1 / 11
第一話
しおりを挟む
ナコイト騎士団第二部隊長アレクシスは国に嵌められた。
アレクシスは戦争で国を勝利に導いた英雄として崇められていた。しかし戦うその姿は我ら人とは少し違っていた。彼は剣ではなくルフ鳥という極めて珍しい幻獣族の血を解き放ち、翼を広げ、その刃のように鋭い鉤爪をもってして戦に挑む。
象なんて簡単に持ち上げられる程の鷲に似た大きな鳥。
その姿があまりにも人とは違い、理性のない本能を剥き出しにする獣を想起させたために上層部は重大な勘違いをした。
命令など通じない、本能のままにいずれ国に脅威をもたらす獣と捉えるようになったのだ。
戦争終結後、大きな戦力が必要なくなった途端、始末すべきだと臣下は皇帝に意見した。皇帝はそれに頷いた。
臣下たちは自身にとって邪魔な派閥の人間を叛逆の可能性があると皇帝に偽りの進言をし、暗部により惨殺した。そしてその罪をアレクシスに被せた。
「陛下、私は殺してなどいません! 冤罪です! どうか信じてください!」
牢獄に入れられ、アレクシスは現れた皇帝に身の潔白を訴える。しかし皇帝は聞き入れることなどない。
「君は今までよくやった。それには深く感謝している。……だが君は危険すぎる」
アレクシスはその言葉に理解した。自分が嵌められたと。
国民は最初、英雄が惨殺事件など起こすはずがないと彼を信じていたが、臣下たちが用意した証人により信頼を曇らせ、アレクシスの部下たちが彼がどんなに凶暴な獣であるかを証言したことで彼は信頼を完全に失ってしまった。
アレクシスの部下たちに嘘の証言をさせたのも臣下らが仕向けたことだった。
終戦後の軍事費予算縮小に伴う部隊再編成でアレクシスの隊は解散。隊員たちは新しく職を見つけようにもどこも雇ってはくれず生きるのも苦しい状況だった。
こんな状況に追い込まれたのも臣下らの思惑だと気付いていた。しかしそこに大金の入る話を持ちかけられたら断れる者はいなかった。
たとえどんなに慕っていた隊長を裏切ることになろうともだ。
「この怪物が!」
「よくも英雄の皮を被って私たちを騙してたな!」
刑場に向かう最中、投げられた石がぶつかり、アレクシスは頭から血を流す。国のために命を懸けて貢献してきたというのに民衆は誰一人として彼を信じない。
国、そして仲間だと思っていた者たちの裏切り。そして追い討ちをかける民衆の薄情さ。
心優しい青年が瞳の光を失うのには充分すぎた。
アレクシスは憎悪の炎に呑み込まれ、激情は魔法で厳重に自身を拘束していた鎖さえ簡単に破壊した。
そこからは復讐だった。ルフ鳥となった彼は暴走し、都市は完全に壊滅、勿論皇帝含めた全ての人諸共だ。
長期の軍事演習から戻ってきたバルタザールはその光景に立ち尽くした。なぜライバルであるアレクシスがルフ鳥の姿になって破壊の限りを尽くしているのか。
演習場は都市から驚く程遠く、情報が伝わるのも驚く程遅い。バルタザールは彼が逮捕されたことさえ知らなかったのだ。
光のない瞳と目が合う。
「か、怪物……」
背後にいたバルタザールの部下が慄き、呟く。それを聞いてアレクシスは動揺を見せる。我に返ったように周囲を見渡す。再び目が合うと、その瞳からは涙が流れていた。
その涙は遂に本物の怪物になってしまったことへの哀しみか。
「……助けてくれ」
声というにはとても小さな、しかし悲痛な叫びだった。バルタザールは戸惑った。だが見捨てることは到底出来ない。ライバルのため彼は剣を抜いた。
その後バルタザールは事の全貌を知り、人間に対し不信感を抱くようになる。そして自ら魔族に堕ち、人のいない世界を作り出そうと闇の道を進み始める。
後ろへ撫で付けられた黒の髪、海の瞳は開いた本を見据え、眉は不満に寄せられる。
「これは駄作だろ」
パラパラと本を読んだ感想はそれだった。
今日の軍事演習の日程が終わり、帰りにふと本屋に寄ってみると他のとは違い色鮮やかな表紙の本が置いてあった。だから気になって手に取ったのだがどうやら見た目だけだったらしい。
帯には『「明星のアラウザル」、待望のスピンオフ作品! ライバルの闇堕ちがラスボスの道を作りだす』と大きく書かれていた。
実際の人物を小説に使うのはどうかと思うし、しかも『闇堕ち』とやらの展開にさせるなんて苦情ものだぞ。
