は聞き逃しはしなかった。途端、真剣な面持ちで龍一郎が言う。
「……ゆうは俺の大切な息子だ。たとえ血が繋がってなくとも俺はゆうを本当の子どものように想い、愛してる」
『愛してる』その一言は勇士の心を震わせる。
「俺はゆうを必ず守り立派に育てると命に懸けて、そしてお前の両親にそう誓った。だから戻ったりも遠くに行ったりもしない。ずっとゆうと一緒だ」
それを聞いて勇士はひどく安堵したのに驚いた。思ったよりあのおじさんの言葉に不安を覚えていたのかもしれない。
だが広がる安堵も先程湧いた愛の一言の歓喜にかき消される。もうこれ以上は何もいらない。あの龍一郎の一言はそこまでの気持ちにさせた。
確実にあの頃は息子への愛があったと言えよう。だが結局龍一郎は戻ってしまったし、遠くへ行ってしまった。
龍一郎はあまり家には帰って来なくなった。激務な職場に転職したと話すが、それが嘘だと勇士は気付いていた。
龍一郎は家に仕事の話など一切持ち込まないタイプだが、一度家の前に高級車が止まってガタイのいい男たちが父を出迎えていたことがあった。龍一郎はこっぴどく叱っていたようだったが、その交わされる会話のなかで「組長」と父を呼んでいた。
決定的に分かったのは中学の頃。情報の授業の最中、こっそり調べてみたら、「大志万」の元組長が再びトップに返り咲いたというネットニュース記事がすぐに出てきた。その組長は徹底して自身に関する全ての情報を消しており、顔も年齢も一切分からなかったが、自宅に舎弟らしき人物が現れたのは同じ時期だし、地域もばっちり記事と同じだった。
元組員だとは気付いていたが、まさか本当にトップだったとは。
そして龍一郎が勇士を遠ざけたのも同じ時期だった。それは勇士が小学校三年生になって初めて学校に通い始めた時期だ。
小学生に上がる頃になってもランドセルすら買わせず卒業まで勉強は俺が面倒を見ると言って、親の同伴なしに家から一歩たりとも出ることを許さない、正に鳥籠に囚われたような状態だった。けれど突然厳しいルールの下ではあるが急に登校を許可し、体調だったり、一日の様子を一時間単位で訊いたりなんかの干渉も一切なくなった。
愛故の過保護から責任故の過保護に変わった、感覚から言えばそんな感じだろう。
それから龍一郎は表情を絶えず変化させることもなく、慈愛に満ちた微笑みは勇士に向けられることは一切なくなってしまった。
まるで他人のような、勇士に向けられる態度はそんな冷たいものだった。
子どもには一番かわいい時期があるという。その時期を終えてしまったからもう自分に愛情を抱かなくなってしまったのだろうか。
龍一郎は組長に返り咲き、息子との距離を置いて遠い存在になってしまった。
けれど勇士はまた感情豊かな、柔らかな微笑みを浮かべる龍一郎に会いたいと思う。あの優しい日々を一度経験してしまったら諦めることなんて出来なかった。
(父さんと仲良くなりたい)
誕生日に勇気を出して外食に誘ったのもそのためだった。
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