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第四十話 嘘
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※イェルク視点
「う、……ぅう……」
葬儀でも見せなかったイライアスの涙。
イライアスは今やっと兄の死を受け入れることが出来たのだろう。
「イライアス、お前は兄貴によって生かされたんだ。アランはお前に生きて欲しかったんだ。その願いをお前は踏み躙るつもりか?」
イライアス自身も何故兄が死んだのか勘付いていたはずだ。だが兄が自分のために死んだという事実はあまりにも受け入れ難かった。けれどこのまま目を逸らし続けるなんて兄の願いを無視するようなものだ。
「ぅう……おれの、せいで……うぅ、っおれがおにいちゃんを……」
心の内ではずっとそうやって自分を責めていたのだろう。
涙を流すイライアスに俺は静かに言う。
「お前の兄貴は自分をそんな風に責めて欲しくて身を捧げたわけじゃない。俺はアイツからお前を魔力から守るための手助けを求められたんだ。……すまないな、俺はアイツが命尽きるまでお前を助けようとしていたことに気づかなかった、そして止められなかった。お前の兄貴の死は俺の責任でもある」
イライアスは俺を責める権利がある。俺がもっとアランに注意を向けていればアイツの死は避けることが出来たかもしれないのだ。
「ぅぅ……っちがう……おれの、おれのせいなんだ……」
けれどイライアスは俺ではなく自分を責め続ける。いっそのことこれで俺に憎しみでも恨みでも全てぶつけて自分を責めずにいてくれたらいいのになと思ったが、そう上手くはいかない。だがそれだけの腹積もりで俺はそれを打ち明けたわけではなかった。
「……アイツは手助けを求めた時、俺にこのことを秘密にしてくれと言った。アイツはお前を守ろうとしていることを周囲に知られたくなかったんだ。特にイライアス、お前にはだ。それが何を意味するか分かるか?」
「うぅ…………」
「アイツは知られてしまったら自分を責め、守られることも自ら拒絶するだろうと思ってお前には隠してたんだ。アランはな、お前に自分自身を追い詰めて欲しくはないんだ。生きて欲しいと願っても決して辛いだけの生をおくって欲しいわけじゃない。お前には幸せになって欲しいんだよ」
掠れた嗚咽を小さく漏らしながら、イライアスははらはらと雫を流して泣き続ける。思わず指先で涙を拭おうとしてしまいそうになるが、それは恋人の役目であって俺ではない。
イライアスに迫るように乗り出していた体を起こし、ベッドに腰掛けて友の悲しみに寄り添う。イライアスが暗く濁った瞳から涙を溢れさせながら独り言のように呟く。
「うぅ……俺は……兄上のために生きてきた。……兄上がいないのならもう俺に生きる意味はない」
「……お前にとってアランはそこまで大事な存在なんだな」
イライアスにそれ程までに言わしめるアランを羨ましく思った。イライアスにはアランしか目に映ってはいないのだ。
全く……アイツには敵わないな。
「……っ兄上に会いたい。兄上に…………!」
「っお、おい!?」
体をガクガクと震わせ、無理矢理にベッドから起き上がる。今にも倒れそうなイライアスに慌てて駆けつけ肩を支える。
案の定体は立つことには耐えきれず、ガクッと床に膝がつく。それでもイライアスは動かない足の代わりにその痩せきった細い腕で床を這いずりながらも必死にどこかを目指す。
「……兄上、兄上…………」
懇願するように何度も何度も兄を呼ぶ姿に胸が苦しくなる。
ただ俺はこうして倒れないように肩を支えることしか出来ない。俺はイライアスに何もしてやれない。
それが途轍もなくやるせなかった。
「……兄上、兄上ッハァ……ッハァ──!」
イライアスの呼吸が乱れる。まさか喘息か!?
「誰か、誰かいないか!?」
「は、はい陛下……!」
使用人が慌てた様子で部屋に入ってくる。
「医者を、今すぐ医者を呼んでくれ!!」
「っは、はい、ただいま!」
「イライアス、大丈夫か?」
陸に打ち上げられた魚のように酸素を絶え間なく求める。相当息苦しいのだろう。胸をぎゅっと押さえ、眉間にきつく皺を寄せている。
「ッハァ、ッハァ……あ、にうえ、ッハァ、あに、うえ……」
それでも未だ兄を求める。このままだとイライアスが死んでしまうような気がした。
何か言葉を掛けてやりたい。イライアスを絶望から救いたい。けれど俺にはそんなこと────。
俺はとんでもないことを思いついてしまった。
「イライアス、お前兄貴に会いたいか?」
「ッハァ、ッハァ……あい、たい……! ッハァ、あに、うえにあいたい……!」
「そうか。なら一つだけ方法がある。時間魔法だ。魔法でアランが生きている頃まで時を遡るんだ」
「……っそんなことが出来るのか」
「ああ。かつて時間魔法を生み出そうと研究が進んだことがあってな、結局上手くいかず資金も打ち切られ結局は研究も頓挫してしまった。だが理論上は時を遡ることは可能だとされているんだ」
先程とは打って変わってイライアスのその瞳は深い闇が支配する深淵の中、光を見つけたような小さな輝きを宿していた。途端に湧く罪悪感をグッと呑み込んで俺は希望を語った。
「時間魔法を確立するには途方もない時間がかかるだろう。けれどそれなら確実にお前は兄貴に会えるんだ!」
いつの間にかイライアスの呼吸は元に戻っていた。その眼差しは強く、生きる目標を見つけ覚悟を決めたようなすこぶる血色のいい顔つきになっていた。
対して俺は自分の罪の重さに押し潰されそうだった。
