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第四章 ウージスパイン魔術大学校

2/魔術大学校 -58 燕返し

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「……しょ、勝者、カタナ=ウドウ……! 相手に一撃も加えず、か、勝ってしまいました。前代未聞であります……ッ!」

 その声を聞きながら、武舞台を降りる。
「──か、かたな!」
 その瞬間、プルが胸の中へ飛び込んできた。
「い、いま、治す……!」
「ありがとうな」
 治癒術を使うプルの頭を、そっと撫でる。
「無茶しないで……」
「悪い」
 プルは奇跡級の治癒術士だ。
 軽傷ゆえに、ほとんど一瞬で痛みが消える。
 改めてプルに礼を告げると、俺はイオタへと向き直った。
「イオタ、やったな!」
「はいッ!」
 シィが、イオタの腕の中にすぽりと収まる。
「まるで、ぼく自身がシィになったみたいで。心の中で声を上げたら、シィが鳴いてくれたんです」
 そうか。
 やはり、イオタは竜使いなのだ。
「よッし!」
 ドズマが両の拳を突き合わせる。
「あとは、あのクソ野郎をぶち転がすだけだな!」
「……ドズマさん」
 イオタが、ドズマを見上げた。
「エイザンは、ぼくにやらせてくれませんか」
「……!」
 ドズマは、一瞬目を見開くと、イオタの肩をぽんと叩いた。
「ああ。やっちまえ!」
「──はいッ!」
 チーム・ババライラの中堅は、もう一人の男性だった。
 ドズマが棄権し、勝敗は一対一となる。
「では、行ってきます」
「イオタ」
 俺は、イオタを呼び止めた。
「一つだけ、忠告を」
「なんですか?」
「怒りに任せて戦うな。怒りは人を強くしない。平常心だ。凪のような心で、普段通りの実力を出せばいい」
 師である俺にすらできていないことを、弟子に課す。
 情けない師匠だが、今のイオタには必要なことだと思った。
「はい」
 イオタが頷き、爽やかに微笑んだ。
「大丈夫ですよ、師匠。ぼくは、ぼくの努力を、あなたの正しさを、証明するために戦うんだ」
 そう告げて、武舞台へと上がる。

「──…………」
「──……」

 エイザンとイオタが、言葉を交わす。
 内容は聞こえない。
 わかるのは、イオタの態度が普段通りであること。
 そして、エイザンが、恐怖と怒りに身を震わせていることだけだった。

「──さあ、泣いても笑ってもチーム・シャンにとって最後の大勝負! 果たして優勝の栄冠を勝ち取ることはできるのかッ! チーム・シャンの大将は、実力不明のこの少年! イオタ=シャン! 対してチーム・ババライラの大将はこの男! エイザン=ババライラ! 両者見合って──」

 イオタとエイザンが、互いにテオ剛剣流の構えを取る。

「試合、──開始ッ!」

 最初に動いたのはエイザンだった。
 体操術任せのバラバラの一撃がイオタに迫る。
 イオタは、動体視力にも、反射神経にも、優れていない。
 だが、この一撃は避けられる。
 予備動作が、隙が、あまりに大きいのだ。
 相手が攻撃を放つ前に、避ける。
 イオタはエイザンの一撃目に対し、これをやってのけた。
 テオ剛剣流の型から外れた、乱雑な二撃目が迫る。
 イオタはそれをまともに食らい、思いきり吹き飛ばされた。
 エイザンが、安心したように口角を吊り上げる。

 だが、
 イオタは立ち上がる。
 痛みなど、なんでもないと。
 それがどうしたんだ、と。

 エイザンが、その狐目を見開く。
 それを隙と見て、今度はイオタが攻撃を仕掛けた。
 イオタが組み上げられるのは、三手まで。
 大振りの一撃に対し、エイザンが大きく跳び退る。
 単純な一撃を、単純に躱させる。
 それはイオタの術中だ。
 イオタが大きく踏み込み、木剣を逆袈裟に斬り上げる。
 エイザンが、さらに後ろに下がる。
 木剣の軌道が、変わる。
 最後まで斬り上げるのではなく、途中で引き、そのまま突きへと転じたのだ。
 その一撃は、重心を後ろに傾けていたエイザンのみぞおちを、浅く穿った。
 エイザンが尻餅をつき、その場で苦しげに転げ回る。

