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第一話
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片手でフライパンの縁に卵を当てて、熱々の底へ中身を落とす。透明な白身が段々と白くなっていく様には目を向けず、隣で湯気を立たせる鍋を一瞥してお椀を食器棚から取り出し、お玉で味噌汁をよそい、テーブルに置かれた白米の隣へ。
チンと音を鳴らす電子レンジから温まった昨日の残り物を取り出し皿に盛り付け、冷蔵庫からストックしておいたサラダをテーブルに出す。最後に出来上がった目玉焼きを皿に移せば完成だ。
「いただきます」
食卓を前に座り、どこか憂鬱さを拭いきれないニュースを見ながら勇士は箸を進める。
短く整えられた黒髪、端正な顔立ちに第一ボタンまで締めた学ラン姿は爽やかな好青年といった印象を受ける。
番組が天気予報へと変わってそろそろ食べ終わる頃、玄関から扉を開く音が聴こえる。
家庭的な生活感の溢れるダイニングには似合わない仕立てのいい高級感溢れる黒いスーツ。一瞬ここは小人の家かと見間違える程大きく、服を着ていても分かる体格のいい体。
「……おかえりなさい、父さん」
男が上を脱いで、丁度テレビ前にあるソファに掛ける。疲れたようにネクタイを緩める男に勇士は緊張気味に声を掛けた。
「……ああ、ただいま」
目を向けるまでもなく父がそう返す。後ろへ撫で付けられた艶やかな黒髪、男らしくも色気漂う美しい顔立ち。その立ち姿には思わず見惚れてしまう。けれど父だと言うのにまるで他人を相手にしているような態度に寂しさを感じないはずはない。
「朝ご飯すぐに用意できるけど食べる?」
寂しさを呑み込んで何気ないように訊ねる。沈んだ自分に父が相手をするのも面倒がって嫌われるのは御免だった。
「ああ、もらおう」
それだけ言って父はお風呂場へと行ってしまった。父は綺麗好きで、どんなに疲れていても仕事から家に帰って来る度必ずお風呂に入る。なんなら帰宅途中で温泉にでも寄ったのか、ボディーソープのいい香りを漂わせて帰ることも多々あった。
父がお風呂に入っている間に勇士は朝食を準備していく。父に昨晩の残り物は出したくなかったからおかずは一から作った。
テーブルに用意し終わったと同時に父がお風呂からあがってくる。父はスラックスを履いてはいたが、上は裸だった。
「っ……!」
慌てて顔を下げて視線を逸らす。胸の鼓動が興奮で速くなるのに対して、父は何も気にしていない様子で用意された朝食の前へと座った。
「そんなんじゃ風邪引いちゃうだろ! 早くこれ着て!」
急いで箪笥から持ってきたシャツを俯いたまま父に渡す。父はしばらく受け取ったそれを無言で見つめた後、隆々とした曲線を描く体を滴る雫を手早く肩にかけてあったタオルで拭って大人しくシャツに腕を通してくれた。
安心して勇士も座って残っていた朝食に手をつける。父は仕事が忙しくてあまり一緒に過ごせる時間はない。だからなるべく箸の進みを遅くする。
父は何も喋らず黙々とご飯を食べていた。
「……美味しい?」
恐る恐る訊いてみる。すると父は「うまい」と一言褒めてくれた。それだけで花々が満開になったように喜びが溢れてくる。気恥ずかしさに口角が上がるのを必死に抑えた。けれど。
「料理なんてしなくていい」
「えっ……」
喜びも一転、父の放った言葉に勇士は茫然とする。
「お前が望めばお手伝いさんを雇おう。何度も言っていると思うが、それくらいの余裕はある」
父がそう付け足す。勇士はなんだと安心した。やはり不味いから料理なんてしなくていいとそう言われると思ったのだ。
「いいんだ。俺は好きでやってるから」
掃除、洗濯、料理と家事は全て勇士がこなしていた。けれど勇士は一度もそれを負担に思ったことはない。逆にお手伝いさんを雇うことで自分と父だけの家に第三者が入り込むことが嫌だった。
何度か繰り返されてきたこの話題に父は今回も納得してくれたようで、また黙々と朝食を食べ始めた。
勇士には言いたいことがあった。けれど父の反応が怖くて中々打ち明けられない。
「……あのさ」
登校時間も迫り、朝食ももう全部平らげたところで勇士は思い切って切り出す。
「……今日、父さん夜勤?」
「いや」
「夜は空いてる?」
「ああ、夕方には帰ってくる」
「……じゃあさ今日の夜、外食にでも行かない?」
今日は勇士の誕生日。父は仕事で忙しく中々一緒に過ごせない。こうして朝会うのだって稀だ。だから誕生日くらいは父と仲良く食事でもしたかった。
「分かった」
その一言が聞こえた瞬間、勇士はぱあっと表情を輝かせて顔を上げた。勇士はてっきり父が提案を面倒くさがるのではないかと思っていたのだ。
