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 ベッドに腰掛け、部屋に誰もいないことを確認する。そして懐から小さな手鏡を取り出す。
 これは魔法の鏡。今は自分の顔しか映さないが、対となるもう一つの手鏡を相手が手にしたら、この手鏡は相手を映し出し、その者と交信することが出来る。
 結婚の際、兄から持たされた魔法道具の一つだ。
「兄様、早く早く早く!」
 今日一日ダンテとほぼずっと一緒だった。
 俺といるために仕事を明日に回してきたらしい。最悪だ。
 彼は今風呂にいる。
 好きでもなんでもないのだから、流石に風呂は別がいい。その好きじゃないは隠して、風呂は別にして欲しいと百倍柔らかく言った。屋敷にあるもう一つの浴槽からいち早く上がって、今は俺1人だ。
 ダンテはまだ湯に入ったまま。
 やっと1人きりになれた絶好のチャンス。
 だがいつ奴が帰って来るのか分からない。兄が一刻も早く応えることを強く念じる。
 ふと鏡に俺ではない、服の一部が映った。
「兄様!」
 よかったと安堵する。
 俺はいつまで与えられたか分からない1人の時間を無駄にしないように、勢い良く全てを伝える。
「兄様、俺どうすればいい? シュルルの言っていたことは正しかった。アイツは確実に家庭で殴ってくる男だ。アイツ、ずっと俺のことを見てくるんだ。指先の動き一つだって見逃さない。で、俺が礼儀正しくするとアイツ残念そうな顔をするんだ。なんでか分かる?」
 鏡に映る首元は横に振っていた。
 俺は我慢していた精神を爆発させる。
「探しているんだよ!! 俺を殴れる理由を!!」
 きっと向こうの鏡に映る自分は壮絶な顔をしているに違いない。
「ダンテは普段の俺を知ってる。なのになんであの規律正しいダンテが俺を結婚相手に願ったのか。俺を殴るためだ。俺がだらしないってんなら一応殴る大義名分は作れる。そんで外で溜まったストレスを俺で晴らそうって魂胆なんだ! 今日、俺がどんなに完璧なマナーで過ごしていたか分かる!? 椅子にだってちゃんと背筋を正して座って、靴だって潰して履かない。もう窮屈で息なんてできやしなかった!」
 ブフッと兄様が肩を揺らす。
「……まさか兄様笑ってる?」
 ブンブンと首を大きく横に振る。
 なんだか兄様の様子がおかしい。だが今は、人のことより自分のことしか考えられなかった。
「兄様、俺耐えられそうにない。アイツが暴力男だからってだけじゃない。兄様なら分かるだろ。俺がどんなにグロいのが苦手か。アイツが近くにいると吐き気がするんだ。食事だって喉を通すのがやっとだった。しかもこれからアイツと……。拒絶しきれる自信がない。こんな、こんな生活……俺泣きそうだ」
 顔を手で覆う。泣きそうだと言ったが、既にポロポロと涙が流れてしまっていた。
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