徒花の先に

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第三十三話 独り

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 どの国にも当てはまらないような白すぎる肌に、人とは思えないような美貌。青の瞳は光の当て具合によって深い海の色や晴れた空の色など色彩が無限に変わるようだった。
 彼は腰まであるその美しい髪を後ろに一つに束ね、これまた金糸の刺繍がされた白い装束を身を纏っていた。
 だが見惚れていた時間もそう長くはなかった。また喉の気持ち悪さに苛まれ、これをつけただろう白い張本人に取ってくれと目だけで訴える。
「ごめんね、気持ち悪いよね。でもこれを外すとまた息が苦しくなっちゃうから今はこのままで頑張ろうね」
 易々と俺の長いは却下され、子ども相手のようにいなされる。
 俺の命令はイェルクの遣いだろうと帝国ここでは絶対だ。なのにあくまで第二皇子の俺に対して敬意も何も全くない態度、少しの妥協もしないとは。
 イェルクは元々ぶっ飛んでいる奴だからか、そんな態度の彼に注意もせず、そもそも奇怪さも感じないようだった。
 イェルクが「ああ、紹介がまだだったな」と俺に説明を始める。
「彼はグエルトリヴェス。グランツォレ帝国の宮廷医師だ。本来はグランツォレの姓を持つ皇族以外を診ることはないのだが、お前は俺の友達だからな。つまり特別対応。これからは彼がお前の主治医だ」
「グエルトリヴェスです。私のことは気軽にグエルとでも呼んでください。これからの治療、私と一緒に頑張りましょうね」
 皇族だからと偉ぶるわけではないが、皇族相手らしからぬ軽い挨拶をするグエルに、常識を持っているかも怪しいような奴が主治医になるなど考えたくもなかった。
 それ以上に俺を放っておいて欲しかった。ノエルとイェルクが心配しているのは分かる。しかし今は二人や医者も全員部屋から出て行って欲しかった。
 誰にも会いたくない。一人にして欲しかった。
 けれど喉はこうして塞がれていて一言も発することは出来ない。
「兄様!」
 ノエルがぎゅっと両手で俺の手を握る。
「兄様、安心して。医者だけじゃない、僕も兄様のそばにいるから。兄様、僕と一緒に頑張ろうね」
 ノエルは俺を必死で元気付けようとしてくれているようだったが、今はどんな励ましも心には響かない。
 虚なままの俺にイェルクが何か感じ取ったのかグエルに視線で何かを伝える。グエルが腰を屈め、ノエルの肩にそっと手を置く。
「ノエル殿下、そろそろお部屋を出ましょうか」
「えっ!? どうして!? 兄様を一人に出来ないよ!」
「そうですね。殿下のおっしゃる通り、ノエル殿下がおそばにいらっしゃることでイライアス殿下も心強くお思いになるでしょう。それはとても素晴らしいことです。しかしイライアス殿下は病気と闘っておられてお身体が疲れてしまっているのです。心からの想いでおそばにいてくれるとしても身を患っている側としては何かと気を遣ってしまいます。ここはお兄様を想ってお部屋を出るのはいかがでしょうか?」
「……っむぅ」
 俺から離れたくないのかグエルの言葉に頬を膨らませる。
「ノエル殿下……」
「…………分かった。だって兄様のためだもん」
「ふふ、ノエル殿下はとってもいい子ですね」
 そう偉い偉いとグエルが頭を撫でようと手を伸ばすが、ノエルにバシッと払い除けられてしまった。
「僕に触らないで。……僕の頭を撫でていいのはイライアス兄様だけだ」
 褒めようとしたのに子どもに拒絶されたこと、そして向けられるその子どもらしからぬ眼光の鋭さにグエルは唖然としているようだった。
「イライアス兄様、また明日お伺いします。兄様早く元気になってくださいね」
 そう俺に向ける顔は先程とは全く違う可愛らしさ満点の笑顔。温度差の激しさにきっと誰もがグエル同様驚くだろう。
「じゃあ俺も行くよ。また明日来るから。あっそうだ、今度暇つぶし用に本でも持ってくるよ。大丈夫、心配するな。ジャンルはお前の好きそうな騎士道物語。挿絵もついてるし、字も少ないものを選んでくるよ」
 イェルクはいつも通り、病人に対する気を遣うような言葉遣いではなく、まるで昼時の談笑のように俺に話す。いつの間に意識が戻ったのか先程とは打って変わって整然な様子でグエルがベッドに寄る。
「では私はまたこちらにお伺い致しますので。殿下のご容態から目を離さぬよう看護師が必ずお部屋に一名常駐していますが、殿下のお世話だけに身を置くのでどうかお気になさらないでください」
 どうやら部屋から出て行ってくれるらしいが、完全に俺一人というわけにはいかないらしい。
 体が動かせるのならこれから来るだろう看護師を追い出し、扉の鍵を閉め、開けられないよう釘を打ち付けるところだ。



 扉が閉まり束の間の独りの時間が訪れる。
 頭に巡るのは決まったようにあのことだ。
 兄の死。
 それを部下から聞いたのは馬車で宿泊する予定だった街に着いた直後だった。
 満月の夜、伝達に来た騎士が兄の亡骸を見つけたらしい。大理石の柱に寄りかかり、抜けた天井の先に広がる夜空を見つめるようにして亡くなっていたと。
 そして兄の口元は血で汚れ、掌にも血がべったりと着いていたと。
 馬車の中、その突然すぎる訃報を聞き、俺の隣で硬直するイェルク。言葉を失い青ざめる俺。
 最も思い出したくない記憶というのはどうしてこうもどの嫌な記憶よりも最も頭で再生されるのだろうか。
 医者曰く直接的な原因は不明だが、おそらく過剰な魔力が死を招いたのではないかとのことだった。
 喀血。
 そう、俺にもあった症状だ。今でもたまにあるが、こうして時を遡る前、結核を患った時何度もあったことだ。結核による喀血と魔力による喀血、そのどちらもあるせいで貧血になるくらいだった。
 だが兄が喀血?
 兄には魔力は極僅かしかなく、一般平均よりも些か少ない。
 ありえない話だった。
 兄が体に重大な害を与えるほどの魔力を持っていたなんてことは決してないはずだ。
 『ではどうして?』と疑問が浮かび上がるところで俺はもう何も考えたくなくなった。
 『アンタのせいでっっ……!!!!』
 シェリア嬢の憎しみの声が頭に響く。
 ……ああ分かってるさ。俺が、俺のせいで兄は死んだんだ。俺が愛してしまったから、兄の愛を求めてしまったから。
 いっそのことこのまま容態が悪くなって兄のもとに行ってしまいたかった。
 けれど運命がそうさせなかった。
 グランツォレ帝国の手厚い治療のおかげで俺の体は日常生活が難なく送れるようになるまで回復してしまった。
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