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第三話
しおりを挟む年が明けて二月。
世間は「バレンタインデー」一色。
世の中の男が一番ソワソワする時期。
隆二の友達も例にもれず、浮かれていた。
そんな友人たちを見て隆二は少し優越感を味わっていた。
(俺には愛子がいる)
柳田愛子。彼女への想いは本当の恋だ。
横浜で出会って以来、愛子とは頻繁に連絡を取るようになった。
新年のあいさつを電話で伝える事にも成功している。
基本的にはメールだが、月に二回ほど電話している。
隆二の世界は愛子と会ってから毎日がキラキラ輝いている。
彼女の事を考えるだけで、鼓動が早くなり全身が幸福感で満たされるのだ。
友達からは「早くコクって付き合っちゃえよ。で卒業しちゃえよ」といじられている。
(俺たちには俺たちのペースがある)
メールや電話でのやり取りだけでも隆二は十分満足していた。
確かにまだ一度しかあった事がないが、
恋人というゴールにゆっくり一歩ずつ進んでいる感覚はある。
隆二はそれがもどかしいようで、愛おしく思っている。
(いつでも会えるし、来年は愛子からチョコをもらう)
そんな未来が来ると隆二は信じ切っていた。
三月上旬。
春休みも視界に入り学生のモチベーションが高まる頃。
「春休み会えないかな?」
隆二は愛子にアプローチをした。
「会いたいけど、春休みは予定がぎっしりで…」
愛子は顔文字で残念な気持ちを表現していた。
陸上部の合宿と塾の春期講習で春休みはつぶれてしまうそうだ。
(春休みは会えないのか…それにあんまり連絡も出来なさそう…)
ショックを与えてしまったと愛子に気を遣わせないように、隆二はいつもより顔文字多めでメールを返信した。
隆二の春休みは春期講習と共に終わった。
中学三年生になって間もなく、愛子に異変が起きた。
遅くても翌日には来ていたメールの返信が数日おき、返信が来ない事もあった。
電話を掛けても出てくれない。
『あまりしつこく連絡しても嫌われるだけ』
自称恋愛ハンターの友達のアドバイスに従い隆二は愛子から連絡が来るのを待つ事にした。
(受験生だし、部活と勉強の両立が忙しいんだろう)
そう自分を納得させ、愛子に負けじと隆二も受験勉強に取り組んだ。
また以前のようにやり取りできる日を信じて。
愛子の携帯から連絡が来たのは梅雨入り間もない時期。
夕方、学校から帰宅した隆二は勉強するため二階の部屋に向かった。
階段を上る足取りは軽い。
何故なら今朝は愛子の夢を見て目が覚めたのだ。
幸せブーストは未だに継続中。
夢で見た愛子は黒いワンピースを着ていて、大人っぽい魅力を醸し出していた。
どこか儚げな雰囲気で、寂しそうな表情を浮かべていた。
その表情が気になった。
(俺に会いたがっているんだろうな)
隆二は都合よくそんな風に解釈した。
部屋に入ると隆二はスクールバックを床に放り投げる
何か探しているかのように視線をキョロキョロ動かしている。
やがて隆二は勉強机に置かれている携帯電話を見つける。
(やっぱ忘れてた)
いつもなら学校に持っていくのだが、朝はバタバタしてしまい忘れた。
愛子の夢の余韻に浸り過ぎて遅刻しそうになったのだ。
学校の校則で携帯の持ち込みは禁止されているのだが…
恋する思春期男子にとってそんなの知ったこっちゃない。
鼻歌交じりに携帯を手に取る。
愛子から着信があった。
午前十時過ぎ。
(今朝のは予知夢だったのか!?)
