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第四章 ウージスパイン魔術大学校

3/魔術研究棟 -12 黒幕

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「──……たな」



 声が聞こえる。



「か……な……」



 あたたかい。



「──かたなッ!」

 プルの声に飛び起きる。
「状況は」
「お前が刺されてから、二分というところだ。状況は悪い」
 ヘレジナが、十メートルほど距離を空けたイオタを視線で示す。
 イオタは、赤黒い血がべっとりと付着したナイフを、自らの首筋に一センチほど食い込ませていた。
 ぷつりと切れた皮膚から、一筋の血が流れている。
「イオタさんは、操られて、いまし……」
 ヤーエルヘルがそう言った直後、

「──やあ、カタナ=ウドウ」

 イオタが、イオタの声で、しかしイオタではない口調で告げた。
「抵抗はしないほうがいい。イオタの命が惜しければ、ね」
「──…………」
 イオタを──その向こうの誰かを睨みつける。
「お前は、誰だ」
「そんなこと、どうだっていいだろう? 大切なのは、イオタと君たちの未来だ。そうではないかな」
 誰だ。
 誰がイオタを操っている。
「私からの要求は、そう無茶なものでもない。ほんの一時間ほど、この場で時間を潰してくれればいい。そうすればイオタの命は保証するし、なんなら多少の質問には答えてやっても構うまい」
「──…………」
 自らを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐く。
「わかった」
 そして、無抵抗を示すために、その場に腰を下ろした。
「──ありがとうな、プル。お前にはいつも助けられてるよ」
「う、……ううん。わ、わたし、治癒術が得意で、……よかった」
 プルもまた、俺の隣に座る。
「……イオタさんに、何をしたのでしか」
 ヤーエルヘルが、問う。
 イオタの向こうにいる者を視線で射抜きながら。
「なに、大したことはしていない。魔獣使いが何故魔獣を操れるのか、御存知かな?」
「魔獣の血を継ぐ一族だからであろう」
「その通り。博学だね、ヘレジナ=エーデルマン」
「最近耳にしただけだ」
「──では、こうは考えられないかな」
 イオタが口角を吊り上げる。
「〈人間の血を引く人間が、同じ人間を操れないはずがない〉」
「……滅茶苦茶だ」
「そうだね。確かに無理がある。だが、この魔術のコンセプト、その発端は、確かに魔獣使いだったのだ。魔術研究科は成し遂げた。原理こそ魔獣使いと掛け離れているものの、人が人を操る魔術を作り出した。もっとも、お手軽とは決して言えないけれどね。これが、ほんの十年ほど前のことだ」
「で、でも、人を操る魔術なんて、は、初めて聞いた……」
「当然だよ、プル=ウドウ。こんな魔術が人々に知れ渡ったら、世界は混乱に陥る。我々のみで独占すべきだ。そうだろう?」
 言っていることは、正しい。
 だが、根本的に間違っている。
 そもそも、こんな魔術を開発することが誤りなのだ。
 ヤーエルヘルが、悲痛に叫ぶ。
「そんなの、純粋魔術と変わりません……!」
「変わるさ。少なくとも、管理はできている。あれは暴走しているようなものだからね。わけもわからず、所構わず、思いついた術式を試す。いかれているよ。できそうだからという理由で神を造り出す連中だ。お近づきにはなりたくないね」
「よく言うわ」
 ヘレジナが、吐き捨てるように言った。
「お前たちは、陪神を造り出そうとした。やっていることは変わらん」
「ああ、あれか。あんなものは神代魔術の再現に過ぎないよ。人工亜人を兵士、人工陪神を兵器とした、ウージスパインの軍備増強計画。しかし、人工陪神は失敗だな。たかだか魔術の一つで掻き消えるとは、か弱いにも程がある」
 奴は、知らない。
 開孔術が、どれほど問答無用の魔術であるのか。
 まともに人工陪神と戦っていれば、恐らく苦戦を強いられただろう。
「対して、人工亜人の完成度は素晴らしい! 奇跡級には無力だとしても、捕虜を捕まえることで、いくらでも忠実な兵士を作り上げることができるのだからね。倒せば倒すほど兵力が拡充されていく。人的資源の有効活用だ」
 狂っている。
 ラーイウラ城下街の人々とは異なる意味で、狂っている。
 彼らは自分の快楽のために奴隷を犯し、安易に殺し、イオタを操っている誰かは自らの利得のために倫理を無視している。
 どちらがどちらと言うこともない。
 ただ、反吐が出る。
「──何故、デイコスが人工亜人の材料になってるんだ。俺は、パドロ=デイコスに、ここへ来るように指示された。イオタとツィゴニアを助けたいのなら、と」
「パドロ=デイコス──ああ、あの取り逃がした男か。なるほど。それで、君たちがこの場を訪れたというわけだね。実にクレバーだな。彼にとっては最善の一手だろう」
「……取り逃がした?」
「ああ。我々は、デイコスを利用した。不要になった人間を殺害し、必要な人間を誘拐させ、そのたびに多額の報酬を支払った。だが、考えてみたまえ。彼らは我々の秘匿すべき部分を知り尽くしているのだ。我々は、暗殺者など信じない。故に口封じをした。元より、材料となる人間は不足していたからね。スラムから引っ張ってくるにも限界がある。彼らは良い資源となってくれた」
「──…………」
「パドロ=デイコスは、我々の手を逃れた唯一の人間だ。それで、君たちに助けを求めたのだろう。彼なりの方法で」
 そうか。
 パドロは、俺たちを魔術研究科にぶつけることで、仲間の救出、あるいは復讐を果たそうとしたのだ。
「……もし、邪悪という言葉が形を持つのなら、お前の姿になるんだろうな」
「心外だな。私は合理主義なだけだよ」
 イオタが肩をすくめてみせた。
「イオタは、わかった。だが、ツィゴニアはどこにいる」
 俺の質問を、イオタの向こうの相手が鼻で嘲笑った。
「まだ気付かないのかな、カタナ=ウドウ」
「……?」

「──私だよ。私こそが、ツィゴニア=シャンだ」
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