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第二十七話 遅れてやって来る
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「すまない。思わず我を見失ってやりすぎた」
俺の限界を超えてしてしまったことにひどく反省した様子で翌朝目が覚めた俺に兄が正座ですぐさま謝る。俺の体のことをよく知っているからこそ罪悪感も相当なものなのだろう。
頭を下げる兄の顔は罪を悔やむ大罪人のようだった。
「確かに兄上の愛し方は鬼畜のように容赦のないものでしたが……」
兄の表情が明らかに落ち込む。
「それは俺のリサーチ不足、リード不足だったのでまぁ今回は許しましょう」
パァと顔が明るくなる。
「ただし、今度はもっと優しいのにしましょう。激しいのもいいですが、俺は優しい方が好きです」
「ああ! 勿論だ!」
そう返事する兄の姿はまるで説教から許された犬のようだった。
結局俺は最初から最後まで兄上を愛してはいけないという決意を守ることが出来なかった。毛嫌いされたって心の奥底では好きなままだった。こうしてお互いが両想いだと分かればこうやって情欲に流されるのは当然だったように思う。
愛してはいけないという決意もそもそもは矛盾していた。兄の幸福を守るために兄を愛さないなど兄に愛情がなければ成り立ちはしないものだ。
こんな簡単な矛盾、兄と夜を過ごして自身の抱く愛ときちんと向き合うまで全く気付かなかった。
窓を覗けば、まだ太陽は昇りきっておらず満月に近い青白い月が空に浮かんでいた。
戦争は日中に動く。兄の補佐をするにあたっての準備を早めに終えていた方がいいだろう。俺が眠っていた間に兄が後処理をしてくれたのだろう。体は綺麗にされていた。身支度の手間が省けて助かる。早速ベッドから起き上がり行動しようとすると、心配そうに兄が付き纏う。
「どこに行くんだ?」
「朝食を摂ろうかと。あと補佐を務めるための準備ですね。地形や敵の動きなど全て頭に入れなければ」
「朝食は俺が持ってこさせよう。必要な書類もこちらに持ってこさせるからもう少し休んでいなさい」
夜ひどく抱いたせいで兄はいつも以上に心配性になっているようだった。
「俺の体は大丈夫ですので。どうかお気になさらず」
「そんな気にしないなんてこと出来るわけがないだろう! ひとまずお前はベッドで大人しくしているんだ。分かったな」
本当になんともないと言うのに。けれど軍のトップの命令は絶対だ。兄の言う通り大人しくしているしかないだろう。
兄がベッドに腰掛ける俺を見張るように見つめながら部屋を出ようとすると丁度扉が開いて兵士が入ってくる。
「ノックぐらいしたらどうなんだ?」
「っも、申し訳ございません! いえそんなことより殿下、軍がっ……!」
その言葉に俺も急いで駆け寄る。兄も俺同様、一瞬にして険しい顔つきになる。
「何があった? まさかサヘラン王国が俺たちを殲滅しに本腰を入れて増援を送ってきたか!?」
「奇襲でも掛けられたか!?」
どうやら俺の予想も兵士の様子を見る限り違うらしい。
「一体何があった!?」
鬼気迫った形相で詰め寄る兄に兵士が口を開く。
「よっ!」
敵軍が一掃され静かになった戦場で、まるで道で会って軽く挨拶をするように俺たちに向けて手をあげる。
炎のように真っ赤な髪、月のように輝く金の瞳。間違いない、目の前にいる男はイェルクだ。
「遅くなってすまなかった。すぐさま援軍を送ろうとしたんだがな、家臣たちが許してくれなくてな。説得するのに時間がかかった」
敵国の援軍が迫ったわけでも奇襲を掛けられたわけでもなかった。
来たのはイェルクの軍勢。王国軍とは比べ物にならない圧倒的戦力差で易々と敵軍をねじ伏せた。