「──…………」

 イオタが、エイザンに何事かを告げる。
 しばらくして、エイザンが、腹を押さえながら立ち上がった。

 イオタとエイザンの攻防が繰り広げられる。
 エイザンは、昂ぶった感情と痛みで。
 イオタは、元より避けるだけの身体能力がないために。
 二人の肉体に、ダメージがどんどん蓄積されていく。
 傍目で見ていて有利なのは、エイザンだった。
 打ち込まれた数は、イオタの方が圧倒的に多い。
 だが、目が違う。
 エイザンは怯えている。
 イオタの目は、勝利のみを見据えている。
 そして──

 その時が訪れた。

 一手目。
 イオタが木剣を左に薙ぐ。
 二手目。
 そのまま流れるように、真上に斬り上げる。
 エイザンは、その二撃をなんとか避けた。
 そして、三手目。
 イオタの両腕に力が込められるのがわかった。
 体操術。
 拙いが、その動きは確かに力強い。
 イオタが木剣を思いきり振り下ろす。
 エイザンは、反射神経のみで、その一撃までをも避けてみせた。
 だが、これで終わりではない。
 三手目は、まだ終わってはいないのだ。
 加速しきった木剣が、速度をそのままに切り上げへと転じる。
 燕返し。
 剣身が、エイザンの顎を綺麗に打ち抜く。
 エイザンは白目を剥き──

 そのまま、仰向けに倒れた。

 一瞬の沈黙ののち、

「ッ、しゃあああああああ──ッ!」

 イオタが、勝利の雄叫びを上げた。

「──イオタッ!」
「やりやがったな、お前!」
 俺とドズマが、武舞台へと駆け上がる。
 顔の各所が腫れ上がり、足を引きずったイオタが、
「やって、やりました……ッ!」
 歯を食い縛り、涙をこらえながら、そう言った。
「応ッ!」
 ドズマがイオタを軽々と抱き上げ、肩車をする。
「おわ!」
「──こいつが、オレたちの大将だ! 高等部二年銀組、イオタ=シャンだッ!」
 観客席から拍手が巻き起こる。
 イオタが照れ臭そうに笑いながら、皆に手を振った。
「イオタ。よく、やったな」
 思わず笑みがこぼれる。
「俺が教えられることは、もうないよ」
「はは……」
 イオタが、泣き笑いを浮かべた。
「そんな、こと、言わないでくださいよ。ぼくは、いつか──あなたに追いつくんだから」
「大きく出たな、この野郎ッ!」
 イオタの背中を強めに叩く。
「だッ!」
 そのとき、俺は見た。
 観客席で、立ち上がって拍手をするツィゴニアの姿を。
「イオタ、あそこ」
「──!」
 イオタが、ツィゴニアに向かって、大きく手を振る。
 ツィゴニアもまた、イオタに手を振り返した。
「よかったな」
「……はいッ!」
「さあ、プルに治癒術をかけてもらおう。お前、顔ボッコボコだぞ」
「あはは……」
 こうして、武術大会は、俺たちの優勝で幕を下ろした。
 全優科の生徒への賞品は、食堂の一年間無料チケットだった。
 だが、賞品以上の素晴らしいものを、イオタは手に入れた。
 かけがえのないもの。
 それは、自信だ。
 イオタは、これから、何度も躓くだろう。
 自分の出自を知れば、絶望に苛まれるかもしれない。
 でも、大丈夫。
 きっと、また立ち上がれるさ。
 自分の成し遂げたことを、思い出せば。
 そして、友達と一緒であれば。

 ──何度だって。
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