闇堕ちから救ったら俺堕ちしたんだが

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第一話

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 ナコイト騎士団第二部隊長アレクシスは国に嵌められた。
 アレクシスは戦争で国を勝利に導いた英雄として崇められていた。しかし戦うその姿は我ら人とは少し違っていた。彼は剣ではなくルフ鳥という極めて珍しい幻獣族の血を解き放ち、翼を広げ、その刃のように鋭い鉤爪をもってして戦に挑む。
 象なんて簡単に持ち上げられる程の鷲に似た大きな鳥。
 その姿があまりにも人とは違い、理性のない本能を剥き出しにする獣を想起させたために上層部は重大な勘違いをした。
 命令など通じない、本能のままにいずれ国に脅威をもたらす獣と捉えるようになったのだ。
 戦争終結後、大きな戦力が必要なくなった途端、始末すべきだと臣下は皇帝に意見した。皇帝はそれに頷いた。
 臣下たちは自身にとって邪魔な派閥の人間を叛逆の可能性があると皇帝に偽りの進言をし、暗部により惨殺した。そしてその罪をアレクシスに被せた。
「陛下、私は殺してなどいません! 冤罪です! どうか信じてください!」
 牢獄に入れられ、アレクシスは現れた皇帝に身の潔白を訴える。しかし皇帝は聞き入れることなどない。
「君は今までよくやった。それには深く感謝している。……だが君は危険すぎる」
 アレクシスはその言葉に理解した。自分が嵌められたと。
 国民は最初、英雄が惨殺事件など起こすはずがないと彼を信じていたが、臣下たちが用意した証人により信頼を曇らせ、アレクシスの部下たちが彼がどんなに凶暴な獣であるかを証言したことで彼は信頼を完全に失ってしまった。
 アレクシスの部下たちに嘘の証言をさせたのも臣下らが仕向けたことだった。
 終戦後の軍事費予算縮小に伴う部隊再編成でアレクシスの隊は解散。隊員たちは新しく職を見つけようにもどこも雇ってはくれず生きるのも苦しい状況だった。
 こんな状況に追い込まれたのも臣下らの思惑だと気付いていた。しかしそこに大金の入る話を持ちかけられたら断れる者はいなかった。
 たとえどんなに慕っていた隊長を裏切ることになろうともだ。
「この怪物が!」
「よくも英雄の皮を被って私たちを騙してたな!」
 刑場に向かう最中、投げられた石がぶつかり、アレクシスは頭から血を流す。国のために命を懸けて貢献してきたというのに民衆は誰一人として彼を信じない。
 国、そして仲間だと思っていた者たちの裏切り。そして追い討ちをかける民衆の薄情さ。
 心優しい青年が瞳の光を失うのには充分すぎた。
 アレクシスは憎悪の炎に呑み込まれ、激情は魔法で厳重に自身を拘束していた鎖さえ簡単に破壊した。
 そこからは復讐だった。ルフ鳥となった彼は暴走し、都市は完全に壊滅、勿論皇帝含めた全ての人諸共だ。
 長期の軍事演習から戻ってきたバルタザールはその光景に立ち尽くした。なぜライバルであるアレクシスがルフ鳥の姿になって破壊の限りを尽くしているのか。
 演習場は都市から驚く程遠く、情報が伝わるのも驚く程遅い。バルタザールは彼が逮捕されたことさえ知らなかったのだ。
 光のない瞳と目が合う。
「か、怪物……」
 背後にいたバルタザールの部下が慄き、呟く。それを聞いてアレクシスは動揺を見せる。我に返ったように周囲を見渡す。再び目が合うと、その瞳からは涙が流れていた。
 その涙は遂に本物の怪物になってしまったことへの哀しみか。
「……助けてくれ」
 声というにはとても小さな、しかし悲痛な叫びだった。バルタザールは戸惑った。だが見捨てることは到底出来ない。ライバルのため彼は剣を抜いた。
 その後バルタザールは事の全貌を知り、人間に対し不信感を抱くようになる。そして自ら魔族に堕ち、人のいない世界を作り出そうと闇の道を進み始める。
 後ろへ撫で付けられた黒の髪、海の瞳は開いた本を見据え、眉は不満に寄せられる。
「これは駄作だろ」
 パラパラと本を読んだ感想はそれだった。
 今日の軍事演習の日程が終わり、帰りにふと本屋に寄ってみると他のとは違い色鮮やかな表紙の本が置いてあった。だから気になって手に取ったのだがどうやら見た目だけだったらしい。
 帯には『「明星のアラウザル」、待望のスピンオフ作品! ライバルの闇堕ちがラスボスの道を作りだす』と大きく書かれていた。
 実際の人物を小説に使うのはどうかと思うし、しかも『闇堕ち』とやらの展開にさせるなんて苦情ものだぞ。
 それに俺がラスボスかよ。というかこれ俺も『闇堕ち』してないか。
「店主、この本の著者は何者だ?」
 そう訊ねるが、店主の爺さんは椅子に背を預け、口を大きく開けていびきをかいていた。
「おい爺さん!」
 声を張り上げる。しかし反応はない。
「……ったく」
 揺すり起こすのも無理そうな様子に俺は本の料金をテーブルに置いて店を出た。
 とりあえず手元にあれば詳細な指摘を著者に伝えることが出来るだろう。本来物語にされたのがバルタザール俺自身なら不快なものの、何も文句を言うつもりはなかった。だが俺のライバルであるアレクシスもとなるとそうはいかない。ライバルの名誉のためにこれは動くべきだろう。
 後日著者の所在なんかは部下に調べさせるとして宿泊所で本を一から深く読んでみると正直驚いた。
 詳らかすぎる。
 俺が一方的にアレクシスをライバルだと思っていることも、彼が俺のことを偉そうでいつも人を見下しているような奴だと嫌っていることも、二人しか知らない会話も全て記述されていた。
 ここまでくると気色悪くさえある。
 もしや著者は俺たちの部下の誰かか、なんて疑いを持つが同時に胸騒ぎがした。ライバルが闇堕ちしたのは丁度今頃、しかもその前の出来事は詳らかすぎる程正確だ。
 なんだかこの本が預言書のように見えてきた。段々と不安になってきて思わず部下を呼び出す。
「軍事演習も終わりに近いが、明日経過報告のため一旦都市へ帰る。俺が戻るまで副隊長の仕切りの元、日程は変わらず進めろ」
「っは!」
 そうして都市に俺は帰った。だがまさか胸騒ぎが的中するなんて。
 アレクシスは本当に殺人犯として逮捕されていた。しかも裁判の結果は有罪、後は死刑執行の日を待つだけだと言う。俺は慌ててアレクシスの元へ走った。
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