それに俺がラスボスかよ。というかこれ俺も『闇堕ち』してないか。
「店主、この本の著者は何者だ?」
そう訊ねるが、店主の爺さんは椅子に背を預け、口を大きく開けていびきをかいていた。
「おい爺さん!」
声を張り上げる。しかし反応はない。
「……ったく」
揺すり起こすのも無理そうな様子に俺は本の料金をテーブルに置いて店を出た。
とりあえず手元にあれば詳細な指摘を著者に伝えることが出来るだろう。本来物語にされたのがバルタザール俺自身なら不快なものの、何も文句を言うつもりはなかった。だが俺のライバルであるアレクシスもとなるとそうはいかない。ライバルの名誉のためにこれは動くべきだろう。
後日著者の所在なんかは部下に調べさせるとして宿泊所で本を一から深く読んでみると正直驚いた。
詳らかすぎる。
俺が一方的にアレクシスをライバルだと思っていることも、彼が俺のことを偉そうでいつも人を見下しているような奴だと嫌っていることも、二人しか知らない会話も全て記述されていた。
ここまでくると気色悪くさえある。
もしや著者は俺たちの部下の誰かか、なんて疑いを持つが同時に胸騒ぎがした。ライバルが闇堕ちしたのは丁度今頃、しかもその前の出来事は詳らかすぎる程正確だ。
なんだかこの本が預言書のように見えてきた。段々と不安になってきて思わず部下を呼び出す。
「軍事演習も終わりに近いが、明日経過報告のため一旦都市へ帰る。俺が戻るまで副隊長の仕切りの元、日程は変わらず進めろ」
「っは!」
そうして都市に俺は帰った。だがまさか胸騒ぎが的中するなんて。
アレクシスは本当に殺人犯として逮捕されていた。しかも裁判の結果は有罪、後は死刑執行の日を待つだけだと言う。俺は慌ててアレクシスの元へ走った。
アレクシスは戦争で国を勝利に導いた英雄として崇められていた。しかし戦うその姿は我ら人とは少し違っていた。彼は剣ではなくルフ鳥という極めて珍しい幻獣族の血を解き放ち、翼を広げ、その刃のように鋭い鉤爪をもってして戦に挑む。
象なんて簡単に持ち上げられる程の鷲に似た大きな鳥。
その姿があまりにも人とは違い、理性のない本能を剥き出しにする獣を想起させたために上層部は重大な勘違いをした。
命令など通じない、本能のままにいずれ国に脅威をもたらす獣と捉えるようになったのだ。
戦争終結後、大きな戦力が必要なくなった途端、始末すべきだと臣下は皇帝に意見した。皇帝はそれに頷いた。
臣下たちは自身にとって邪魔な派閥の人間を叛逆の可能性があると皇帝に偽りの進言をし、暗部により惨殺した。そしてその罪をアレクシスに被せた。
「陛下、私は殺してなどいません! 冤罪です! どうか信じてください!」
牢獄に入れられ、アレクシスは現れた皇帝に身の潔白を訴える。しかし皇帝は聞き入れることなどない。
「君は今までよくやった。それには深く感謝している。……だが君は危険すぎる」
アレクシスはその言葉に理解した。自分が嵌められたと。
国民は最初、英雄が惨殺事件など起こすはずがないと彼を信じていたが、臣下たちが用意した証人により信頼を曇らせ、アレクシスの部下たちが彼がどんなに凶暴な獣であるかを証言したことで彼は信頼を完全に失ってしまった。
アレクシスの部下たちに嘘の証言をさせたのも臣下らが仕向けたことだった。
終戦後の軍事費予算縮小に伴う部隊再編成でアレクシスの隊は解散。隊員たちは新しく職を見つけようにもどこも雇ってはくれず生きるのも苦しい状況だった。
こんな状況に追い込まれたのも臣下らの思惑だと気付いていた。しかしそこに大金の入る話を持ちかけられたら断れる者はいなかった。
たとえどんなに慕っていた隊長を裏切ることになろうともだ。
「この怪物が!」
「よくも英雄の皮を被って私たちを騙してたな!」
刑場に向かう最中、投げられた石がぶつかり、アレクシスは頭から血を流す。国のために命を懸けて貢献してきたというのに民衆は誰一人として彼を信じない。
国、そして仲間だと思っていた者たちの裏切り。そして追い討ちをかける民衆の薄情さ。
心優しい青年が瞳の光を失うのには充分すぎた。
アレクシスは憎悪の炎に呑み込まれ、激情は魔法で厳重に自身を拘束していた鎖さえ簡単に破壊した。
そこからは復讐だった。ルフ鳥となった彼は暴走し、都市は完全に壊滅、勿論皇帝含めた全ての人諸共だ。