けれどお前を救うためにはこうするしかなかったんだ。せっかく生きようと思えたんだ。
だったら俺はその嘘を一生吐き続けよう。
「う、……ぅう……」
葬儀でも見せなかったイライアスの涙。
イライアスは今やっと兄の死を受け入れることが出来たのだろう。
「イライアス、お前は兄貴によって生かされたんだ。アランはお前に生きて欲しかったんだ。その願いをお前は踏み躙るつもりか?」
イライアス自身も何故兄が死んだのか勘付いていたはずだ。だが兄が自分のために死んだという事実はあまりにも受け入れ難かった。けれどこのまま目を逸らし続けるなんて兄の願いを無視するようなものだ。
「ぅう……おれの、せいで……うぅ、っおれがおにいちゃんを……」
心の内ではずっとそうやって自分を責めていたのだろう。
涙を流すイライアスに俺は静かに言う。
「お前の兄貴は自分をそんな風に責めて欲しくて身を捧げたわけじゃない。俺はアイツからお前を魔力から守るための手助けを求められたんだ。……すまないな、俺はアイツが命尽きるまでお前を助けようとしていたことに気づかなかった、そして止められなかった。お前の兄貴の死は俺の責任でもある」
イライアスは俺を責める権利がある。俺がもっとアランに注意を向けていればアイツの死は避けることが出来たかもしれないのだ。
「ぅぅ……っちがう……おれの、おれのせいなんだ……」
けれどイライアスは俺ではなく自分を責め続ける。いっそのことこれで俺に憎しみでも恨みでも全てぶつけて自分を責めずにいてくれたらいいのになと思ったが、そう上手くはいかない。だがそれだけの腹積もりで俺はそれを打ち明けたわけではなかった。
「……アイツは手助けを求めた時、俺にこのことを秘密にしてくれと言った。アイツはお前を守ろうとしていることを周囲に知られたくなかったんだ。特にイライアス、お前にはだ。それが何を意味するか分かるか?」
「うぅ…………」
「アイツは知られてしまったら自分を責め、守られることも自ら拒絶するだろうと思ってお前には隠してたんだ。アランはな、お前に自分自身を追い詰めて欲しくはないんだ。生きて欲しいと願っても決して辛いだけの生をおくって欲しいわけじゃない。お前には幸せになって欲しいんだよ」
掠れた嗚咽を小さく漏らしながら、イライアスははらはらと雫を流して泣き続ける。思わず指先で涙を拭おうとしてしまいそうになるが、それは恋人の役目であって俺ではない。
イライアスに迫るように乗り出していた体を起こし、ベッドに腰掛けて友の悲しみに寄り添う。イライアスが暗く濁った瞳から涙を溢れさせながら独り言のように呟く。
「うぅ……俺は……兄上のために生きてきた。……兄上がいないのならもう俺に生きる意味はない」
「……お前にとってアランはそこまで大事な存在なんだな」
イライアスにそれ程までに言わしめるアランを羨ましく思った。イライアスにはアランしか目に映ってはいないのだ。
全く……アイツには敵わないな。
「……っ兄上に会いたい。兄上に…………!」
「っお、おい!?」
体をガクガクと震わせ、無理矢理にベッドから起き上がる。今にも倒れそうなイライアスに慌てて駆けつけ肩を支える。
案の定体は立つことには耐えきれず、ガクッと床に膝がつく。それでもイライアスは動かない足の代わりにその痩せきった細い腕で床を這いずりながらも必死にどこかを目指す。
「……兄上、兄上…………」
懇願するように何度も何度も兄を呼ぶ姿に胸が苦しくなる。
ただ俺はこうして倒れないように肩を支えることしか出来ない。俺はイライアスに何もしてやれない。
それが途轍もなくやるせなかった。
「……兄上、兄上ッハァ……ッハァ──!」
イライアスの呼吸が乱れる。まさか喘息か!?
「誰か、誰かいないか!?」
「は、はい陛下……!」
使用人が慌てた様子で部屋に入ってくる。
「医者を、今すぐ医者を呼んでくれ!!」
「っは、はい、ただいま!」
「イライアス、大丈夫か?」
陸に打ち上げられた魚のように酸素を絶え間なく求める。相当息苦しいのだろう。胸をぎゅっと押さえ、眉間にきつく皺を寄せている。
「ッハァ、ッハァ……あ、にうえ、ッハァ、あに、うえ……」
それでも未だ兄を求める。このままだとイライアスが死んでしまうような気がした。
何か言葉を掛けてやりたい。イライアスを絶望から救いたい。けれど俺にはそんなこと────。
俺はとんでもないことを思いついてしまった。
「イライアス、お前兄貴に会いたいか?」
「ッハァ、ッハァ……あい、たい……! ッハァ、あに、うえにあいたい……!」
「そうか。なら一つだけ方法がある。時間魔法だ。魔法でアランが生きている頃まで時を遡るんだ」
「……っそんなことが出来るのか」
「ああ。かつて時間魔法を生み出そうと研究が進んだことがあってな、結局上手くいかず資金も打ち切られ結局は研究も頓挫してしまった。だが理論上は時を遡ることは可能だとされているんだ」
先程とは打って変わってイライアスのその瞳は深い闇が支配する深淵の中、光を見つけたような小さな輝きを宿していた。途端に湧く罪悪感をグッと呑み込んで俺は希望を語った。
「時間魔法を確立するには途方もない時間がかかるだろう。けれどそれなら確実にお前は兄貴に会えるんだ!」
いつの間にかイライアスの呼吸は元に戻っていた。その眼差しは強く、生きる目標を見つけ覚悟を決めたようなすこぶる血色のいい顔つきになっていた。
対して俺は自分の罪の重さに押し潰されそうだった。
けれどお前を救うためにはこうするしかなかったんだ。せっかく生きようと思えたんだ。
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