常に危機的状況でストレスが溜まり、突然目の前に現れて道化のようにあっけらかんとしているイェルクに俺の張り詰めた心が逆撫でされる。
イライラして鬱憤を晴らすようにイェルクに怒鳴り詰め寄る。
「遅すぎなんだよ、お前! 俺たちが危機的状況を日々なんとか凌いでいたっていうのに何が『よっ!』だよ! 一々英雄は遅れてやって来るっていうのを体現しなくていいんだよ! もっと汗水垂らして必死こいて早く駆けつけてこないか!! っこの馬鹿皇帝!!!!」
「……ご、ごめん」
怒り散らす俺に圧倒された様子で、イェルクが慌てて謝る。
分かってる。こんな自分の機嫌で周囲を振り回すなんて子どものすることだ。けれどイェルクに会うとなんでもかんでも言ってしまいたい気持ちになる。
しかしこんなに彼にイラついている分、感謝も充分していた。ふーっと息を吐き怒りを鎮める。
「……だがありがとう。おかげで助かった。俺だけじゃない。俺の仲間も、国も救ったんだ。……本当に感謝してる」
イェルクが驚いたように目を丸くさせる。居心地が悪い。
「なんだよもう! 礼を言う俺がそんなにおかしいのか!?」
その言葉にハッと彼は我に帰ったようだった。
「はっはっはっはっ、いやーなんか俺といる時はいっつも無愛想だからよ。なんか面と向かって感謝されるとむずむずするというかグッとくるというか変な気分でさ! はっはっはっはっひとまずお前が無事で良かった良かったぁ!」
そうして俺の肩に腕を回し、豪快に笑う。変な奴。でもこんな明るく笑っている人を見ると自然もこっちも笑みが溢れてくる。
ふと隣にいた兄が彼に手を差し伸べる。イェルクも無言でそれを見つめて手を握った。兄の口角が上がる。
「君が来ると信じていたよ」
「ああ、じゃないと約束を果たしてもらうどころじゃなくなるからな」
約束? 一体何の話だろうか?
「なぁ何の話してるんだ?」
イェルクが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「それはだな……」
俺の限界を超えてしてしまったことにひどく反省した様子で翌朝目が覚めた俺に兄が正座ですぐさま謝る。俺の体のことをよく知っているからこそ罪悪感も相当なものなのだろう。
頭を下げる兄の顔は罪を悔やむ大罪人のようだった。
「確かに兄上の愛し方は鬼畜のように容赦のないものでしたが……」
兄の表情が明らかに落ち込む。
「それは俺のリサーチ不足、リード不足だったのでまぁ今回は許しましょう」
パァと顔が明るくなる。
「ただし、今度はもっと優しいのにしましょう。激しいのもいいですが、俺は優しい方が好きです」
「ああ! 勿論だ!」
そう返事する兄の姿はまるで説教から許された犬のようだった。
結局俺は最初から最後まで兄上を愛してはいけないという決意を守ることが出来なかった。毛嫌いされたって心の奥底では好きなままだった。こうしてお互いが両想いだと分かればこうやって情欲に流されるのは当然だったように思う。
愛してはいけないという決意もそもそもは矛盾していた。兄の幸福を守るために兄を愛さないなど兄に愛情がなければ成り立ちはしないものだ。
こんな簡単な矛盾、兄と夜を過ごして自身の抱く愛ときちんと向き合うまで全く気付かなかった。
窓を覗けば、まだ太陽は昇りきっておらず満月に近い青白い月が空に浮かんでいた。
戦争は日中に動く。兄の補佐をするにあたっての準備を早めに終えていた方がいいだろう。俺が眠っていた間に兄が後処理をしてくれたのだろう。体は綺麗にされていた。身支度の手間が省けて助かる。早速ベッドから起き上がり行動しようとすると、心配そうに兄が付き纏う。
「どこに行くんだ?」
「朝食を摂ろうかと。あと補佐を務めるための準備ですね。地形や敵の動きなど全て頭に入れなければ」
