徒花の先に

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第三十話 満月②

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「イライアスは重荷も責任も全て一人で背負い込もうとする」
 ……これが一番厄介なのだ。
「全てを背負う必要はないと以前そう話したのだが、弟はそんな簡単に俺を受け入れなかった。俺を想ってのことなのかなんなのか、……はぁ難儀な性格だ。俺はなんとか弟の心を開かせようとしたが、もう俺には時間がない。悔しいが俺には無理なんだ」
「時間がないって……お前何言って」
「イライアスはお前を大事な友人のように思っている。イライアスにとっては唯一の友人と言ってもいいだろう。友は互いに心を通わせ、弱き部分も曝け出し、友はそれも受け入れ助け合う。俺は友にはなれないが、お前は違う」
 そう、これはイェルクにしか頼めないことなのだ。
「憶えておけ。お前がイライアスの心を開くんだ。お前なら必ず出来る」
「…………」
 茫然とするイェルク。時間がないやらこんな緊迫した調子で一方的に頼まれるやでまだ意味をよく理解していないのだろう。けれど後からすぐにわかることだ。今は記憶することが大事なのだ。
「いいか、よく聞け。帝国には代々皇帝が受け継ぐ宝珠がある。そこにイライアスを救う鍵がある。宝珠は皇帝か帝位を継ぐ第一皇子しか触れることを許されないが、なんとかして鍵を手に入れるんだ」
「なんだよ急に。イライアスを救う? 鍵って一体なんなんだよ」
「それはお前が探して意味を見つけるんだ」
「大体そんなことすれば同盟も破棄、重大な国際問題にもなりかねないぞ」
「イライアスを救うためだ。なら戸惑う必要はないだろう。もしやお前の想いは所詮そこまでなのか?」
 煽る俺にイェルクが眉根を寄せ、睨みつける。
「違う。イライアスは俺の友達だ。友達を助けるためなら俺はなんだってする」
 そう、イェルクはただ友達のためだけにイライアスとの結婚を願った。結婚して魔法において非常に秀でている帝国に行けば魔力が原因で苦しむイライアスの体も良くなる、そう考えての願いだった。なぜ療養としての招致ではなく結婚にこだわるのか聞いたところ結婚を通してもっとイライアスと仲良くなりたいからだとか。
 イェルクは大層イライアスを気に入っているようだった。俺があんなことを言って煽っておいてなんだが、友達のためにこうしてなんだってするところやただ仲良くなりたいから結婚を願うなど本当にぶっとんだ男だ。
 それか友達だと思っているだけで本当の気持ちにただ気づいていないだけか。
 だがイライアスのためそこまでする男だからこそ、彼を信用できる。宝珠を辿っていけばイライアスは邪神から解放される。イェルクなら必ず果たすことが出来るだろう。これでイライアスの未来は安泰だ。
「ああそうだ。これはもう近々処理済みになる案件なのだが……」
「なんだ?」
「皇族を狙った暗殺の件はお前の耳にも入っているだろう。だいぶ前のことだが憶えているか?」
「ああ、イーライと末っ子の確かノエルだったか? その二人が襲われた話だろ」
「そうだ。そのことなんだが、あの暗殺を裏から指示していたのはある教団だ。ヴェリテン教団。聞いたことはないか?」
「全く。なんだそれ」
「ヴェリテン教団は邪神とやらの復活を目論む反社会的な教団だ。いわゆるカルトという奴だな。調べたところ教団は世界中で暗躍し、間諜をそこら中にばら撒いていた。例えば此度の合同軍事演習で共に参加したサントルニア王国のゴードン将軍もその一人だ」
 驚きにイェルクの瞳が大きく見開く。
「マジかよ!? あの人が間諜!? そんなまさか。教団に属しているような狂人には到底思えなかったぞ」
「間諜なのだから疑われぬよう偽るのは当然だろう。だが間諜はその一人だけではなかった。帝国にもいたのだ。イライアスの最も近いところにな」
「……まさか」
「そう、イライアスの護衛騎士エルモアだ」
 衝撃の事実にイェルクが絶句する。
「……そんな。イライアス、アイツのことすごく信頼していたのに……主人を裏切ってたってことかよ」
「ああ、当時の俺も驚いたものだ。だがエルモアは教団を裏切った」
「……!?」
「エルモアが護衛騎士の辞任を申し出た時、彼は教団について知っていることを全て俺に話したのだ」
「今まで騙していたっていうのになぜ急にそんなことを?」
「教団の思想と自身の思想は相容れない。だから離れることにするとそう言っていたな。……だが彼のおかげで教団の尻尾を掴むことが出来た。今までは教団の本拠地、教祖さえ知ることが出来なかったんだ。しかしこれで大元から教団を潰すことができる。今頃俺が秘密裏に編成した部隊が教団を潰しにかかっているだろう」
 俺の頭を読むような視線を向け、イェルクが訊く。
「それを俺に話したのは教団の残党からイライアスを守れとそう伝えたかったからか?」
「そうだ」
「そりゃあ勿論命懸けでイライアスを守るけどよ、そもそもどうして教団はイライアスとノエルを狙ったりなんかしたんだ?」
 これ以上は邪神との契約上話すのは危険だろう。邪神のことをうっかり誰かに話してしまえばイライアスの体が危篤時に戻ってしまうことになる。
「……さぁな。頭の狂った奴らの考えなんて分かるわけがないさ。だが調べてみる価値はあるだろうな」
 そう付け加えて仕向けてみると、イェルクは既にその気なのか顎に手を添え考えに耽り始めていた。
 夕陽が真っ赤な光を放ちながら沈んでいく。
 ……そろそろ時間だ。
「イェルク、イライアスが待ってる。早く行ってやれ」
 その言葉にイェルクが顔を上げる。
「そうだな。一緒の馬車に乗ろうと誘ったのは自分なのに待たせちゃ悪いよな」
 トットットッと走り去っていく。ふとイェルクが振り返る。
「俺、お前のこと嫌いだって言ったけど今は違う。お前のこと少しだけ見直した。俺お前のことそこまで嫌いじゃねぇよ」
 仲を深めるような言いぶりだが、どうやら嫌われていることには変わりないようだった。
 思わずクスリと笑みが溢れる。
「そうか。なら良かった」
 再びイェルクが駆け出す。俺は最後にと彼を大声で呼んだ。
「イェルク!」
 振り返る彼。
「イライアスのこと、頼むぞ!」
 そんな最後まで弟の心配をする俺にイェルクがふっと呆れのような笑みを浮かべ、「ああ、勿論だ!」と頼もしく言い放つ。
 もうこれでやるべきことは終えた。契約から短い一ヶ月だったが、イライアスを守るために全力を尽くしてきたつもりだ。
 イライアスがエルモアについて行方なんかを知りたがっていたようだったが、裏切ったとはいえ元教団の一員に接触させるのは危険だろう。イライアスには悪いが、これも弟を守るためだ。
 後はイェルクに任せよう。
 王城に戻り、抜けた天井を見上げる。空はイライアスの赤い瞳と俺の青い瞳が交わったような愛おしい色に染まっていた。
「……っ!」
 突然襲う胸の痛み。
 ……またか。
「っっげほ、ごほ、げほ…………」
 込み上げてくる咳に手で押さえると掌にべったりと血がついていた。
 イライアスの魔力を吸収したためだろう。弟に現れていた症状がそのまま俺に出る。誰にも、特にイライアスに対してなんとか俺の現状を知られないようにしていたが、時間も残り僅か、周りに誰もいない以上もう平静を装う必要はないだろう。
 腰を下ろし、破壊された大理石の柱に寄りかかる。
 見上げればイライアスの赤が微かに空を覆うだけになっていた。
「……イライアス。もう大丈夫だからな」
 闇に染まっていく中、時を知らせる満月にさえ目を向けず、薄まっていく愛おしい赤を誤って見落とさないようイライアスだけを最期まで見つめていた。
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