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第四話
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皆が幼稚園に通っている頃、勇士は通園することはなく龍一郎が家で全て面倒を見ていた。
「いらっしゃいませ、お団子いかがですか?」
「すごいな。どれも美味しそうだ」
「えへへ。僕ね、一つ一つおまじないをかけて作ったんだよ」
「そうか。だからどれも美味しそうなんだな」
庭先で体の大きな男と小さな幼児が向き合うようにして屈み、楽しそうに会話を弾ませていた。その二人の間には綺麗に丸く整えられた泥団子が一列にずらっと並ぶ。
今とそう変わらない容姿の龍一郎の表情は常に豊かに変化し、勇士の目は大きく輝き、父に無垢な笑みを向けている。
「そうだな。ではせっかくだし全部いただこうか」
そんな龍一郎の言葉に勇士は「うん! 全部召し上がれ!」とうんと笑みを浮かべて喜ぶ。
「お代はいいのか?」
「いいの。僕の父さんだから特別にタダだよ」
龍一郎の頬が幸せそうに緩む。勇士は「これも特別だよ」と泥団子を手に龍一郎の口へ向けた。
「あーん」
龍一郎も勇士が何を求めているいるか汲み取って快く口を開きモグモグと咀嚼するフリをする。
「美味しい?」
首を大きく傾げる勇士に龍一郎は「ああ、口いっぱいに幸せの味が広がるよ」と微笑んだ。
一緒に遊ぶなんてこと今の龍一郎からは想像がつかない。けれどこの頃の龍一郎は感情豊かで優しさに満ち、今とは何もかもが違っていた。
龍一郎も本格的に遊びに加わり、服も顔も体中二人泥だらけになったところで「父さん、お腹空いた~」と勇士が龍一郎に抱きついて強請る。
「じゃあまずはお風呂に入ってきれいきれいしよう。それからお昼食べような」
「うん!」
「それじゃあ手と足を外のお水で洗ってから中に入ろう。タオル持って来るからここで待ってるんだぞ」
「はーい」
泥だらけの服装のまま家の中に入らせるわけにはいかない。龍一郎が庭の蛇口で汚れを軽く落とし、タオルを取りに行っている間、勇士はもう一個泥団子を作り始める。
「ほら早く!」
「待ってよー」
楽しそうな声に目を向ける。すると門の前を子ども達がサッカーボールを脇に抱えて横切って行った。同年代の友達がいない勇士は花の蜜に誘われる蜂のように楽しげな雰囲気に自然と足が運ぶ。
門から道路に出る。子どもたちが走って行った方角へ顔を向けると、まだ背中が見えていた。
軽い笑い声に一歩踏み出す。
「っ勇士!」
大声が街全体に響く。驚いて肩がビクッと飛び上がる。タオル片手に龍一郎がまるで事故にでも遭ってしまったような様子で慌てて駆けつけて来る。
「危ないじゃないか! 門から出てはいけないって教えただろう!」
タオルで泥だらけの勇士を覆い、抱いて庭に戻るなり厳しく叱りつける。
「……ご、ごめんなさい。僕、み、みんなと遊んでみたくて」
「みんな?」
「……近くに住んでる子」
それを聞いて龍一郎は納得したようだ。叱られて涙目になっている勇士を捉え、冷静さを取り戻す。
「すまない。少し怒り過ぎた。……そうだな、みんなと遊びたいよな。勇士、いつも我慢させてすまない」
「っひく、……もう怒ってない?」
「ああ、もう怒ってない。怖がらせて悪かった」
優しく頭を撫でる大きな手が勇士を安心させる。
「ただもう二度と外には出ないと約束してくれ」
「……うん、もう二度としない」
真剣な口調に勇士も固く誓う。「いい子だ」と龍一郎が柔らかく褒める。
「ほらお腹が減っただろう。お風呂に入って早く食べよう」
龍一郎が手を差し伸ばす。けれど勇士は怒られた反動で思う存分甘えたかった。両手を大きく広げて請う。
「父さん、抱っこ!」
龍一郎が「仕方ないな」と言うもののその頬は緩みきっていた。
湯船に浸かっていて「熱くないのか?」と龍一郎に言われるも勇士は「あつくない」と我慢してまで抱っこのままでいた。
「ゆうは本当に抱っこが好きだな」
嫌というわけではなく微笑みを浮かべながら龍一郎が独り言のように言う。
勇士は龍一郎に抱っこされるのが好きだった。こうしていると龍一郎の美しい顔立ちを間近に見れるし、何より体温という慈愛に全身を包まれて心地良かった。
龍一郎の肩に頭を預けると、彼の背中をよく見ることが出来た。
背中全体を舞う立派な龍。息をするごとに上下する背中は鱗を波立たせ、まるで龍が本当に生きているようだった。
人差し指で龍の形をなぞっているとくすぐったいのか龍一郎が「どうした?」と訊いてくる。
「お父さん、この前のおまつりのことおぼえてる?」
「ああ、勿論だ。屋台いっぱい回って楽しかったもんな」
「うん。そのおまつりのことなんだけど、お父さんとたこ焼き一緒に食べたでしょ。その時たこ焼きのおじさんの腕にヘビの絵が描いてあってね。お父さんの背中にもおっきな龍の絵が描いてあるでしょ」
「…………」