「朝食は俺が持ってこさせよう。必要な書類もこちらに持ってこさせるからもう少し休んでいなさい」
夜ひどく抱いたせいで兄はいつも以上に心配性になっているようだった。
「俺の体は大丈夫ですので。どうかお気になさらず」
「そんな気にしないなんてこと出来るわけがないだろう! ひとまずお前はベッドで大人しくしているんだ。分かったな」
本当になんともないと言うのに。けれど軍のトップの命令は絶対だ。兄の言う通り大人しくしているしかないだろう。
兄がベッドに腰掛ける俺を見張るように見つめながら部屋を出ようとすると丁度扉が開いて兵士が入ってくる。
「ノックぐらいしたらどうなんだ?」
「っも、申し訳ございません! いえそんなことより殿下、軍がっ……!」
その言葉に俺も急いで駆け寄る。兄も俺同様、一瞬にして険しい顔つきになる。
「何があった? まさかサヘラン王国が俺たちを殲滅しに本腰を入れて増援を送ってきたか!?」
「奇襲でも掛けられたか!?」
どうやら俺の予想も兵士の様子を見る限り違うらしい。
「一体何があった!?」
鬼気迫った形相で詰め寄る兄に兵士が口を開く。
「よっ!」
敵軍が一掃され静かになった戦場で、まるで道で会って軽く挨拶をするように俺たちに向けて手をあげる。
炎のように真っ赤な髪、月のように輝く金の瞳。間違いない、目の前にいる男はイェルクだ。
「遅くなってすまなかった。すぐさま援軍を送ろうとしたんだがな、家臣たちが許してくれなくてな。説得するのに時間がかかった」
敵国の援軍が迫ったわけでも奇襲を掛けられたわけでもなかった。
来たのはイェルクの軍勢。王国軍とは比べ物にならない圧倒的戦力差で易々と敵軍をねじ伏せた。
常に危機的状況でストレスが溜まり、突然目の前に現れて道化のようにあっけらかんとしているイェルクに俺の張り詰めた心が逆撫でされる。
イライラして鬱憤を晴らすようにイェルクに怒鳴り詰め寄る。
「遅すぎなんだよ、お前! 俺たちが危機的状況を日々なんとか凌いでいたっていうのに何が『よっ!』だよ! 一々英雄は遅れてやって来るっていうのを体現しなくていいんだよ! もっと汗水垂らして必死こいて早く駆けつけてこないか!! っこの馬鹿皇帝!!!!」
「……ご、ごめん」
怒り散らす俺に圧倒された様子で、イェルクが慌てて謝る。
分かってる。こんな自分の機嫌で周囲を振り回すなんて子どものすることだ。けれどイェルクに会うとなんでもかんでも言ってしまいたい気持ちになる。
しかしこんなに彼にイラついている分、感謝も充分していた。ふーっと息を吐き怒りを鎮める。
「……だがありがとう。おかげで助かった。俺だけじゃない。俺の仲間も、国も救ったんだ。……本当に感謝してる」
イェルクが驚いたように目を丸くさせる。居心地が悪い。
「なんだよもう! 礼を言う俺がそんなにおかしいのか!?」
その言葉にハッと彼は我に帰ったようだった。
「はっはっはっはっ、いやーなんか俺といる時はいっつも無愛想だからよ。なんか面と向かって感謝されるとむずむずするというかグッとくるというか変な気分でさ! はっはっはっはっひとまずお前が無事で良かった良かったぁ!」
そうして俺の肩に腕を回し、豪快に笑う。変な奴。でもこんな明るく笑っている人を見ると自然もこっちも笑みが溢れてくる。
ふと隣にいた兄が彼に手を差し伸べる。イェルクも無言でそれを見つめて手を握った。兄の口角が上がる。
「君が来ると信じていたよ」
「ああ、じゃないと約束を果たしてもらうどころじゃなくなるからな」
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「それはだな……」
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