胸のドキドキを強く感じた。
どうやら久しぶりの感覚に隆二の身体は驚いているようだ。
以前よりも強い鼓動。
(久しぶりに彼女の声を聞ける)
急いで折り返した。
呼び出し音がする度に隆二の胸の高鳴りも激しくなった。
『もしもし…』
出たのは聞き覚えの無い中年女性の声。
「…市川と申しますが…あの…柳田さんのお電話ですよね?」
『そうです。柳田愛子の母です。あなたが市川君ですね』
愛子の母親だった。声はガサガサしていた。
酒ヤケなどではなく、のどを酷使した時、カラオケで熱唱した後のような声だった。
「はい。柳田さんに変わって頂くことは可能でしょうか?」
数秒の沈黙が訪れた。
戸惑っているのが伝わってくる。
そして彼女は声を振り絞るようにして言った。
『あのね…愛子は…今日…午前11時過ぎに死にました』
「は?死んだ?」
隆二の視界がグラッと揺れる。
何言ってんだこの人。意味が分からない。
『愛子は死んだんです』
彼女も愛子の死を受け入れられていないようで、
自分自身にも言い聞かせているような口調だった。
『市川君は愛子から何か聞いていませんか?』
「え?いや…なにも…」
『そうですか…』
頭が混乱している隆二は、わずかの時間沈黙する。
そしてやっとの思いで言葉を出す。
「何があったんですか?」
『うん…その…』
歯切れが悪い。その態度にいら立ち、声が尖った。
「一体何があったんですか!!」
『…その、ね』
「なんで彼女は死んだんですか!!」
動揺で強張った隆二の口は上手く動かなかった。
かろうじて聞き取れるかというレベルの滑舌。
『何があったか市川君には言わないでというのが愛子の希望なの…ごめんなさい』
「え?なんで…」
『そういう事なので…愛子と仲良くしてくれてありがとうございました』
愛子の母親は電話を終わらせようとしている。
「ちょっと待ってください!!ちゃんとお別れさせてください!!お願いします!!」
隆二は土下座してお願いした。すがるように何度も頼み込んだ。
電話の向こうは沈黙しているが、かすかに唸り声が聞こえてくる。
どうしたものかと苦悩しているようだ。
少しして、愛子の母親が口を開いた。
『…そうね。きっと愛子も市川君に会いたいはず。葬儀に参列していただけますか?』
「行きます」
隆二は即答した。
『日程の詳細が決まり次第改めてご連絡いたしますね』
そうして電話は切れた。
(何が起こったんだ…)
隆二は床に力なく座り込む。
未だに現実だと思えない。
いや現実だと思いたくない。
(これは悪い夢だ)
きっと自分はどこかで昼寝をしていて夢を見ている。
早く醒めてくれ。愛子がいる現実に戻してくれ。
愛子との今までのやり取りが頭の中で溢れる。
やがて思い出は涙に変わり目から一筋の涙が頬を伝う。
はにかんだ笑顔の愛子が手を振っている。
「待って」
今度は勇気を出して愛子の手を掴もうとする。
でも触れない。
何度も何度も必死に掴もうとする。
あの時、愛子の腕を掴んで「もっと話したい」と素直に言えばよかった。
「後悔」が隆二の感情の奥の部分を刺激する。
すでに脆くなっていた感情はすぐに大爆発する。
隆二の顔は涙でどんどん溢れ、あっという間にぐしゃぐしゃになった。
長く暗い夜。隆二はケータイを胸に、泣き続けた。
翌朝、洗面台に映るのは目のあたりがひどくむくんだ自分の顔。
いつもの倍はむくんでいるような気がする。
(やっぱり現実…)
寝起きの隆二は泣き腫らした目を少しでもマシな見た目にしようと顔を洗った。
人に見られても多少はマシになったので隆二は朝食を食べるためリビングに向かう。
「おはよう」
ソファに座ってテレビを観ていた母親にあいさつをする。
けれども返事がない。
(聞こえなかったのか)
隆二が母親を見ると、彼女は無表情でテレビを見ていた。
隆二もつられてニュース番組を観る。
やっていたのは【女子中学生、いじめを苦に自殺か】というニュース。
コメンテーターが神妙な面持ちでありきたりなコメントをしている。
亡くなった女子生徒についての話題になり、
タイミングを見計らったかのように顔写真が表示された。
隆二の胸が詰まった。
はにかみ笑いを浮かべているキリっとした二重の美少女。
どこからどう見ても愛子だった。
何度も願った彼女との再会。こんな形で再会するとは。
隆二はいっぱいになった悲しみを抱え部屋に駆け込んだ。
だが、いくら泣き叫ぼうとしても涙も声も出てくれなかった。
この日以来、隆二の心は枯れたままだ。
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