長期の軍事演習から戻ってきたバルタザールはその光景に立ち尽くした。なぜライバルであるアレクシスがルフ鳥の姿になって破壊の限りを尽くしているのか。
演習場は都市から驚く程遠く、情報が伝わるのも驚く程遅い。バルタザールは彼が逮捕されたことさえ知らなかったのだ。
光のない瞳と目が合う。
「か、怪物……」
背後にいたバルタザールの部下が慄き、呟く。それを聞いてアレクシスは動揺を見せる。我に返ったように周囲を見渡す。再び目が合うと、その瞳からは涙が流れていた。
その涙は遂に本物の怪物になってしまったことへの哀しみか。
「……助けてくれ」
声というにはとても小さな、しかし悲痛な叫びだった。バルタザールは戸惑った。だが見捨てることは到底出来ない。ライバルのため彼は剣を抜いた。
その後バルタザールは事の全貌を知り、人間に対し不信感を抱くようになる。そして自ら魔族に堕ち、人のいない世界を作り出そうと闇の道を進み始める。
後ろへ撫で付けられた黒の髪、海の瞳は開いた本を見据え、眉は不満に寄せられる。
「これは駄作だろ」
パラパラと本を読んだ感想はそれだった。
今日の軍事演習の日程が終わり、帰りにふと本屋に寄ってみると他のとは違い色鮮やかな表紙の本が置いてあった。だから気になって手に取ったのだがどうやら見た目だけだったらしい。
帯には『「明星のアラウザル」、待望のスピンオフ作品! ライバルの闇堕ちがラスボスの道を作りだす』と大きく書かれていた。
実際の人物を小説に使うのはどうかと思うし、しかも『闇堕ち』とやらの展開にさせるなんて苦情ものだぞ。
それに俺がラスボスかよ。というかこれ俺も『闇堕ち』してないか。
「店主、この本の著者は何者だ?」
そう訊ねるが、店主の爺さんは椅子に背を預け、口を大きく開けていびきをかいていた。
「おい爺さん!」
声を張り上げる。しかし反応はない。
「……ったく」
揺すり起こすのも無理そうな様子に俺は本の料金をテーブルに置いて店を出た。
とりあえず手元にあれば詳細な指摘を著者に伝えることが出来るだろう。本来物語にされたのがバルタザール俺自身なら不快なものの、何も文句を言うつもりはなかった。だが俺のライバルであるアレクシスもとなるとそうはいかない。ライバルの名誉のためにこれは動くべきだろう。
後日著者の所在なんかは部下に調べさせるとして宿泊所で本を一から深く読んでみると正直驚いた。
詳らかすぎる。
俺が一方的にアレクシスをライバルだと思っていることも、彼が俺のことを偉そうでいつも人を見下しているような奴だと嫌っていることも、二人しか知らない会話も全て記述されていた。
ここまでくると気色悪くさえある。
もしや著者は俺たちの部下の誰かか、なんて疑いを持つが同時に胸騒ぎがした。ライバルが闇堕ちしたのは丁度今頃、しかもその前の出来事は詳らかすぎる程正確だ。
なんだかこの本が預言書のように見えてきた。段々と不安になってきて思わず部下を呼び出す。
「軍事演習も終わりに近いが、明日経過報告のため一旦都市へ帰る。俺が戻るまで副隊長の仕切りの元、日程は変わらず進めろ」
「っは!」
そうして都市に俺は帰った。だがまさか胸騒ぎが的中するなんて。
アレクシスは本当に殺人犯として逮捕されていた。しかも裁判の結果は有罪、後は死刑執行の日を待つだけだと言う。俺は慌ててアレクシスの元へ走った。
4
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
婚約破棄された婚活オメガの憂鬱な日々
月歌(ツキウタ)
BL
運命の番と巡り合う確率はとても低い。なのに、俺の婚約者のアルファが運命の番と巡り合ってしまった。運命の番が出逢った場合、二人が結ばれる措置として婚約破棄や離婚することが認められている。これは国の法律で、婚約破棄または離婚された人物には一生一人で生きていけるだけの年金が支給される。ただし、運命の番となった二人に関わることは一生禁じられ、破れば投獄されることも。
俺は年金をもらい実家暮らししている。だが、一人で暮らすのは辛いので婚活を始めることにした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる