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第二十八話 生きる
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「教えな~い。こういうのはムードが大事だからな。時機が来たらお前に教えてやるよ」
焦らすような言いぶりに思わずイェルクの肩を殴る。
「いたっ……! もうイーライ、何すんだよ~」
「とりあえずひと段落着いたんだ。王城はこの通り崩壊しているが、まだ使える部屋もある。どうだ、中で茶でも飲まないか?」
「それはいいな。勝利の祝杯というわけだ」
兄の誘いに快くイェルクが応じる。酒ではなく茶に誘うのは兄が俺の体を気遣ってのことだろう。俺のことは気にせず祝杯をあげてください、とそう言ったものの兄はあるだけの酒は褒美に部下に渡したと、イェルクは今は優雅に茶を飲みたいところだと言われかわされてしまった。
戦場となり荒れたラルトゥフ王国の復旧、後始末のため、ここには幾らかの兵士と騎士を置いておき、後から帝国から送らせた軍と合流させるとのこと。
二人は天井の抜けた青空の下、茶を飲みながら色々と今後の国政について話し合っていた。
「軍の準備が整い次第、俺たちはここを発つ。夕方には終わるだろうからイライアスもそのつもりでな」
「はい。……イェルク、お前はどうするんだ?」
「俺もお前たちと帝国に戻るつもりだ。窮地を助けたんだ、その分のご馳走はたらふく食べないとな。なにせ帝国の料理は他と違って繊細で洗練されていると聞く。本場を味わう機会を逃しちゃあいけない」
当然、帝国は感謝を示すためイェルクを招くだろうが、まさかイェルク本人はご馳走目当てとは。欲があるのかないのかさっぱりだ。
部屋に戻る。部下も忙しそうだったため自分で帰る準備を整えていると、兄が扉を開けて入ってきた。徐に部屋を歩き、何とはなしに俺の様子を眺める。
「兄上、どうしたのですか?」
「……いや、お前に一つ謝っておかなければならないことがあると思ってな」
「…………」
何のことだろうか。全く思い浮かばない。
「あの時のことを憶えているか?」
「あの時……?」
「……俺が敵に捕まったお前を助けた時、お前は胸の苦しみに懇願した。『楽にしてくれ』と。お前の激しく悶える様に正直俺は迷った。お前のためにもうここで終わらしてやるのがいいのではないかと。だが俺はやらなかった」
「…………」
「俺は自分の願いを優先した。俺はお前に生きて欲しい。たとえ生きるのが辛く苦しいものでも俺はお前にそう願った」
自分の欲求のために俺を生かしたことを悔やんでいるのだろう。辛そうに眉根を寄せる。
「……すまない」
俺も兄に向き合い真摯に応える。
「はっきり言ってその時の記憶はあやふやで自分が何を言ったのかもよく憶えていません。けれどその時抱いた心情も俺には充分理解できます。確かに俺は生きるのに耐えきれず楽になりたいと、そう願ったのかもしれません。しかし今は違います。そばにいるだけじゃない、兄上の隣で生きていける。俺はとても幸せ者です。今は生きていて良かったとそう心から思っています」
兄に抱きつく。兄の胸の鼓動が聴こえる。幸せを直に感じたかった。兄にも俺の鼓動を、幸せを感じて欲しかった。
「あの時、俺を助けてくださりありがとうございました。おかげで俺は今兄上の隣にいることができる」
けれど兄は俺を抱きしめない。どうしたのだろうかと顔を上げると不穏に感じるほど穏やかな笑顔を浮かべる兄が俺を見つめていた。
「…………俺がいなくともお前は幸せになることができるさ」
思ってもみない言葉に思わず声を荒げる。
「何を言うんですか!? 俺は兄上がいないと生きていけません!」
ぎゅっと強く抱きしめると、兄が宥めるように頭を撫で、優しく俺に言う。
「そんなことはない。お前の世界には俺だけがいるというわけじゃない。俺の他にもノエルやあの男、イェルクもいる。俺だけしかお前を幸せにできないなんてことはないんだ」
「っどうしてそんなことを言うんですか!? 俺は兄上がそばにいるだけで幸せだと言うのに、兄上は違うのですか??」
なんだか兄が離れていくような感じがして怖かった。涙が溢れる。決して離さないよう一層強く抱きしめる。
「違う。俺はお前が息をしているだけで、生きているというだけで幸せだ。こうしてお前の隣にいることが出来るなんてこの世界の誰よりも幸せ者なんじゃないだろうかと感じる」
「では、っではなぜそのようなことをおっしゃるんですか!?」
「……………………」
兄が辛そうに俯き、押し黙る。そうして啜り泣く俺の声だけが響くしばらく沈黙の後、兄が口を開く。
「俺はお前の人生を苦痛だけのものにするつもりはない。安心して。お前の未来は明るく幸福に満ちている」
兄がようやく俺を抱きしめ、涙を流す俺の額に慰めるようにキスをする。その抱擁は優しさと愛情に満ちていた。
「お前の幸せを願い、俺はお前のために生きる。……だからお前は俺のために生きてくれ」
「……兄上」
そう兄が言うなら、それで兄が俺から離れないというのなら俺は生きるでも何でも兄の言う通りにする。
答える代わりに兄に口づける。兄も俺の唇を受け入れ、言葉のない言葉を交わした。
焦らすような言いぶりに思わずイェルクの肩を殴る。
「いたっ……! もうイーライ、何すんだよ~」
「とりあえずひと段落着いたんだ。王城はこの通り崩壊しているが、まだ使える部屋もある。どうだ、中で茶でも飲まないか?」
「それはいいな。勝利の祝杯というわけだ」
兄の誘いに快くイェルクが応じる。酒ではなく茶に誘うのは兄が俺の体を気遣ってのことだろう。俺のことは気にせず祝杯をあげてください、とそう言ったものの兄はあるだけの酒は褒美に部下に渡したと、イェルクは今は優雅に茶を飲みたいところだと言われかわされてしまった。
戦場となり荒れたラルトゥフ王国の復旧、後始末のため、ここには幾らかの兵士と騎士を置いておき、後から帝国から送らせた軍と合流させるとのこと。
二人は天井の抜けた青空の下、茶を飲みながら色々と今後の国政について話し合っていた。
「軍の準備が整い次第、俺たちはここを発つ。夕方には終わるだろうからイライアスもそのつもりでな」
「はい。……イェルク、お前はどうするんだ?」
「俺もお前たちと帝国に戻るつもりだ。窮地を助けたんだ、その分のご馳走はたらふく食べないとな。なにせ帝国の料理は他と違って繊細で洗練されていると聞く。本場を味わう機会を逃しちゃあいけない」
当然、帝国は感謝を示すためイェルクを招くだろうが、まさかイェルク本人はご馳走目当てとは。欲があるのかないのかさっぱりだ。
部屋に戻る。部下も忙しそうだったため自分で帰る準備を整えていると、兄が扉を開けて入ってきた。徐に部屋を歩き、何とはなしに俺の様子を眺める。
「兄上、どうしたのですか?」
「……いや、お前に一つ謝っておかなければならないことがあると思ってな」
「…………」
何のことだろうか。全く思い浮かばない。
「あの時のことを憶えているか?」
「あの時……?」
「……俺が敵に捕まったお前を助けた時、お前は胸の苦しみに懇願した。『楽にしてくれ』と。お前の激しく悶える様に正直俺は迷った。お前のためにもうここで終わらしてやるのがいいのではないかと。だが俺はやらなかった」
「…………」
「俺は自分の願いを優先した。俺はお前に生きて欲しい。たとえ生きるのが辛く苦しいものでも俺はお前にそう願った」
自分の欲求のために俺を生かしたことを悔やんでいるのだろう。辛そうに眉根を寄せる。
「……すまない」
俺も兄に向き合い真摯に応える。
「はっきり言ってその時の記憶はあやふやで自分が何を言ったのかもよく憶えていません。けれどその時抱いた心情も俺には充分理解できます。確かに俺は生きるのに耐えきれず楽になりたいと、そう願ったのかもしれません。しかし今は違います。そばにいるだけじゃない、兄上の隣で生きていける。俺はとても幸せ者です。今は生きていて良かったとそう心から思っています」
兄に抱きつく。兄の胸の鼓動が聴こえる。幸せを直に感じたかった。兄にも俺の鼓動を、幸せを感じて欲しかった。
「あの時、俺を助けてくださりありがとうございました。おかげで俺は今兄上の隣にいることができる」
けれど兄は俺を抱きしめない。どうしたのだろうかと顔を上げると不穏に感じるほど穏やかな笑顔を浮かべる兄が俺を見つめていた。
「…………俺がいなくともお前は幸せになることができるさ」
思ってもみない言葉に思わず声を荒げる。
「何を言うんですか!? 俺は兄上がいないと生きていけません!」
ぎゅっと強く抱きしめると、兄が宥めるように頭を撫で、優しく俺に言う。
「そんなことはない。お前の世界には俺だけがいるというわけじゃない。俺の他にもノエルやあの男、イェルクもいる。俺だけしかお前を幸せにできないなんてことはないんだ」
「っどうしてそんなことを言うんですか!? 俺は兄上がそばにいるだけで幸せだと言うのに、兄上は違うのですか??」
なんだか兄が離れていくような感じがして怖かった。涙が溢れる。決して離さないよう一層強く抱きしめる。
「違う。俺はお前が息をしているだけで、生きているというだけで幸せだ。こうしてお前の隣にいることが出来るなんてこの世界の誰よりも幸せ者なんじゃないだろうかと感じる」
「では、っではなぜそのようなことをおっしゃるんですか!?」
「……………………」
兄が辛そうに俯き、押し黙る。そうして啜り泣く俺の声だけが響くしばらく沈黙の後、兄が口を開く。
「俺はお前の人生を苦痛だけのものにするつもりはない。安心して。お前の未来は明るく幸福に満ちている」
兄がようやく俺を抱きしめ、涙を流す俺の額に慰めるようにキスをする。その抱擁は優しさと愛情に満ちていた。
「お前の幸せを願い、俺はお前のために生きる。……だからお前は俺のために生きてくれ」
「……兄上」
そう兄が言うなら、それで兄が俺から離れないというのなら俺は生きるでも何でも兄の言う通りにする。
答える代わりに兄に口づける。兄も俺の唇を受け入れ、言葉のない言葉を交わした。
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