「なら今日は部活が終わったら校門前で待っていろ。俺が拾いに行く」
「そんなんいいよ。父さん忙しいだろうし」
「今日はそこまで忙しくない」
父に無理をさせているのではないかと心配になるが、迎えに来てくれるのが嬉しくてそれ以上遠慮はしなかった。
チンと音を鳴らす電子レンジから温まった昨日の残り物を取り出し皿に盛り付け、冷蔵庫からストックしておいたサラダをテーブルに出す。最後に出来上がった目玉焼きを皿に移せば完成だ。
「いただきます」
食卓を前に座り、どこか憂鬱さを拭いきれないニュースを見ながら勇士は箸を進める。
短く整えられた黒髪、端正な顔立ちに第一ボタンまで締めた学ラン姿は爽やかな好青年といった印象を受ける。
番組が天気予報へと変わってそろそろ食べ終わる頃、玄関から扉を開く音が聴こえる。
家庭的な生活感の溢れるダイニングには似合わない仕立てのいい高級感溢れる黒いスーツ。一瞬ここは小人の家かと見間違える程大きく、服を着ていても分かる体格のいい体。
「……おかえりなさい、父さん」
男が上を脱いで、丁度テレビ前にあるソファに掛ける。疲れたようにネクタイを緩める男に勇士は緊張気味に声を掛けた。
「……ああ、ただいま」
目を向けるまでもなく父がそう返す。後ろへ撫で付けられた艶やかな黒髪、男らしくも色気漂う美しい顔立ち。その立ち姿には思わず見惚れてしまう。けれど父だと言うのにまるで他人を相手にしているような態度に寂しさを感じないはずはない。
「朝ご飯すぐに用意できるけど食べる?」
寂しさを呑み込んで何気ないように訊ねる。沈んだ自分に父が相手をするのも面倒がって嫌われるのは御免だった。
「ああ、もらおう」
それだけ言って父はお風呂場へと行ってしまった。父は綺麗好きで、どんなに疲れていても仕事から家に帰って来る度必ずお風呂に入る。なんなら帰宅途中で温泉にでも寄ったのか、ボディーソープのいい香りを漂わせて帰ることも多々あった。
父がお風呂に入っている間に勇士は朝食を準備していく。父に昨晩の残り物は出したくなかったからおかずは一から作った。
テーブルに用意し終わったと同時に父がお風呂からあがってくる。父はスラックスを履いてはいたが、上は裸だった。
「っ……!」
慌てて顔を下げて視線を逸らす。胸の鼓動が興奮で速くなるのに対して、父は何も気にしていない様子で用意された朝食の前へと座った。
「そんなんじゃ風邪引いちゃうだろ! 早くこれ着て!」
急いで箪笥から持ってきたシャツを俯いたまま父に渡す。父はしばらく受け取ったそれを無言で見つめた後、隆々とした曲線を描く体を滴る雫を手早く肩にかけてあったタオルで拭って大人しくシャツに腕を通してくれた。
安心して勇士も座って残っていた朝食に手をつける。父は仕事が忙しくてあまり一緒に過ごせる時間はない。だからなるべく箸の進みを遅くする。
父は何も喋らず黙々とご飯を食べていた。
「……美味しい?」
恐る恐る訊いてみる。すると父は「うまい」と一言褒めてくれた。それだけで花々が満開になったように喜びが溢れてくる。気恥ずかしさに口角が上がるのを必死に抑えた。けれど。
「料理なんてしなくていい」
「えっ……」
喜びも一転、父の放った言葉に勇士は茫然とする。
「お前が望めばお手伝いさんを雇おう。何度も言っていると思うが、それくらいの余裕はある」
父がそう付け足す。勇士はなんだと安心した。やはり不味いから料理なんてしなくていいとそう言われると思ったのだ。
「いいんだ。俺は好きでやってるから」
掃除、洗濯、料理と家事は全て勇士がこなしていた。けれど勇士は一度もそれを負担に思ったことはない。逆にお手伝いさんを雇うことで自分と父だけの家に第三者が入り込むことが嫌だった。
何度か繰り返されてきたこの話題に父は今回も納得してくれたようで、また黙々と朝食を食べ始めた。
勇士には言いたいことがあった。けれど父の反応が怖くて中々打ち明けられない。
「……あのさ」
登校時間も迫り、朝食ももう全部平らげたところで勇士は思い切って切り出す。
「……今日、父さん夜勤?」
「いや」
「夜は空いてる?」
「ああ、夕方には帰ってくる」
「……じゃあさ今日の夜、外食にでも行かない?」
今日は勇士の誕生日。父は仕事で忙しく中々一緒に過ごせない。こうして朝会うのだって稀だ。だから誕生日くらいは父と仲良く食事でもしたかった。
「分かった」
その一言が聞こえた瞬間、勇士はぱあっと表情を輝かせて顔を上げた。勇士はてっきり父が提案を面倒くさがるのではないかと思っていたのだ。
「なら今日は部活が終わったら校門前で待っていろ。俺が拾いに行く」
「そんなんいいよ。父さん忙しいだろうし」
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