上 下
245 / 286
第四章 ウージスパイン魔術大学校

2/魔術大学校 -43 ヘレジナのお願い

しおりを挟む
「──はあッ、……は……、はあ……」
 気付けば、ヘレジナとプルの住む黒雪寮の前まで来ていた。
 黒雪寮は女子寮だ。
 寮母に軽く事情を話し、二人を呼んでもらった。
「か、……かたな! ど、どうしたの……!」
「何があった!」
「……ああ、いや。その」
 息を整え、誤魔化すように笑みを浮かべる。
「そこまで、緊急事態ってわけじゃない。安心してくれ」
「──…………」
「イオタが、また、発作を起こしてな。……それで、ヘレジナに聞きたいことができた」
 ベディルスから聞いた話を、掻い摘まんで説明する。
 二人が顔を見合わせた。
「……まさか、イオタが竜の血を継いでいるとは」
「で、……でも、納得はいく、……かも。あ、あれは、本当に鱗だったから……」
「それで、ルインラインはどうだった? 発作を起こしてる様子なんかは」
 ヘレジナが答える。
「いや、私の知る限りは、そのような発作は一度もない。常に行動を共にしていたわけではないが……」
「で、でも、あれだけの咳、……だもん。ルインラインが病に、な、なれば、宮中に噂くらいは立った、……と、思う」
「つまり、ルインラインは発作を起こしてはいなかった……」
 プルがヘレジナに尋ねる。
「る、ルインラインの日課とか、し、……知らない?」
「日課、ですか……」
 ヘレジナが、しばし思案する。
「修練と、祈り以外には、一つだけ」
「そ、それは……」
「……自分の血を、飲むのです。毎日ではありませんでしたが」
「自分の血、って──」
 思わず目をまるくする。
「自分を傷つけてってこと、だよな」
「ああ。飲むと言っても、ごくごくと飲むわけではない。舐める、と言ったほうが近い。自分の手首の皮膚を軽く噛み千切り、血を舐める。師匠はこれを、ちょっとした願掛けだと言っていた」
「──…………」
 イオタの発作は、魔獣の血液から精製した薬で沈静化した。
 サザスラーヤの血潮は、口から摂取して初めて〈命〉として働いた。
 血液を口から摂取する。
 この行為にこそ意味があるのだとすれば、ルインラインの行動も納得が行く。
 自分の──人間の血によって、竜の血を抑えていたのだ。
「……魔獣の血より、人間の血のほうが入手しやすい。試す価値は十分にある。俺はイオタを迎えに行くけど、二人はどうする?」
「──…………」
 そっと目を伏せたヘレジナが俺の名を呼んだ。
「カタナ」
「どうした?」
 俺の肩ほどの身長もない矮躯がこちらを俺を見上げる。
 その双眸は、真剣だった。
「私の命令権を、ここで行使する」
「ここで……?」
 何をやらされるんだ。
「──何故、泣いていた。問答無用で答えるがいい」
「ッ!」
 思わず目元を擦る。
 涙が残っているのかと思って。
「やはりか。涙の跡など、残っておらん。目がすこし充血していたから、鎌を掛けただけだ」
「──…………」
 敵わないな。
「情けない話だ。ただ、自分が無力に思えただけだ。俺がイオタにできることは、あまりに少ない。既に起こったことは変えられない。イオタには過酷が待っていて、それはきっと、イオタ自身が乗り越えなければならないものだ。そして──」
 苦々しく、笑う。
「俺は、本当の意味で、イオタの苦悩を理解することはない。それが悔しかった。……それだけだ」
 ヘレジナが、呆れたように言った。
「なんともはや、過保護な師匠よな」
「マジでそうかも……」
 自覚はある。
 だが、どうにもイオタには感情移入してしまうのだ。
 持たざる者。
[羅針盤]も、[星見台]も、神眼も、神剣も──借り物のすべてを奪われたとしたら、俺はきっと、あの子に似ているから。
「──…………」
 プルが、遠慮がちに、俺の袖を引く。
「……イオタくんの過酷は、イオタくんのもの、だよ。そ、それを肩代わりすることは、誰にもできない」
「……そう、だな」
「わ、わたしたちは、……ずっと傍にいることすら、できない。一緒には、いられない。で、でも、何もできないわけじゃ、……ない、よ」
 プルが、俺を見つめる。
 潤んだ瞳で。
「かたなにしか、できないこと、あるよ。それは、イオタくんを、つ、強くすること。自分で立てるように。自分で歩けるように。あなたは、イオタくんの師、……だから」
 プルの言葉が、ひび割れ欠けた心の隙間に染み込んでいく。
「……そして、信じよう。あなたが強く育てた弟子のことを。このネウロパニエを離れても、ずっと、ずっと」
「──…………」
 目蓋を閉じる。
 そして、空を見上げて目を開いた。
 中天に座す沈まぬ月が、今日も明るく輝いている。
 涙が一筋、頬を伝った。
「ありがとう、プル。ありがとう、ヘレジナ。俺のすべきことがわかったよ」
「ああ。少なくとも、イオタに同情して涙を流すことではあるまい?」
「はは……」
 勘弁してくれ、小っ恥ずかしい。
「……イオタを迎えに行ってくるよ」
「わ、……わたしも、行くね」
「私も行こう。なに、賑やかしにはなるであろう」
「ああ」
 残された僅かな時間で俺ができることは多くない。
 だが、〈これだけは身に着けなければならない〉という目標は確かに存在する。
 それは、成功体験に基づく自信だ。
 幸いにして、そのための舞台としてピッタリのイベントがある。
 武術大会。
 優勝までは望まない。
 ただの一度でいい。
 闘技形式での試合で、勝利してほしい。

 悪いな、イオタ。
 明日からスパルタだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう

電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。 そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。 しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。 「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」 そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。 彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...