「それでさ、たこ焼きのおじさんがお父さんと話してたじゃん。『どうかもどってきてください』って何度もおじさんお父さんに言っててさ。……お父さん、もしかしてお友達と喧嘩でもしたの?」
「いらっしゃいませ、お団子いかがですか?」
「すごいな。どれも美味しそうだ」
「えへへ。僕ね、一つ一つおまじないをかけて作ったんだよ」
「そうか。だからどれも美味しそうなんだな」
庭先で体の大きな男と小さな幼児が向き合うようにして屈み、楽しそうに会話を弾ませていた。その二人の間には綺麗に丸く整えられた泥団子が一列にずらっと並ぶ。
今とそう変わらない容姿の龍一郎の表情は常に豊かに変化し、勇士の目は大きく輝き、父に無垢な笑みを向けている。
「そうだな。ではせっかくだし全部いただこうか」
そんな龍一郎の言葉に勇士は「うん! 全部召し上がれ!」とうんと笑みを浮かべて喜ぶ。
「お代はいいのか?」
「いいの。僕の父さんだから特別にタダだよ」
龍一郎の頬が幸せそうに緩む。勇士は「これも特別だよ」と泥団子を手に龍一郎の口へ向けた。
「あーん」
龍一郎も勇士が何を求めているいるか汲み取って快く口を開きモグモグと咀嚼するフリをする。
「美味しい?」
首を大きく傾げる勇士に龍一郎は「ああ、口いっぱいに幸せの味が広がるよ」と微笑んだ。
一緒に遊ぶなんてこと今の龍一郎からは想像がつかない。けれどこの頃の龍一郎は感情豊かで優しさに満ち、今とは何もかもが違っていた。
龍一郎も本格的に遊びに加わり、服も顔も体中二人泥だらけになったところで「父さん、お腹空いた~」と勇士が龍一郎に抱きついて強請る。
「じゃあまずはお風呂に入ってきれいきれいしよう。それからお昼食べような」
「うん!」
「それじゃあ手と足を外のお水で洗ってから中に入ろう。タオル持って来るからここで待ってるんだぞ」
「はーい」
泥だらけの服装のまま家の中に入らせるわけにはいかない。龍一郎が庭の蛇口で汚れを軽く落とし、タオルを取りに行っている間、勇士はもう一個泥団子を作り始める。
「ほら早く!」
「待ってよー」
楽しそうな声に目を向ける。すると門の前を子ども達がサッカーボールを脇に抱えて横切って行った。同年代の友達がいない勇士は花の蜜に誘われる蜂のように楽しげな雰囲気に自然と足が運ぶ。
門から道路に出る。子どもたちが走って行った方角へ顔を向けると、まだ背中が見えていた。
軽い笑い声に一歩踏み出す。
「っ勇士!」
大声が街全体に響く。驚いて肩がビクッと飛び上がる。タオル片手に龍一郎がまるで事故にでも遭ってしまったような様子で慌てて駆けつけて来る。
「危ないじゃないか! 門から出てはいけないって教えただろう!」
タオルで泥だらけの勇士を覆い、抱いて庭に戻るなり厳しく叱りつける。
「……ご、ごめんなさい。僕、み、みんなと遊んでみたくて」
「みんな?」
「……近くに住んでる子」
それを聞いて龍一郎は納得したようだ。叱られて涙目になっている勇士を捉え、冷静さを取り戻す。
「すまない。少し怒り過ぎた。……そうだな、みんなと遊びたいよな。勇士、いつも我慢させてすまない」
「っひく、……もう怒ってない?」
「ああ、もう怒ってない。怖がらせて悪かった」
優しく頭を撫でる大きな手が勇士を安心させる。
「ただもう二度と外には出ないと約束してくれ」
「……うん、もう二度としない」
真剣な口調に勇士も固く誓う。「いい子だ」と龍一郎が柔らかく褒める。
「ほらお腹が減っただろう。お風呂に入って早く食べよう」
龍一郎が手を差し伸ばす。けれど勇士は怒られた反動で思う存分甘えたかった。両手を大きく広げて請う。
「父さん、抱っこ!」
龍一郎が「仕方ないな」と言うもののその頬は緩みきっていた。
湯船に浸かっていて「熱くないのか?」と龍一郎に言われるも勇士は「あつくない」と我慢してまで抱っこのままでいた。
「ゆうは本当に抱っこが好きだな」
嫌というわけではなく微笑みを浮かべながら龍一郎が独り言のように言う。
勇士は龍一郎に抱っこされるのが好きだった。こうしていると龍一郎の美しい顔立ちを間近に見れるし、何より体温という慈愛に全身を包まれて心地良かった。
龍一郎の肩に頭を預けると、彼の背中をよく見ることが出来た。
背中全体を舞う立派な龍。息をするごとに上下する背中は鱗を波立たせ、まるで龍が本当に生きているようだった。
人差し指で龍の形をなぞっているとくすぐったいのか龍一郎が「どうした?」と訊いてくる。
「お父さん、この前のおまつりのことおぼえてる?」
「ああ、勿論だ。屋台いっぱい回って楽しかったもんな」
「うん。そのおまつりのことなんだけど、お父さんとたこ焼き一緒に食べたでしょ。その時たこ焼きのおじさんの腕にヘビの絵が描いてあってね。お父さんの背中にもおっきな龍の絵が描いてあるでしょ」
「…………」
「それでさ、たこ焼きのおじさんがお父さんと話してたじゃん。『どうかもどってきてください』って何度もおじさんお父さんに言っててさ。……お父さん、もしかしてお友達と喧嘩でもしたの?」
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